第17話
風と千歌は、住職が言った通りに、京都の町を少し散歩して回った。しかし、心の中でずっと引っかかっていることがあった。それは、自分たちが本当に元の時代に戻れるのかという不安だった。
二人はお寺に戻り、少し疲れた様子で座り込んだ。その時、住職が静かに話し始めた。
「君たち、実はもう、元の時代には戻れないんじゃ。」住職は少し沈んだ声で言った。
風と千歌は顔を見合わせた。まさか、住職がそんなことを言うとは思っていなかった。
「え?」千歌が小さな声で聞いた。「どうして、戻れないんですか?」
住職はゆっくりと、目を閉じてから話を始めた。「実は、君たちと同じように、私もタイムスリップしてきたことがあるんじゃ。」
風と千歌は驚きの表情を浮かべた。
「本当ですか?」風が声を上げると、住職はうなずいた。
「うむ、私は弥生時代から来たんじゃ。」住職は穏やかな声で続けた。「この京都の町に、突然、時空の歪みから現れたんじゃ。そして、私はしばらくはこの時代のことが全くわからず、何もできなかった。しかし、やがて歴史を学び、この町に住み、今のようにお寺の住職として生活しているんじゃ。」
風と千歌は、完全にその言葉に圧倒されてしまった。住職が言っていることが真実であるとすれば、彼らの未来の世界とは違う時代に来てしまったということだ。
「つまり、私たちも、戻れないんですか…?」千歌が涙ぐみながら言うと、住職は深い溜息をついた。
「そうじゃ。君たちは、未来から来たということだが、私のように過去に来た者もいる。だから、戻る方法がないことは理解している。しかし、君たちがどんなに帰りたくても、この時代で過ごすことが、君たちの運命なんじゃよ。」
風は少し考え込み、口を開いた。「でも、歴史に介入するわけにはいかないんじゃないんですか?僕たちが何かしちゃったら、この時代が変わっちゃうかもしれない…」
住職はその質問にしばらく沈黙していたが、やがて静かに答えた。「歴史に介入してしまうかもしれないという不安は、私も同じように感じておった。しかし、もう戻れない以上、君たちが介入したとしても、それもまた、歴史の一部として受け入れられるのじゃ。」
風と千歌は、その言葉に少し安心したような、でもどこか寂しさを感じていた。もし、歴史を変えてしまうとしても、もう元には戻れないのだ。
「でも…それなら…」千歌が静かに言った。「私たちは、どうすればいいんですか?」
住職は優しく微笑んだ。「まずは、君たちがこの時代をどう生きるかが大事なんじゃ。無理に歴史を変えようとする必要はない。ただ、今ここにいることを大切にし、君たちの出来る範囲で生きていくことが、最も重要なんじゃよ。」
その言葉に、二人は少しだけ心が軽くなった。しかし、まだ未来に帰ることができないという事実が、深く胸に刺さった。
「でも、住職…本当に戻れないんですね…?」風が最後に聞いた。
住職はしばらく黙ってから、穏やかな目で二人を見つめながら言った。「うむ、そうじゃ。私も最初は戻りたかった。しかし、今ではもう、ここにいることが運命だと思うようになった。君たちもきっと、この時代で新しい意味を見つけることができるじゃろう。」
風と千歌はその言葉を受け止め、しばらく黙っていた。そして、少しだけ涙をこらえながら、二人は住職の言葉を心に刻むように頷いた。
「わかりました…」千歌が小さく答えた。
「私たちも、この時代で生きていきます…」風がしっかりとした声で言った。
住職は二人を優しく見守りながら、もう一度微笑んだ。そして、この時代で生きることを、新たな未来が待っていることを信じていた。
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