第13話 来訪者

 リアが簡易ラボで研究に没頭している頃、ヴィオラはノアディルに「ちょっと手伝って」と声をかけた。

 ノアディルが頷き、ヴィオラの元に行くとベッドの前に立っていた。


「ベッドを動かしたいの。手を貸してくれる?」


 彼女は家の奥に置かれた重そうなベッドを指差した。


「わかった、いいよ」


 ノアディルは快く承諾し、彼女と一緒にベッドを持ち上げてみる。


 二人でベッドをずらすと、その下には畳一畳ほどの広さを持つ石の床が姿を現した。

 ヴィオラはその床を見つめ、魔力を込めながらコンコンと二度ノックする。

 すると、石の床が低い音と共にせり上がり、隠された石の棚がゆっくりと姿を現した。


 アディルは驚いた表情でその棚の中身を見つめる。

 そこには布に包まれた杖や古びた地図、様々な薬瓶が整然と並べられていた。


「これは……?」

「旅立ちの時のために集めておいたのよ」


 彼女は棚の中から長めの杖を取り出し、布をゆっくりと解いた。

 その杖は150cmほどの長さがあり、まるで木の根が絡まっているかのような形状をしていた。

 上部には水晶をはめ込むための凹みがあり、杖全体が独特の荘厳な雰囲気を放っている。


「これが……始まりの杖よ」


 ヴィオラは静かに呟いた。


「大賢者様がなぜこの杖を知っているのか、私にもわからないけど……」


 彼女は杖の上部に水晶をはめ込み、魔力を込め始めた。

 その瞬間、杖が微かに光を放ち、ヴィオラの意識に記憶が流れ込んでくる。


 不意に現れたのは、幼い自分と両親の姿。

 だがその光景は幸福とは程遠く、荒廃した建物の中で必死に逃げ惑う彼らの姿だった。

 突然の出来事に、ヴィオラは目を見開き、意識が掠れ、胸が締め付けられるような苦痛に襲われる。

 彼女の手から杖が滑り落ち、床にぶつかる音が響いた。


「大丈夫か?」


 ノアディルが急いで駆け寄り、彼女を支える。

 その腕の中で、ヴィオラの肩は小刻みに震えていた。


「ありがとう……」


 震える声で彼女は答えたが、その顔色は明らかに青ざめている。

 ノアディルはそっとヴィオラを椅子へと誘導し、彼女が落ち着くまで横に付き添った。


「恐ろしい記憶だった……これが私の忘れていた記憶……?」


 ヴィオラは顔を蒼ざめさせ、冷や汗をにじませながら震える声で呟いた。


「とりあえず横になっておくんだ。休まないと……」


 ノアディルは彼女の肩に手を置き、優しく言った。

 ヴィオラは一瞬ためらいながらも、感謝の眼差しを向けた。


「ありがとう……でも、今日どうしても採取しておきたい花があるの。空気中の魔素が濃い時にしか咲かないから……」

「今日はその魔素が濃いんだな?」


 ノアディルは眉をひそめ、彼女の体調を案じる。


「そうなの。だから、どうしても今日中に……」


 ヴィオラは弱々しく微笑んで頷いた。


「俺が代わりに行ってくるよ。地図で場所を教えてくれ」


 ノアディルはT-0の地図を開き、ヴィオラに見せた。

 彼女はそれを見て、採取場所に印をつけた。


「ありがとう。助かるわ」


 ヴィオラは少し気力を取り戻したように微笑んだ。


 ノアディルは頼もしく「任せろ」と応え、印のつけられた場所を一瞥(いちべつ)すると、そのまま家を出て静かに扉を閉めた。


・・・

・・


 ノアディルはヴィオラから示された地図を頼りに、静かな森を歩き続けた。

 約1時間ほど進むと、ようやく目的地にたどり着く。

 そこには、柔らかな青い色で輝く一輪のユリのような花が静かに咲いていた。


「これが……[ソウルフラワー]か」


 ノアディルは感慨深げにその花を見つめ、そっと根ごと引き抜くと、自身のデバシーに収納した。

 その瞬間、T-0が警告を発した。


「何かが高速接近しています。敵意は感じ取れません」


 ノアディルが振り返ると、遠くから一人の少女が高速でこちらに向かって駆けてくるのが見えた。

 ミディアムショートの銀髪が風になびき、どこか無邪気な笑顔を浮かべながら彼を見つめている。


「お兄ちゃん!」


 少女が歓声を上げながら勢いよくノアディルに飛びつくと、彼はそのまま押し倒されてしまった。

 驚く間もなく、少女の右腕には大ばさみが現れ、左手からはビリヤード玉ほどの白い球体が出現した。

 そしてT-0がすぐに警告を上げる。


「NOA細胞の第1段階会場状態に類似した力を感知。直ちにこちらも解放を推奨します」


 しかし、ノアディルには違和感があった。

 少女の行動には確かに異常性があるものの、その表情には敵意や殺意が見当たらない。


 だが、少女は恍惚な表情を浮かべながら、


「お兄ちゃん!左腕、ルミナにくれるよね……?」


 とノアディルの腕に鋏を当てた。

 戸惑いながらも、ノアディルは一呼吸置き、自身の力を第1段階に解放し、すばやく少女──「ルミナ」と名乗るその者を蹴り飛ばした。


「えへへ、お兄ちゃん激しいね! 遊んでくれるんだね」


 ルミナは笑顔で立ち上がり、目を輝かせた。


「じゃぁ勝ったらルミナに左腕頂戴!」


 そう言うと、彼女は左手から白い球体をノアディルに向けて射出してきた。

 彼は咄嗟に体を捻って回避するが、球体はすぐ後ろの木に着弾。

 瞬間、木の表面に白くねばつく物質が広がる。


 物質に対して疑問が頭をよぎった次の瞬間、ルミナは一気に間合いを詰め、大ばさみをノアディルの腕に向けて振り下ろしてきた。

 彼は後方に飛び退いたが、背中が先ほどの球体が着弾した木に触れてしまう。


「なッ……! 動けない!」


 ノアディルは焦りに駆られ、身動きを試みるが、白い物質が強力な接着効果を持つことに気づく。

 彼がもがく間に、ルミナはさらに二発の白い球体を放ち、ノアディルはあっという間に木に貼り付けられてしまった。


「これで動けないよね、お兄ちゃん……」


 ルミナはにんまりとした笑顔で近づいてきた。その無邪気な瞳が、どこか底知れない執着を湛えているようにも見える。


「ふふ、ルミナの勝ちだね! じゃぁ……貰うからね!」


 ルミナは無邪気な笑みを浮かべたまま、ノアディルの左腕に顔を近づけ、舌を一筋すべらせるようにして舐めた。

 彼女の目がうっとりとした輝きを放つ中、ハサミがゆっくりとノアディルの腕へと振り下ろされようとした瞬間——


――ドンッ!


 突然、ノアディルの体が一段と強い光を放ち、周囲の空気が震えだした。

 その力に反応するかのように、彼の周りに貼り付けられた白い球体の接着が一瞬で剥がれ、ノアディルは自由の身となる。


「まさか、こんな少女相手に……2段階目にならざるを得ないなんてな……」


 ノアディルはルミナを見据えながら息を整えた。

 だが、ルミナは驚くどころかさらに目を輝かせて叫んだ。


「お兄ちゃんも2段階になれるんだね!」

「お兄ちゃんも……?」


 ノアディルが眉をひそめる。


「うん! ルミナも2段階になれるよ! 鋏がもっとおおきくなってー、白い球体ももっといっぱい出せるんだ!」


 ルミナは興奮したように、さらに強力な力を解放しようとし始めた。

 しかし、ノアディルはその動きにすかさず反応し、冷静な口調で言い放った。


「なら、すまないが……それになる前に終わらせる。」


 その瞬間、ノアディルはルミナの背後に回り込み、素早く彼女の首を押さえた。

 力を緩めずに締め上げると、ルミナの体から次第に力が抜けていき、やがて気絶した。


 ノアディルは息を整えながら、背中にかけた冷や汗を拭う。


「はぁ……はぁ……T-0、この子は一体……」

「戦闘中、解析を行っていましたが、詳細は不明です。ただ、右腕からナノマシンNOAが検出されました。」

「俺のナノマシンが……?」


 ノアディルは驚きつつも、しばし考え込んだ。

 この不思議な少女をどうするか。連れ帰るにはリスクが大きい。

 少し拘束してここで目覚めさせる方が安全だろう。


「……ここでしばらく待機させる。目を覚ましたら、何者なのか話してもらわないとな」


・・・

・・

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