第3話笑顔のパン屋さんと陽菜の挑戦

早朝、夢咲商店街が静かに目を覚まし始めるころ、私はすでに「山口フラワーショップ」で開店準備を整えていた。昨日、松井さんのカバンを皆で探し回ったことで、商店街の人々の温かさに改めて触れることができ、なんだか心が弾んでいる。花を並べていると、ふと隣のパン屋「青木ベーカリー」からいい香りが漂ってきた。


「やっぱり、青木さんの焼くパンは最高だなあ……」


私は小さくつぶやきながら、準備を終えてお店を開けた。朝の冷たい空気の中で花たちが静かに咲いている様子に、私は思わず微笑んだ。すると、ちょうどその時、隣の青木ベーカリーから店主の青木さんが顔を出した。


「おはよう、陽菜ちゃん!今日もいい天気だな!」


青木さんは、丸みを帯びた温かみのある顔にいつもニコニコとした笑顔を浮かべている。夢咲商店街の顔ともいえる存在で、青木さんに会うと、こちらまで元気になれるような気がする。


「おはようございます、青木さん!今日もいい香りがしてますね。」


私がそう言うと、青木さんは少し照れくさそうに笑いながら、パン屋の店内へ戻っていった。青木ベーカリーのパンはふっくらとした焼き上がりと、ほんのり甘い香りが特徴で、商店街だけでなく、近所の住宅街からも人気だ。毎朝、開店前からパンを求めて並ぶ人たちの姿を見ていると、いつか自分もそんな愛される花屋になりたいと思わずにはいられない。


その後、午前中の忙しい時間帯が過ぎ、店内が少し落ち着いたころ、青木さんが再び訪れた。彼は手にバスケットを持っており、私に向かってにこやかにそれを差し出した。


「陽菜ちゃん、これ、うちの新作なんだ。味見してもらえないかな?」


バスケットの中には、小さなフランスパンがいくつか入っていて、表面がカリッと焼き上がっているのがわかる。新作と聞いて、私はわくわくしながら一つ手に取った。


「いただきます!」


ひと口かじると、外はカリッとしているのに中はふんわりと柔らかく、ほんのりとしたバターの香りが口いっぱいに広がった。なんとも幸せな味に、思わず顔がほころぶ。


「すごく美味しいです!この軽さと香ばしさが最高ですね!」


私の反応を見た青木さんは、嬉しそうに頷いた。


「ありがとう、陽菜ちゃん。実は、このパンは最近試行錯誤して作った新しいレシピなんだよ。もっと多くの人に知ってもらいたいんだが、なかなか新作をアピールするのって難しいんだよなあ。」


青木さんがそう言いながら少し困ったように微笑むのを見て、私は考え込んだ。実際、商店街で新しい商品やサービスを宣伝するのは簡単ではない。常連のお客さんにはすぐに知ってもらえるけど、もっと広く知ってもらうには何か工夫が必要だ。


「何か、商店街全体で新作をアピールする方法があればいいんですけどね……」


私がそう呟くと、青木さんは少し目を輝かせて私に提案をした。


「そうだ!もし陽菜ちゃんが良ければ、この新作パンを使って何か花屋とのコラボレーションができないかな?」


「花屋とパン屋のコラボレーションですか?」


一瞬、予想外の提案に驚いたが、考えてみると面白そうだ。花屋とパン屋のコラボで、何か特別なイベントを開けば、普段来ないような人たちも商店街に興味を持ってくれるかもしれない。


「確かに、それは楽しそうですね!例えば、新作パンをプレゼントしてもらえる企画とか、花と一緒にパンをセットで売るなんてどうでしょう?」


私の案を聞いて、青木さんは目を輝かせた。


「それいいな!パンと花のセットなんて、普段じゃ思いつかないだろうし、話題になりそうだ!」


私たちはさっそくアイデアを膨らませていった。そして、試行錯誤の末に決まったのは「夢咲のパンと花で笑顔を咲かせようキャンペーン」だった。この企画では、青木ベーカリーの新作パンと、山口フラワーショップの季節の花をセットで販売することで、商店街に新しい風を吹き込もうというものだ。


花屋にとっての主役である花と、青木さんのパンが共に「笑顔を咲かせる」というコンセプトを掲げ、お互いの良さを引き立てる形でアピールすることにした。これには私も青木さんも大いに期待していた。


数日後、キャンペーンの準備が整い、いよいよ初日を迎えた。朝から店内を飾りつけ、入口には「夢咲のパンと花で笑顔を咲かせようキャンペーン!」と書かれた看板を掲げた。そして、キャンペーン限定のセット商品として、パンと小さな花束が入ったパッケージを店先に並べた。


すると、次々とお客さんが興味を持って訪れ、商品を手に取っていく姿が見られた。特に若い女性や家族連れが目立ち、商店街がいつも以上に賑やかになっていることに私は驚きと嬉しさを感じた。


「なんだか、すごい反響ですね……!」


私が感激しながら店先に立っていると、青木さんがにこやかにこちらに歩み寄ってきた。


「陽菜ちゃん、ありがとうな。君のおかげで新作パンがたくさんの人に知ってもらえたよ!」


青木さんの言葉に、私は少し照れくさくなりながらも、嬉しさで胸がいっぱいになった。商店街の仲間と協力して何かを成し遂げる喜び、そしてそれを多くの人に喜んでもらえる喜びが、一層この商店街で働くことへの意欲を高めてくれた。


キャンペーンが終わった後、私と青木さんは商店街のベンチに座り、一息ついていた。ふと青木さんが、昔のことを懐かしむように語り始めた。


「実はな、陽菜ちゃん。俺もこの商店街でこうしてパン屋をやってきたけど、昔はもっと人通りも少なくて、どうしたらいいか迷ってたこともあったんだよ。」


青木さんの言葉に、私は少し驚いた。今でこそ、青木ベーカリーは商店街の人気店だが、その裏には長年の努力があったのだと気づかされた。


「だけど、こうやって少しずつ仲間たちと助け合って、楽しいことや新しいことを試みていけば、きっと良い方向に向かうんだってことを学んだんだ。それを今日、陽菜ちゃんと一緒に実感できたよ。」


青木さんの言葉に、私は心が温かくなるのを感じた。夢咲商店街で過ごす日々が、ただの仕事ではなく、心の成長や仲間との絆を深める場であることを改めて感じたのだ。


その夜、私は一日の出来事を振り返りながら店の片付けをしていた。新しいことに挑戦し、仲間と協力することで、私自身も少し成長できた気がする。商店街で働く中で、もっといろんなことに挑戦していきたい。そう心に誓いながら、私はゆっくりと店のシャッターを下ろした。


「明日もまた、笑顔を咲かせる一日になりますように!」


夜空に浮かぶ月を見上げ、私は小さくつぶやいた。

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