第4話 絵本の中の憧れだった存在

「わーー」


 貴族令嬢たるもの、簡単に声など上げてはいけない。


 生まれてから十六年。

 いろんな人たちにそう言われ続けて生きて来た。


 もちろんお妃教育はその上を行くキツさであり、感情を顔に出さないことは絶対的に必要なことだった。


 だからそう簡単なことでは驚くこともない。


 第一に友だちに裏切られ、悪役令嬢とまで罵られ、処刑すらされそうになったのにそれ以上のことなど何を驚くことがあるのだろう。


 そう思っていたんだけど。


「すっごーい」


 獣人国カナンへ入国し、護衛の騎士たちに別れを告げ、この王宮の広間までこの国の者たちに案内された。


 野蛮で文明の遅れた国だと言われ続けていたこの国は、まさにその逆。

 大広間は、自国の三倍くらいの高さと広さがあり、その装飾も息を呑むほど美しい。


 だけど私が驚いたのはそこではなかった。

 今目の前にいる、自分の夫となる国王陛下。その姿だ。


「ドラゴン!」


 なぜこんなにも大きな広間が必要だったのか、これなら納得ね。


 そのドラゴンは私の体の何十倍もあり、二本足で私を見下ろすその姿は獣人という域を遥かに超えている。


 全身を強固な緑色の鱗が覆いつくし、爪一つで私の腕の半分くらいの大きさがあった。

 どこまでも強く、大きく、人からすれば畏怖いふの対象だわ。


「小さき人の姫よ、そなた名は?」


「ルナと申します、陛下」

「……そうか。ではルナ、そなたの夫となるはずの男の姿も見たことだ。帰るのならば、今だぞ?」

「帰る? 帰るとは……」


 あの国に帰れってことなのかしら。

 確かに私と陛下とでは、体格も違うし。

 もしかしなくても、この婚姻は押し付けられたのでしょうね。

 だからそんなこと言われるのだわ。

 

「お聞きされているかもしれませぬが、私には帰る場所などすございません。陛下のお側にいさせていただければと、思っております」


「ははははは。怖くはないのか? 俺はこの国の中でも他の者たちとは違う。この爪はそなたを切り裂くことも容易であり、炎を吹けば一瞬でそなたは灰となるだろう」

「炎⁉」

「そうだ。恐ろしいだろう。だから……」


「あ、あの! その炎を吹いている時はご自身は熱くはないのですか? お口の中ってどういう構造しているのですか? あああ、その前に一度触らせてもらっても良いでしょうか? あーでも、そういうのは結婚してからですかねぇ。でもでも、握手とか、握手とか握手だけならダメですか? 本当に少しでいいので触らせて下さい!」

「え、変態サン?」


 炎を吹くと言われた瞬間、私の中の押さえていた感情が思わずあふれ出てしまった。

 

 はしたないって分かってるけど、ドラゴンなのよ。

 この世界で最強の生き物って言われているドラゴン。

 それが目の前にいるんだもの、興奮しない方がおかしい。


 生まれて初めて本物を見た。

 ドラゴンは絵本の中だけの存在だって思っていたわ。


 なのにそんな方の元に嫁げるなんて、ご褒美じゃないの。


 あの肌はどうなっているのかしら。

 冷たいのか熱いのか。ヒトとは違うのは分かるけど、あああ、気になる。


「ルナ様、我が国王が完全に引いてますが?」

「えええ。あああ、すみません。でもでもでもでも、冷たいのかとか固いとか……」


 謁見に同行してくれていた、薄緑の髪を後ろで一つに束ね、やや背が高めでメガネを付けた大臣らしき男性に私は尋ねた。


 よく見れば、彼の頭からは長くふさふさした耳が垂れ下がっている。

 どこかで見たコトある耳ね、ウサギさんかしら。


 でも、メガネってとこが残念ね。

 雰囲気とかどことなくランドに似てるし。

 そのせいか、若干……かなり、苦手だわ。


「触ってみたらどうですか?」

「えええ、いいんですか!」

「おい、ちょっと」


 陛下の返事を確認するより先に、私は大きなドラゴンの足に触れた。


 ひんやりと冷たく、固い鱗。

 その鱗はゴツゴツというよりも、滑らかに滑るような感じで固い鉱物のよう。

 しかしその固い鱗の下には脈打つように、生命を感じる。


「なんですか、この感覚。冷たくて固いのに、その下に柔らかな肉があるような感じ。ああ、すごい。スベスベ。これってお手入れとか大変じゃないですか? こんなに大きいとお風呂とかどうしてるんですか? この感触、癖になりそう」

「こら、いい加減にしろ!」

「あー。危ないですよ」


 大きなドラゴンの尻尾が、無造作に床に叩きつけられる。

 すると危険を察知したかのように、大臣が私を抱きかかえ、後ろに飛びのく。


「すみません。いっぱい触ってしまって」

「別にいいんじゃないですか? それより失礼します」


 そんな言葉の後に、急に視界が真っ暗になる。

 大臣に目隠しをされている。


 そう気づくのには、さほど時間はかからなかった。

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