第3話 全てが敵ではなく

「元気かい?」


 悪びれる様子もなく、宰相であるランドが私の牢屋までやってきた。

 貴族専用の、とは言っても所詮は地下牢。


 薄暗くカビの生えたこの牢屋で、元気か、などよく言えたものだと思う。


 にこやかに片手を上げる姿を見ていると、場所がココでさえなければ友人を訪ねて来たようにしか思えない。


「何をどうしたら元気だなんて思うのかしら?」

「そうかい? 怒ってはいても、気落ちしているようには見えないが」

「怒らない方がおかしいと思うのだけど?」


 断罪された挙句、こんなところに入れられているっていうのに。


「まぁ、それはそうだろうね」

「なにそれ」


 馬鹿にしてる。

 他人事ひとごとだって分かるけど、助けてもくれなかったくせに。


「それで有能の宰相様は、こんな罪人のとこまで何しに来られたのですか?」

「そう怒るなよ」

「だから! これのどこが怒らずにいられるって言うのよ。ありもしない罪に問われ、こんな目にあっているのよ?」


「知ってるよ」

「知ってるなら!」


 知ってるなら、なんで助けてくれなかったの。

 少なくとも私は、ずっと仲の良い友だちだって思ってたのに。


「どうでもいいわ、もう。で? 笑いにきたの? みんな暇人ばかりね」

「みんな?」

「ええ。あなたが来る前にも、たくさん来たわ」


 もっとも、半数以上は私に同情した人たちばかりだった。

 侍女たちはこっそりお菓子を差し入れてくれたし。


 あれほど苦手だった先生たちは、私が妃になれないことを知って悔し涙を浮べている人もいた。


 あとは騎士たちも、私を絶対に安全に北の獣人国まで届けますってわざわざ言いに来てくれたっけ。


「君は本当にいろんな人間に慕われているんだな」

「そうかしら。そうだとしても結果はコレだけどね」

「いや? 案外そうとも限らないんだけどな」

「?」


 こんな牢屋に入れられた挙句に、最果さいはての土地に飛ばされるのに?

 私の代わりに泣いてくれた人たちは、とても酷い場所だと口を揃えていたのに。


 この国とは文化も文明も違い、すごく遅れた国らしい。

 授業では何度か聞いたこともあるけど、位置的にもすごく寒い国だと言うことは知っている。


 とても人間が住めるような国ではなく、獣人ほどの強靭きょうじんな者たちではないと生きてはいけないって。


 もちろん結婚相手は人間ではない。

 歓迎されていないことも想像はつく。


「サーシャがわざわざ私にお似合いの国だと高笑いしに来たのよ。王妃の器ではない人間が、身分だけでその座に就こうとした罰だって」

「……まったくよく言う」

「別にこの婚姻は、私が望んだわけじゃない」

「ああ」

「欲しいのなら、サーシャにならいつでも譲ってあげたのに」


 私はきつく握りしめた自分の手を見た。

 少なくとも私はいらなかった。


「私は……友だちだって思ってたんだけどな」


 そう言葉をこぼした瞬間、楽しかった思い出たちが涙と共に溢れだす。


 友だちだって思っていたのは、私だけだった。

 ホント、馬鹿みたい。


 知ってたよ。

 サーシャがアインのことを好きなことぐらい。


 でも私には選ぶ権利なんてなかった。

 もちろんそれ以上に、断る権利だって。


 あの花束をもらった瞬間、それでも幸せになれるって思ってた。

 だから我慢してきたのに。

 ホント、馬鹿みたい。


「あの二人は知らないが、少なくともぼくはまだ友だちだと思っているよ」

「はぁ? こんな状況で?」

「もちろんさ」


 ランドは清々しいほどの笑みを浮かべる。


「手が届くのならば、その口捻ひねってやりたいわ」

「それは勘弁してくれ。これでも君が一番幸せになれる道だと思うから決めたんだ」

「決めたって? それどういう意味なの?」


 決めたって。

 なんでこの決定が私のためになるのよ。


「あいつらが君を修道院に飛ばすとか、王妃になった自分の侍女にして一生こき使うとかうるさかったからね」

「それにしたって」

「大丈夫。君ならいつか……この国との架け橋になってくれるよ」

「嫌よ」

「あはははは。いつかでいいさ。きっと分かるから」


 なんで自分を断罪した国との架け橋にならなきゃいけないのよ。

 ただ私が嫁ぐことになったのは、二人の思惑じゃなくランドの計画ってことよね。


 しかもこの自信に満ち溢れた顔。


「やっぱり一度だけ、その口捻らせて!」


 牢屋の中からランドへ手を伸ばす。

 しかし器用にヒラリとランドはかわすと『健闘を祈る』などという言葉を残し、牢屋を出ていった。

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