第15話

「やっぱり、わらったおかおのほうがかわいいね!」


 さっきまで泣いていた女の子に、自分の無知さ故に笑われているとも知らずに私は満足そうに笑った。

 私(神)は共感性羞恥を覚えつつも、子ども(私)のやる事だからと我慢して様子を伺う。


「……いいよ」


 ひとしきり笑った女の子は、今度ははにかんで私に返事をする。


「ほんと!? うそじゃない!?」

「うん。うそじゃないよ。おおきくなったら、ゆうちゃんのおよめさんにして? ずっとずっといっしょにいたい」


 女の子はそう言うとベンチから降りて、ギュッと私に抱き着いてきた。

 私も嬉しそうに女の子を抱き締め返す。


「……わたし、まいごになったけど、ゆうちゃんがいてくれてよかった」

「まいごなの?」

「……うん。まいにち、ならいごとばっかりで、いじわるなしんせきの子もいて、おとうさまもおかあさまもおしごとでさみしくて、きがついたら、おうちとびだしてて、しらないこうえんにいたの……」

「そっか。こわかったね。わたしがいっしょにいてあげるからね! もし、おうちがわからなくても、……ちゃんは、わたしのおよめさんになるんだから、わたしのおうちにすめばいいよ!」

「うん!」


 そんな口約束をした私と女の子はベンチに座り直して、他愛もない話を始めた。

 と、言っても一方的に私が話しかけているだけなのだが、私の幼稚園での話を女の子は目を丸くして驚いたり、笑ったり、楽しそうな時間を過ごしている。


 辺りが橙色に染まり始めた頃、遠くから数人の大人が名前を呼びながら誰かを探すような声がしてきた。


 その声を聴いた女の子は、ベンチから降りて大人たちに向かって手を振る。


「……様っ!」

「お嬢様っ!」

「ご無事でしたか!?」


 スーツを着た男の人が二人とエプロンを着けた泣いている女の人という三人組が女の子に駆け寄り無事を喜ぶ。


「……ちゃん、よかったね! おむかえきてくれて」

「ゆうちゃん、ありがとう!」

「じゃあ、わたしもそろそろかえらなくちゃ! じゃあね、げんきでね!」


 私は私(神)なので、私の気持ちが分かる(哲学か?)。

 私は女の子に迎えが来た事を自分の事のように喜びつつも、少しだけ迎えが来た事を残念に思っていた。


 この年代の頃の私はいつも寂しい思いをしていた。寂しさから、心のどこかでは、ほんのちょっぴり期待もしていたと思う。


 だけど、女の子の迎えが来なかったら自分の家で一緒に暮らす事や将来、結婚しようと約束した事は――法律の話は理解していないが――叶わない現実である事を子どもながらにどこかで理解していた。


 女の子にはこんなにも心配して探しに来てくれる人がいるという事実。この出会いはこの場限りのものであるという予感。


 私は


 だから、女の子を笑顔で見送る立場になる前に先に帰る。――そんな私の腕を女の子は慌てて「まって!」と掴んで引き留めた。


「……ちゃん、どうしたの?」

「あのね」


 引き留められた事に驚きながらも、私は女の子が言葉を紡ぐのを待つ。


「わたし、しょうらい、ゆうちゃんとこいびとになりたい! けっこんはしたいけど、おおきくなったときに、まだ、おんなのこどうしが、けっこんできなかったら、わたしとこいびとになってほしいの!」


 その言葉に私はもちろん大人たちも驚いて息を飲む。

 女の子の表情は真剣で、子どもながらに私は女の子が嘘をついているようには見えなかった。


「……こい、びと?」

「そう。こいびと! ……やくそく、してくれる?」

「……うん。やくそく」


 女の子の差し出した小指に私も小指を絡める。

「やくそく! ゆびきり、げんまん――」そんな歌を歌いながら、女の子と私は約束を交わした。

 私(神)は私と心まで連動しているのか、胸の奥がじわりと温かくなる。


 それから目の前が急転換して流れるように景色が変わる。

 今度は女の子と出会った時より少しだけ成長した私が居間で一人で泣く母を見ていた。


 今でこそ母は再婚して家庭円満の幸せ者だが、確かに私が小学生になったばかりの頃は私の実父(母の元夫)の不貞で母はいつも泣いていた記憶がある。


 実父はいつも家にはおらず、遊園地に行く約束もオモチャを買ってくれる約束も、仕事から早く帰って来て家族三人で夕飯を食べる約束も何一つ守ってくれた事はない。


「いい? 悠ちゃん。結婚したって、ずっと幸せとは限らないのよ。いつか別れが来る事だってあるの」

「じゃあ、こいびとは? こいびとなら、ずっといっしょにいられる?」


 母は寂しそうに笑って首を横に振った。

 母も酷く酔っていて、悲しくて、寂しくて。軽い忠告のつもりだったのだろう。

 本人もきっとめちゃくちゃな事を言っていると気付いていながら私にを告げた。


「……友達、なら長く一緒にいられるかもしれないわね」


 私は母の言葉に愕然とした。ずっと一緒にいたい大切な人は恋人になってはいけない。

 なら別れが来ない。

 幼い理解力で、そんな中途半端な刷り込みが出来上がった。


 今なら分かる。恋人も夫婦も友達も、ちょっとした事で縁なんか簡単に切れてしまう事を。

 それはどんな関係性でも同じで、絆や縁というものは大切に育んで慈しまなければならない。


 だけど幼少期の刷り込みは絶大で、私は大切な人ほど友達でいたかった。


 そう、大切なあの子永遠


 大切だから、失いたくないから、

 私は永遠とわを失いたくない程、大切に想っている。


 それが恋人になりたくない理由。

 私のわがままで身勝手な理由。


 心の奥底に仕舞い込んで忘れていた本当の理由。


 ごめんなさい。永遠。

 ごめんなさい。羊子ちゃん。

 


 二人とも大切で大事で好きになって

 


 ごめんなさい。

 

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