第4話

 放課後。

 午後の授業をうわの空になりつつもこなした私とミサちゃんは、永遠とわと羊子ちゃんが私たちのクラスにやって来るのを待っていた。

 放課後になるまでの約二時間。私の胃は胃酸でドロドロに溶けてしまったんじゃないかってぐらい痛い。


「……お待たせ。それで? 悠の彼女? ……は、もう来てるの?」


 隣のクラスという事もあって、まずは永遠が先に私たちのクラスへとやって来た。

 

「うんにゃ、まだだね〜。まあ気長に待とうよ。来ないかもしんないし、ね?」

「不吉な事、言わないで!」


 ニヤリと不敵に笑ったミサちゃん。その表情が私の不安を煽る。

 だって本当はたちの悪いイタズラや罰ゲームだったのかもしれない。私のがっつき具合にネタばらし出来なくて困ってる……なんて状況なのかもしれない。

 

 今になって、たくさんの『かもしれない』が私の脳内を侵食している。脳内診断メーカーもびっくりの『かもしれない』率。


「悠センパイっ、ごめんなさい。お待たせしちゃいましたかっ?」

「羊子ちゃん〜!」


 頬を薔薇色に染めて息を切らして走って教室に駆け込んできた羊子ちゃん。

 あー……私の彼女可愛い。申し訳無さそうな表情とちょっとだけ嬉しそう(に見える)な表情に古典的だけどドキがムネムネしてしまう。


「あなたは……」


 永遠は驚いた表情をした後に険しい表情で羊子ちゃんと私を見比べる。……何よ、そんな顔したって羊子ちゃんはあげないんだからね。


「ミサちゃん、永遠、この子が私の彼女の大神おおかみ羊子ようこちゃん。そしてコッチが友達の末友すえともミサちゃんと――」

「知ってます。悠センパイ。一色いっしきセンパイですよね。有名ですもん。まあ、この学校で有名以前にプライベートで知ってはいたんですけど、ね」


 険しい表情の永遠とは違って楽しそうな羊子ちゃんは私の腕にしがみついてギュっとしてくる。

 あ、あの……あ、あた、当たってます。小さな体なのに意外と感じのタイプですか……? サイコーです(感涙)


「ミサセンパイは初めまして、ですね。悠センパイのカノジョの羊子です。是非仲良くしてくださいね」

「へ? あ、うん。よろしくね。てか、本当に彼女? なんだ……」

「やだな〜。もしかして、あたしが呼ばれたのって、つまり悠センパイにカノジョいるって信じて貰えなかったからなんですか? ……悠センパイ、可哀想」


 そう言うと羊子ちゃんは少し背伸びして、私の頭を優しく撫で撫でしてくれる。

 私は飼い主に撫でられたいワンコみたいに顔をしてると思う。

 私は羊子ちゃんがもっと頭を撫でてくれるように顔を下に向けた。

 

 でも、この角度。

 羊子ちゃんの緩んだリボンタイと第ニボタンまで開いたYシャツの隙間から、たわわなお胸の谷間が見えちゃってる! 見えちゃってるよ!


「あ、あの……、羊子ちゃん」

「ん? 何ですか?」

「お胸が……その〜……」

「ふふ、もっと見ます?」


 羊子ちゃんの可愛い手が胸元のシャツを掴んでチラリとして見せる。

 はわ、はわわ……。見、見え……!!


「ダ、ダメだよ! 羊子ちゃん! そーいうのはまだ早いって言うか何て言うか、まだ手も繋いでないし、それに」

「それに?」

「チュ、チュー(小声)だって、まだだし、そういうのは刺激が強すぎるっていうか」

「悠センパイ」


 羊子ちゃんが一人でアワアワしている私の前に立つ。そっと手を握って来て、羊子ちゃんが背伸びした。

 

 そこからはスローモーション。

 羊子ちゃんの可愛い顔が視界いっぱいに映る。やがてボヤけて見えないぐらい羊子ちゃんが近付いたと思ったら唇に温かで柔らかいが衝突。

 衝突と言っても痛い訳じゃない。優しく触れて、しばらくそのまま。


 羊子ちゃんのぷるぷるの唇が私の唇(カサカサではない)に重なっていた事に遅れて気付いた。


 ストン。

 羊子ちゃんの背伸びで上がっていたかかとが床に着くと、羊子ちゃんの顔も離れていた。

 ほんの一瞬、五秒ぐらいの時間。確かに私と羊子ちゃんの唇はくっついていた。


 私、人生で初めてキスした……?


「全部、あたしとしましょ?」


 ちょっとだけ頬を染めた羊子ちゃんが恥ずかしそうに笑う。

 その羊子ちゃんの表情にようやく私は羊子ちゃんとキスしたっていう実感が湧いてきた。

 そうしたら、たちまち恥ずかしくなって、顔から湯気が出そうなぐらい顔が熱くなる。


「うわっ、悠、ヤバ! 顔真っ赤じゃん!」


 今はミサちゃんの言葉もどこか遠い。

 きっと、この一連の出来事はあっという間だったと思う。

 でも私は生涯忘れない。このファーストキスの衝撃を。


「悠センパイはあたしのカノジョなんで、ね?」


 私がぽやぽやしてるうちに羊子ちゃんが私たちの仲を見せ付けるように二人に宣言する。

 そんな風に宣言してもらえるなんて、私はなんて愛されているんだろう?

 そんな感じで私は羊子ちゃんに、すっかり蕩けさせられた思考回路をしていた。


 だって仕方ないじゃん。

 初めての彼女。初めてのキス。


 特別な事が重なって幸せな気持ちになっていたら、周りに目が向かないよ。

 私は幸せの絶頂で、永遠が今、どんな顔して、どんな感情なのか考えもしなかった。


 それからこの出来事が私の人生を変えていくなんて、この時の私には知る由もなかったんだ。

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