第1話 異世界へ

 リアはノアディルが出かけた後、ふと彼の忘れ物に気づいた。

 机の上に置かれたままのデバイスシリンダーが目に入り、ため息をつく。


「もう……これに全部荷物が入ってるのに」


 呆れながらも彼女は、修理用の工具一式を背負い、ノアディルが向かった場所へと急ぐことにした。

 デバイスシリンダー(通称デバシー)は彼にとって必需品である。

 それは高度な情報処理端末であり、倉庫の役割をも果たすからだ。


 見た目は鉄の筒で両端の先端部分にスイッチがあり、押すと起動する。起動すると、両端から一本の光る線が円柱を走り、その線部分が少し飛び出してくる。

 それを引っ張り出すと、液晶画面だけのタブレットの様なものが出せて、スマホのように操作できる。手から離れて一定時間経つと消滅するが、再度取り出しも可能だ。


 主要な機能は、タブレット経由で自由に物を出し入れできる、周辺の立体MAPを生成する、通話が出来るという3つだ。

 ノアディルは、デバシーをAI小型銃や義眼とリンクさせており、その用途は更に幅が広がっている。

 

・・・

・・


 ホワイトホールの場所に着いたリアが目にしたのは、静かに佇む白い穴だった。

 強風も吹き出さず、ただそこに存在しているかのように見えるホワイトホールは、いつもと違う不気味さを感じさせた。


 その静かなホワイトホールをじっと見つめながら、ノアディルは調査を進めていた。彼の集中した姿を見つけたリアは、静かに近づき、声をかけた。


「ノアディル、デバイスシリンダーを忘れてたよ」


 ノアディルは振り返り、リアが駆けつけたことに少し驚いたが、すぐに笑みを浮かべた。


「ありがとう、リア。そうだ、デバシーに食べ物を入れているんだ。一緒にどう?」


 リアは喜びながら頷いた。

 そして二人は近くの石垣に座り、デバシーから食事を取り出した。


「リンゴ味のエネルギーバー! この味美味しいよねー!」


 リアはそう言って美味しそうにエネルギーバーを頬張る。


「リア、本物のリンゴってどんな味なんだろうな」

「え、これと同じでしょ!」


 二人はしばらくそんな雑談を続けた。


「今日は何も飛び出してこないみたいだな。そもそも様子もおかしいが……」


 ノアディルがそう言うと、リアは頷きながらも、どこか不安げにホワイトホールを見つめていた。


 そして、不意に二人はホワイトホールに手を伸ばした。

 すると、白かったホワイトホールは突然音も無く黒い穴へと変貌した。


「え……!?」


 リアとノアディルは驚く間もなく、その黒い穴に吸い込まれていった。

 二人が消えた後、黒い穴はまるで何事もなかったかのように静かに閉じていった。


・・・

・・


 ノアディルが黒い穴に吸い込まれた後、気がつくと広大な大自然に囲まれた場所に立っていた。

 見渡す限り、青々とした草原や大きな木々が広がり、空気は澄み渡っている。かつてのサイバーシティとはまったく異なる、生命に満ち溢れた世界だった。


 周囲には人の気配は全くなく、ノアディルが見たこともない動物たちが草を食んでいた。

 その姿は、未来の都市で見慣れた機械生物とは異なり、まるではるか昔の自然界から抜け出してきたかのようだった。


 ノアディルは呆気にとられ、しばらくその美しい風景に見入ってしまう。


「……リア?」


 ふと我に返った彼は、リアが隣にいないことに気づく。

 焦りの色を浮かべながら、ノアディルは周囲を見回し、大声で彼女の名前を叫んだ。


「リア! リア、どこにいるんだ!」


 返事はなく、風が草を揺らす音だけが聞こえる。ノアディルはポケットからデバイスを取り出し、通信機能を使ってリアに連絡を取ろうとした。

 しかし、ディスプレイに表示されたのは「圏外」の文字だった。


「デバシーが使えない……!」


 ノアディルはそう呟き、眉をひそめた。しかし、リアはまだ遠くには行っていないはずだと考え、冷静さを取り戻した。


「……」


 リアを探すため、ノアディルは周囲を慎重に探索しながら、デバシーのMAP機能を起動させた。

 タブレットに表示される立体地図が、彼の周囲5キロメートルの範囲を正確に描き出す。

 見慣れない地形が広がる地図を見ながら、ノアディルは歩みを進めた。


「この木一本分の葉っぱがあれば、サイバーシティなら一生遊んで暮らせるな…」


 ノアディルは思わず目の前の木を見ながら呟いた。


 そしてしばらく歩くと、また未知の生物が2体、草を食んでいるのを発見する。

 それは六足で鹿のような姿をしていて、淡い緑色である。

 ノアディルは調査の為、彼はAIを搭載した小型銃、[T-0]を取り出し、その生物についての情報を求めた。


 ノアディルが愛用しているAIデバイス[T-0]

 手のひらサイズの小型銃で、普段はコンパクトな長方形状をしている。

 滑らかなメタリックシルバーの表面に薄く光るラインの模様がある。

 全体のサイズは懐に収まる程度で、軽量で持ち運びがしやすい。

 右腕の機械部分に同化させ小型銃以外にも変形させることが可能。


「T-0、この生物は何だ?」


 ノアディルが問いかけると、T-0はすぐに分析を開始し、応答した。


「この生物は太古に存在した鹿に似ているが、六足歩行をしている為、類似した別の何かだと思われます」


 すると、先ほど見つけた生物がこちらに気付き、威嚇するような低い唸り声を上げた。

 そして次の瞬間、二体の生物が同時に襲いかかってきた。


 ノアディルは瞬時に反応し、T-0を構えた。

 小さな銃身が手の中に収まり、高強度エネルギー弾をチャージし引き金を引いた。


 エネルギー弾が生物たちに向かって放たれ、

 強烈な光とともに、生物はその場に崩れ落ちた。


 そして、残弾数を確認し、


「こんな事ならもっと持ってくればよかった……」


 と落胆した。


「弾はあまり使えない。ブレードモードにしておいた方が良いか」


 ノアディルが指示を送ると、T-0は右腕に装着されの形状が変化を始めた。銃身が縮まり、スムーズにその形を変えていく。

 次に、銃の側面から刃のような部分が展開され、ノアディルの腕にピタリとフィットする形状に変わった。


 そして、それはそのままノアディルの腕に装着され、強靭なブレードを出現させた。

 ブレードには淡いエネルギーを纏っており、薄い光のラインが刃先に沿って走っていた。


「ブレード部分は収納しておいてくれ」


 ノアディルの言葉でそのブレードは粒子となって本体部分に収納された。

 そして、木にもたれかかる様に腰を下ろし、状況を整理し始めた。


・・・

・・


――15年前 サイバーシティ 中央研究所


 ツンとした匂いが漂う海岸で、一人の研究員が砂浜に打ち上げられた謎の球体を発見した。


「何だこれ…海から流れ着いたのか?」


 研究員は球体を手に取り、周囲を見回した。

 だが、もう一人の研究員が冷静に首を振る。


「ありえない。海の水はどんな金属でもすぐに腐食させる。それに、少し奥へ行ったら大規模な磁場嵐がこの国を囲ってるんだ。普通の物体がこんな場所に辿り着くはずがない」

「じゃあ誰かが捨てていったってことか…」


 一人目の研究員が球体を調べながら言葉を続けようとしたその瞬間、球体が突然消失し、中から赤子が現れた。


「何だ…!?赤ん坊だ!」


 驚愕する二人の研究員は、すぐに施設内の病院へその赤子を運んだ。医師たちの手により検査が行われたが、結果は驚くべきものだった。


「健康状態に問題はありません。元気な男の子です。」


 医師が告げると、研究員たちは顔を見合わせた。

 そして赤子はノアディルと名付けられ、その後孤児院に送られた。

 その孤児院は国のセキュリティ部門で犯罪組織と戦うための戦士か、装備を作る技師を育成する場所だった。


 そこでノアディルはリアと出会うことになる。


 ノアディルが15歳になる時、犯罪組織との戦いで大けがを負った。

 そして怪我の治療の過程で、彼の生体内に自己増殖するナノマシンが存在していることが判明した。


 機械化された身体にナノマシンがあるのは通常の事だが、

 生身の部分にまでそれが浸透しているのは初めてのケースだった。

 それに既存のナノマシンとは少し構造も異なり、極めて特殊な状態だった。


 その日から、ノアディルは研究所に移送され、彼の体内に宿るナノマシンの研究が始まった。

 ノアディルは管理下に置かれ、想像を絶する痛みを伴う実験の日々が続いた。


 そして、研究の過程でノアディルから取り出されたナノマシンは[NOA型]と呼称されるようになった。


 そこから更に数年後……実験の中で眠らされ、次に起きた時……右腕と左眼、そして右足が切断され機械化されていた。

 それを見て実験に耐えかねたノアディルは突如として暴走を起こした。彼の全身が光に包まれ、次の瞬間、大爆発が研究所を襲った。


 施設の半分が吹き飛び、その混乱の中でノアディルはリアと共に研究所から逃げ出すことに成功した。


・・・

・・

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