第2部京町禅陽日寺橋の町娘の剣 第13話 京都

ある日の雨の午後。

風と千歌は学校の帰り道を急いで歩いていた。降りしきる雨の中、二人は傘もささずに足早に帰宅を急いでいる。風が少しだけ顔をしかめると、「こんな日は雨宿りできる場所でもあればいいのにね」と千歌がつぶやく。


その瞬間、空が轟音と共に一閃する。雷が真上で落ち、街の片隅が明るく照らされた。千歌が驚いて立ち止まると、風も同様にその異常な光景に目を見張った。雷の光が一瞬、二人を包み込むと、次の瞬間、風と千歌はその場に立っていなかった。


気がつくと、二人は見知らぬ場所に倒れていた。

風と千歌は、意識が混乱したまま、どうしてここにいるのか分からない。周りを見渡すと、雨がまだしとしとと降り続けているものの、何かが異常だった。目の前に広がるのは、今まで見たことがない町並みだ。家々の屋根は茅葺きで、道は石畳。近くの商人たちが行き交う姿も、どこか懐かしいが、明らかに現代のものではない。


千歌が体を起こすと、足元に泥がついているのに気づき、驚きのあまり声を上げる。「風、ここって一体…?これは…江戸時代?」


風も驚きながら辺りを見回して、言葉を失っていた。突然、地面がふわっと揺れたような感覚がして、二人は再び倒れる寸前でバランスを崩す。その時、一人の老人の声が耳に届く。


「おや、これは一体どうしたことだ。」

住職が、黒い袈裟を着て、まるで何事もないかのように歩いていた。だがその表情は一瞬で驚きに変わる。雷の中から突然現れた二人を目撃したからだ。


住職はすぐに駆け寄り、倒れている二人を抱き起こす。「雷に打たれたか、いや、それにしても奇怪なことだ。だが、無事で何より。」住職はそのまま二人をお寺に運び込む。


お寺の中で目を覚ました二人。

目を開けると、二人は今度は小さな仏間のような場所に横たわっていた。薄暗い室内は、木の香りと、微かな蝋燭の光で満たされている。天井には梁が見え、昔ながらの寺の作りだ。

風と千歌は、京町禅陽日寺の静かな境内で、どこか困惑した表情を浮かべていた。


「住職…今、何年ですか?」風が、思わず問いかけた。


住職は眉をひそめ、首をかしげながら、二人を見つめた。何かが違うというのは、彼にも感じ取れたようだ。


「何年じゃと?」住職が不思議そうに問い返す。


「西暦、今何年ですか?」千歌が続けて聞くと、住職はさらに首をかしげ、思わず笑ってしまった。


「西暦…? それは一体何じゃ?」


風と千歌は、やっと気がついた。ここが現代ではなく、江戸時代だということを。つまり、あの雷に打たれて、時間が巻き戻ったのだ。


「こちらには西暦というものは無い。和暦という言葉を使うんじゃよ。」


住職は少し考えてから、ふと目を細めて言った。


「今、わしらが生きているのは元禄の…」


「元禄の?」風が驚いて尋ねる。


「元禄の、えーっと、六年じゃな。」住職が答える。「西暦で言うと、1693年あたりかの。」


風と千歌は、言葉を失った。元禄という元号は、どうやら彼らが今いる時代のものだった。そして、住職が教えてくれたその年号から、二人は自分たちがどれだけ遠くに来てしまったのか、ようやく理解した。


「元禄六年…1693年…」千歌が呟く。


「本当に、江戸時代なんだ。」風は呆然としながらも、改めてその現実を受け入れようとした。


住職は二人の様子を見て、少し微笑みながら言った。


「不安であろうが、今はまず、ここでゆっくり休みなさい。時が来れば、また何か方法が見つかるかもしれん。」


風と千歌は、住職の言葉を聞きながら、ひとまず自分たちの状況を受け入れ、ここでの生活に少しずつ慣れていこうと決意したのだった。


住職は静かに座っている。微笑んで言う。「どうやら、お前たちは我々の時代に来てしまったようだな。」


風が混乱しながら言う。

「時代…?僕たちは一体どこにいるんですか?」


住職は穏やかな表情で、答える。「お前たちが来たのは、江戸時代の京都だ。この街は京町、古くからの町で、ここで生きていくには覚悟がいる。」


二人はまだ信じられない様子で、目を合わせる。「でも、どうして…どうして僕たちがここに?」千歌が尋ねると、住職は少し考え込んでから、優しく言った。


「雷の中から二人が出てきたことを聞いた時、この町でも噂が立った。神々が何かを成し遂げようとしているのか、それとも何か大きな試練が待ち受けているのか、わからぬが。だが、この先何が待っているかはわからぬ。お前たちがここに来たことが何かの運命であるなら、それを全うしなければならない。」


風と千歌は、お互いに顔を見合わせ、言葉を失った。どうしてこんなことが起こったのか、ただただ混乱と驚きだけが頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。


住職が二人に提案する。

「しばらくこの寺に滞在し、少しずつここでの生活を学ぶと良いだろう。お前たちの目的が何であれ、無事に生き抜くためには、まずこの土地の文化を知ることが必要だ。」


千歌は少し戸惑いながらも、頷いた。「わかりました…でも、風、これどういうこと?」


風は深いため息をつき、千歌に答える。「わからない。でも、まずは生きる術を探さないと。」


住職はにっこりと微笑んで、二人にお茶を差し出しながら言った。「さて、まずは休むことだ。」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る