第22話

「収まるところに全員収まったってカンジ?」

「そういうカンジですね〜」


 次の日の昼休み。

 私と永遠とわと羊子ちゃんとミサちゃんは食堂で顔をつきあわせている。

 ミサちゃんの半ば呆れたような口調の質問に答えてくれたのは、私の右隣でカルボナーラパスタを口に運ぶ羊子ちゃん。


「ミサさんには迷惑をかけてしまったわね。ごめんなさい」

「いいよー。平気平気〜。永遠ッチには色々お世話になってるし、ねェ?」


 日替わりA定食の白身魚のフライを口に運んでいた私の左隣に座る永遠は、申し訳無さそうにミサちゃんに謝った。


 ちなみに私の昼食はカツカレーだ。衣がサクサクでジューシーなトンカツと中辛ぐらいの辛さのカレーがお気に入りなのである。


「悠、ちゃんと二人を幸せにしてあげるんだよ?」

「わふぁって、る、んんッ、……よ?」

「ホントに分かってんのー? 分かって無さそうだなー。……えいっ!」

「ああっ! 私のカツがっ……!」


 口にカレーを運んだばかりの私は慌てて返事をしながら飲み込んだのがまずかった。

 気の抜けたような返事に不信感を感じたミサちゃんによって、最後に食べようとより分けておいた一番大きくて柔らかそうなカツがミサちゃんの口に運ばれていった。


「ふふ。あんまり私のをイジメないでね?」

「そーですよ? こういうチョット抜けてるところも愛らしいんです。あたしのは」

「はぁ〜〜〜……」


 幸せ全開の私たち三人を見渡してクソデカため息を吐いたミサちゃんは呆れながらも笑っていた。


「まあ、少しは同情? するかも。その二人からは完全に逃げられないよ。悠」

「う……分かってる」

「逃げたら監禁、ですかね」

「まずは逃げられないようにしなきゃ、ね?」


 底冷えのする声色に私は、ブルルと背筋を震わせる。

 もちろん二人から逃げようなんて思った事はないし、これからも思う事はない。

 だけど、二人のガチめの黒いオーラはその気が無くてもブルってしまう。

 悪い事をしてなくても警察が側を通ると何だか怖気づくアレと似ているかもしれない。


 惚れた方が負け、とはよく言うけど、私は何だかんだで永遠と羊子ちゃんにベタ惚れしてるのだ。

 むしろこの奇っ怪な状況を許された(?)私が二人から愛想を尽かされないように努力しなければならない。……筋トレでも始めようかな?


「悠、コッチむいて?」

「なに……? ……っ!」

「あ、ズルーイ!」


 名前を呼ばれて永遠の方へ顔を向けると、永遠が白昼堂々と衆人環視の中で私へとキスをした。

 負けじと私を自分の方へと向かせて、濃厚なキスを仕掛ける羊子ちゃん。……は、恥ずか死ぬ。


 ある意味で名物であった私が、今注目度No.1を争う美少女二人とキスをした事で食堂が一気に騒然となった。


「ちょ、ちょっと二人とも!?」

「虫除け。私たちの間に余計な人を入れたくないの」

「これで周りからあたしたちが三人で正式にお付き合いをしだした事が伝わったと思います」

「はいはい。三人ともイチャイチャご馳走サマ〜」

「ミ、ミサちゃ〜ん……」

「無理。私に助けを求めても、その二人は止められないから」


 ミサちゃんが本気の本気で哀れみの視線を向けてくる。後生だからこの沼から引きあげてはくれまいか?

 

 ミサさま、神さま、仏さま。

 誰でもいいから付き合いたい。なんてもう言わない。私には永遠と羊子ちゃんで手一杯だし、充分幸せ。

 だから、ほんの少しだけ願いを叶えてほしい。

 お願いだから、今すぐ、この話題の中心から私を隠して!


 そう願っても、私の願いを聞き届ける者は誰一人として存在しなかった。



 後日。

 あれよあれよと丸め込まれ、結局、永遠の住むマンションにて三人で暮らす事になりました、とさ。

 めでたし、めでたし。




 ※




 〜羊子のひとり言〜


 一色いっしき邸で聞いた使用人たちの噂話は本当だった。

 いよいよ、あの永遠さんを絶望に落とす算段が付いたの。ふふふ。待ってなさい! 一色永遠!


 三沼みぬま悠。

 永遠さんの幼なじみで、永遠さんの初恋で、永遠さんが片想いをしている人。


 あたしは絶対にあの人を手に入れる。

 幸い、なんだかチョロそうな人。……あんな人のどこがそんなにいいのか、あたしには理解出来ない。


 ちっとも永遠さんのスペックには見合わない。顔も体型も悪くはない。並より上ってカンジ。だけど色んな女の子に声をかけていて、誰にでも交際を申し込むのは不誠実に感じる。


「あっ、持つよ」

「三沼先輩ありがとうございます」


「お先にどうぞ」

「ありがとう。三沼」


「良かったら、これ使って?」

「いいの? ごめんね、悠ちゃん」



 …………振られた相手にも優しくて、本当に誰にでも優しくて、親切で、一度振られた相手にはしつこく迫ったりしない。


 あの人が告白した中には本当に満更でも無い人も何人かいた。ちゃんと恋して好きになってるのに、みんな「うん」とは言わない。

 それは永遠さんの存在があるからだ。永遠さんに遠慮して、あの人の告白を断る。


 あの人は振られても元気に次の人へ交際を申し込む。振られた後も優しくしてくれるから、振った人は罪悪感を早く忘れる。

 でも、その事にあの人が傷付かない訳じゃない。


 あの人の眼差しに少しの寂しさと諦めが滲んでいる。それはあたしがずっとずっと感じている寂しさや諦めにどこか似通っていた。


 気が付くと、あたしは噂の調査を本来の期間よりも長くあの人を目で追っている。

 永遠さんと二人で話す姿にモヤモヤして、あたしの存在をまだ知らないあの人に理不尽な気持ちを抱いた。


 ……優しくて、寂しがりなあの人がほしい。


「すみません。三沼悠センパイに体育館横の階段下で待ってるって伝えてもらえませんか?」


 教室を覗いたけど、直接声をかける事なんて出来なくて、あの人のクラスメイトに伝言を残して、あたしは逃げた。


 駆け足で体育館横の階段下まで向かう。

 怖い。すごく、怖い。

 あたしは今から永遠さんを貶める為に告白をする。だけど、それ以上の感情があたしの心を埋め尽くしていた。


 時間にしてきっと五分ぐらい。

 でも体感では一時間ぐらい待ってるような気分だった。ずっと心臓が痛い。


 トントン。軽やかな足音が聞こえて、遠目にあの人が来たのが見えた。

 あたしは堪らず、あの人の名前を呼んだ。


「悠センパイ!」

「ごめん、待たせちゃって」


 あたしの視界にあの人がいる。あたしを初めて認識してもらえた。

 あたしはあたしの武器全てを使う。あざとくてもいい。


 あたしがこの人を絶対に貰う。

 永遠さんになんか絶対にあげない。あたしがこの人を幸せにするんだ。


「悠センパイ! 好きです! 羊子と付き合ってくだしゃッ……か、噛んじゃった……」


 涙目うるうる、上目遣い。

 さあ、落ちてこい。三沼悠。あたしの運命の人。

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誰でもいいから付き合いたい! ※ただし、お前以外と!! 星乃 海実 @hoshi_umi

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