2 女子の会
数日後。しんしんと雪の降りしきる午後。
夜間不審死騒動は未だ解決を見ない。むしろ、事態は混迷を極めている。検死の結果、先日の家臣の死因は凍死だと判明した。深酒でもして薄着で眠ったのかと疑うが、どうやら彼は
謎は深まるばかりとはいえ、城での暮らしが変化するわけでもない。雪音はこの日も妖山の友、
「では、なつめ。
東碧川とは、先日の
「それで、天狗の旦那と河童の妻の暮らしってのはどんな感じなんだい。あたいの周りには、妖狸同士の夫婦ばかりなんだよ」
露の葉も、雪音と同じ十七の娘である。色恋話には興味津々だ。二人からの眼差しを受けた新婚のなつめは、顔中を赤くして熱い頬に手を当てた。
「はい、それはもう、優しくて」
「それは戸喜左衛門さんの性格の話だろ。そうじゃなくて、他にあるでしょ、天狗特有の面白い話が」
「そ、そうですね。……つるつるひんやりの河童とは一味違って、翼がふわふわで温かくて」
「へえ!」「まあ!」
「時々大きな木の上に連れて行ってくれるんですが、天辺で一緒にお昼寝する時も、翼でこう、私をふわっと包んでくれて」
「ほわー」「まあまあ!」
「あとはえっと……。って、ごめんなさい、恥ずかしくなってきちゃいましたっ」
なつめの肌は真っ赤である。友の
「そ、そういうお露さんは」
「ないよ! あたいにはそんな話がない」
色恋沙汰に縁のない露の葉が間髪を入れずに切り返す。矛先は雪音に向かった。
「そういやお雪の旦那は鬼じゃないか。どうなんだい。やっぱり鬼は大雑把で気性が激しいのかい。あたい、あの人に絞め殺されかけたこと、一生忘れないよ」
「お露だめよ、殿は人間だということになっているのだから。声を潜めて」
「あっ、ごめん」
「あれ、
なつめが目を丸くするので、雪音は苦笑する。
「ええ。でも内緒にしてくださいな。ご本人は、誰にも気づかれていないと思っているのだから」
「はあ、気づいてるって早く言っちゃえばいいのにさ。その方がお雪も妖山様も変な気苦労がなくなるだろ」
「でもあの噓は、私を怯えさせないためについてくださっているものだから」
「ふうん?」
露の葉が眉を上げ、意外そうに雪音を見つめた。もの言いたげな視線に居心地悪さを感じ、雪音は少し尻の位置をずらした。
「殿は大雑把だけれど、気性は穏やかなの。少し繊細すぎるところがあるくらいだわ」
「私が言うのもおこがましいですが、妖山様はとてもお優しい方ですよね」
なつめが拳を握り、前のめりになった。
「だって、私が人間の生まれだと知っているのに、ちゃんと河童として扱ってくれるんですよ。以前、
夫を褒められれば、心の奥にじんとした熱が灯る。雪音は無意識に胸に手を当てた。
「そういえば、最近は殿とゆっくりお話できておりませんの。ほら、近頃夜間に不審死をする殿方が多いでしょう。あやかしが関与しているのではないかと疑われていて、毎日忙しくしているのよ」
「ああ、
「でもあれは、妖狐の仕業ではないわ」
「へえ? まあ、お雪が言うならそうなんだろうけど。じゃあいったい何が原因なんだい」
雪音は首を横に振る。
「まだわからないの。なつめは何か知りませんこと?」
「東碧川の方にはあまり被害が出ていないようで、まだ騒ぎにはなっていませんね。あの、お役に立てずすみません。気をつけて見ておきますね」
「助かるわ」
「あ、でも」
なつめがふと視線を上げる。
「戸喜左衛門様が言っていたのですが、最近、妖狐狩りをする人間が多いみたいです。今回の事件の報復でしょうか」
「それ、あたいも聞いたよ! あやかしに敏感ではない人間の中には、妖狐と妖狸の見分けがつかない人もいるんだとか。ああ、物騒で嫌になっちゃう。あ、そうだ。ねえ、お雪」
いたずらを思いついた露の葉の顔が、ぱあっと輝いた。
「狐狩りする奴らを逆に狩って遊ぼうよ」
「だめよ!」
雪音は顔を険しくする。
「妖山城主の妻が領民に危害を加えるなんて、あってはならないことだわ。裁くのなら、然るべき手順と方法で」
「何だい何だい。昔はよく男を誑かして遊んだじゃないか」
「まあ。人聞きの悪い」
「何が城主の妻だい。元々は、山際のおんぼろ館暮らしだったってのに、急にお高く止まっちゃってさ!」
「お露、そうじゃないのよ」
「もういいさ。しばらく会わないうちに、あたいの知ってるお雪はいなくなっちゃったんだ」
露の葉と雪音は祝言の晩に妖狸屋敷で再会するまで、もう何年も顔を合わせていなかった。だからといって雪音としては、会わない間に大きく変わったつもりはないのだが。
「ふんっだ!」
露の葉は鼻息荒く立ち上がり、足音を響かせて部屋を出て言った。
「あ、お露さん」
「いいのよ、なつめ」
露の葉の憤然とした背中を追おうと腰を上げたなつめを制し、雪音は嘆息する。
「お露とは今度きちんとお話するわ。なつめにはおかしなところを見せてごめんなさい」
「いいえ、そんな」
その時、ちょうど間を測ったかのように、近習の声がした。
「奥方様」
「何かありましたの?」
雪音に促され、見慣れた近習が廊下に膝を突き頭を下げた。
「
「まあ、お客人」
雪音はなつめと顔を見合わせる。本日、来客があるとは聞いていなかった。つまり急な来訪なのだろう。いったい何事か。
「申し訳ないわ、なつめ。また次回ゆっくりお話ししましょう」
何とも後味の悪い解散となった。雪音は心の奥に暗澹たる思いを抱えつつ、近習に促されるがまま、来客を迎えるべく広間へと向かった。
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