第5話

その日、風は図書室で静かに本を読んでいた。いつも通り、周囲の喧騒から少し距離を置いて、自分の時間を過ごすのが好きだった。しかし、ふと気づくと隣の席に見慣れない女子が座っていた。彼女は少し戸惑った様子で本を手に取ると、風をちらりと見てから話しかけてきた。


「ねぇ、風ちゃん。転校初日に絆創膏つけてたよね?」


その言葉に風は少し驚いた。初日の出来事を覚えていた人がいるなんて、思ってもみなかったからだ。


「あ、そうだね。」風は軽く頷きながら答える。「学校でちょっと絡まれちゃって。」


「絡まれた?喧嘩したの?」千歌は好奇心旺盛な様子で尋ねた。目を輝かせながら、風の反応を待っている。


風は一瞬ためらいながらも、素直に答えた。「まぁ、そうだけど。」


千歌はその答えを聞いて、少し驚いた表情を浮かべた後、さらに質問を投げかける。


「じゃあ、喧嘩好きなの?」


風は少し考え込むと、静かに口を開いた。「強くなければ、自分らしく生きられないから。」


その言葉には、何か深い意味が込められているように感じた。風の目は真剣で、千歌はその真摯な表情に心を打たれた。


「自分らしく生きる…」千歌は少しだけその言葉の意味を噛みしめるようにして、風の隣に座ったまま静かに頷いた。


風の言葉には、どこか強さと静けさが同居している。千歌は、風がただの転校生ではなく、何かを背負っているような気がしてきた。その言葉の中に、風がどんな人物なのかを知る手がかりが隠れている気がした。


「そうなんだ…」千歌は少し考えた後、にっこりと笑って言った。「でも、喧嘩ばっかりしてると疲れるよ?」


風はその笑顔にほんの少しだけ反応して、また本に視線を戻した。


「そうだね。でも、少しでも強くならないとね。」


二人はその後、しばらく無言で本を読んでいたが、なんとなくお互いに引かれるような感覚を覚えた。風の言葉の奥に何かがあり、千歌はそれを探ってみたくなった。そして、どこかでまた会いたいという気持ちが芽生えたのだった。

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