第5話

 私と羊子ちゃんが正式にお付き合いするようになった事実は、次の日の夕方までには全校生徒が知っていた。


 残念な事に、私はうめ女子学園の名物だったし、さらに勝手にコンビ(?)にされていた永遠とわも、文武両道、和風美人、お金持ち、性格良し、で有名だったから、私が羊子ちゃんと付き合ってるっていうのはある意味では一大スクープだったらしい。


 それに羊子ちゃんの圧倒的ビジュアルもあって、噂はあっという間に広がった。

 周りの反応は半々で、祝福してくれる子もいれば、永遠は? って率直に聞く子もいた。

 その度に『永遠は友達』で『恋人は羊子ちゃん』って事を説明する羽目になる。

 

 大概はその説明で納得してくれるんだけど、永遠が可哀想って言う人もいた。

 でも、どうしようもない。だって永遠は友達だから。これだけはずっと変わらない。

 永遠だって本当のところ私の事を友達だと思ってる。…………はず。


「セーンパイっ」

「羊子ちゃん!」

「今日、良かったら一緒に帰りませんか?」

「……!! 一緒に帰ろう!」


 放課後、教室にやって来た羊子ちゃん。

 別に約束をしていた訳ではないのに、わざわざ迎えに来てくれて嬉しい!

 私は慌てて鞄に適当に教科書やノートを突っ込むと、何か言いたげな顔をするミサちゃんに帰りの挨拶をして羊子ちゃんの元へと向かった。


 帰り道のデートなんて、最高に憧れていたシチュエーション。

 私は羊子ちゃんより歳上だし、恋人という面では諸々リードしたい。

 そしてゆくゆくは可愛い羊子ちゃんのあんな姿やこんな姿を見たい!

 

 そこは、ね? 私だって年頃ですし、おすし?

 健全な交際からスタートして不純同性交友に繋げて行きたいな〜、なんて思う訳です、はい。


 昨日は一足飛びで、キ、キスまでしちゃいましたけどね! 今日は健全且つ紳士(?)的にいきたい!


「羊子ちゃん、どうぞ」

「わぁ〜……! 可愛い!」


 帰り際に立ち寄ったコーヒーショップで生クリーム増し増しキラキラ(?)のピーチフラッペを購入して羊子ちゃんに手渡す。

 生クリームは可愛いヒツジのクッキーが二個と色とりどり星型のラムネが飾られている。


「食べるのもったいないです……」

「ふふ。でも溶けちゃうよ?」

「それは困りますっ……!」


 羊子ちゃんはそう言うと、スマホで写真を撮影した後に、意を決してスプーンでフラッペをすくう。

 薄桃色のきめ細かいフラッペと混ざり合った生クリームが羊子ちゃんの口の中に飲み込まれた。


「ん〜っ!」


 羊子ちゃんは頬に手を当てて幸せそうな顔をして、もう一度フラッペをスプーンで掬って口に運ぶ。


 カラン。

 私の頼んだまだ一口も口をつけていないアイスコーヒーの氷が溶け始めてグラスの中で小気味よい音をたてる。

 もう夏もすぐそこまで来ているのを匂わせる気候に、今日の冷たい飲み物たちは抜群の相性だ。


 羊子ちゃんも流石に今日は暑かったのか、ブレザーもカーディガンも脱いで腰に巻いていた。


「センパイ、はい。……あーん」

「ふえぇ!」


 嬉しそうにフラッペを頬張る羊子ちゃんに胸いっぱいでアイスコーヒーに手をつけていなかった私に、薄桃色と白のマーブル状の液体とも固体とも言い難い物が乗ったスプーンが差し出される。


 完全に油断していた。こ、これは間接キッス!? なのでは!?

 私が嬉し恥ずかしドキドキハプニングにあたふたしていると、羊子ちゃんが楽しそうに笑った。


 私が遠慮出来ないように、ちょっとだけ強引にスプーンを唇に押し当てられる。

 抵抗するのもおかしい話で、でもどうしたらいいか分からず、ギュっと目をつむった私の唇を優しくこじ開けて口の中にスプーンが侵入してきた。


 冷たくて、そして甘い。

 鼻から抜ける爽やかな桃の香り。

 滑らかな舌触りのフラッペはあっという間に溶けて消えてしまった。


「……あま」

「甘いの、嫌いですか……?」

「……ううん、好き」


 私の肯定の言葉に、再度スプーンが今度は無言で差し出される。羊子ちゃんはただ優しく微笑んでるだけ。


 私はよく躾けられた犬みたいに、唇を薄く開けて、羊子ちゃんの差し出したスプーンを唇へと迎え入れた。


「ふふ。……センパイ、イイ子、イイ子」


 ちっちゃい子やペットを褒めるような言葉。

 それなのに羊子ちゃんに言われると、なんだかになる。


 もっと羊子ちゃんに褒められたいし、羊子ちゃんが喜ぶ事をしたい。

 

 羊子ちゃんの発した『イイ子』って言葉に私はすっかり魅入られてしまって『イイ子』の余韻に浸っていた。


「……パイ、……悠センパイ?」

「へ? あ、何……?」

「氷、全部溶けちゃってますよ?」

「え、あっ、ホントだ!」


 氷が溶けてしまったアイスコーヒー。まだ辛うじて冷たいアイスコーヒーを一気に飲み干せば、頭がキーンってなって、変に浮ついた気持ちが引き締まった。……危ない、危ない。


 時間が過ぎていくのはあっという間で、夕焼け小焼けのメロディが遠くから聴こえる。

 まだ明るいけど、あまり遅くならないうちに私は羊子ちゃんを家まで送って行く事にした。

 こんなに可愛い子を夜遅くまで出歩かせたくはない。親御さんだって、きっと心配するはずだ。


「悠センパイ、今日はありがとうございます」

「こっちこそ。私も嬉しかったし、それに楽しかった」

「あたしも楽しかったです。あの、センパイ……」


 羊子ちゃんが言葉を切って、私の事を見つめてくる。

 羊子ちゃんは眉根を下げて少し困ったような表情をしていた。瞳を伏せた儚げな表情に私は何でもしてあげたくなる。


「どうしたの? 何でも言って?」

「その……もし、良かったらなんですけど、週末、勉強を教えてもらえませんか? 私の家で」

「勉強?」

「はい。そろそろ学期末ですし、センパイが良ければ、なんですけど……」


 自信なさげな羊子ちゃんの姿を見て、私の中の庇護欲というか、支えてあげたい欲がムクムクと顔をあげる。お姉さんに任せんしゃい!


「もちろん、いいよ! 良かったら去年のテストの答案、取ってあるから、それも持ってきてあげる!」

「わぁ……! 嬉しい! ありがとうございます、悠センパイ!」


 羊子ちゃんがすごく嬉しそうに笑って、私にギュ〜っと抱き着いた。それだけで私は舞い上がってしまう。

 多分、今、世界で一番の幸せ者は私だね。

 I am No.1!!

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