第14話 謝罪

「申し訳ございませんでした!」


 ノアに竜舎まで連れて来られると、騎士たちが一列に並び、一斉に頭を下げた。


 フレヤは目をぱちくりさせて、ぽかんとした。


 さきほどまで食堂にいた騎士まで揃って並んでいる。いつの間に。


 目の前の光景に頭が追い付かずにいると、騎士たちの間を縫って後ろからユリウスが出てきた。


「今までのフレヤ嬢に対する態度すまなかった。それでもシルフィアを救ってくれたこと、改めて礼を言わせて欲しい」


 ユリウスが頭を下げたので、ぎょっとした。王弟である彼が人質に頭を下げるなんて。


「頭を上げてください! シルフィアが無事で良かったじゃないですか!」

「私は君に剣まで突き付けたのに、責めないのか?」


 驚いた顔をユリウスが上げる。


「? 今謝ってくださったじゃないですか。これで私が竜を害さないと信じてくれると嬉しいです」


 フレヤはユリウスの後ろでいまだ頭を下げ続ける騎士たちを見て苦笑した。


「君は――」


 ユリウスが戸惑っていると、エミリアがフレヤを通り過ぎ、彼の目の前で立ち止まった。


「ユリウス様、どうやら先入観を持っていたのはあたしたちのほうみたいです」

「……エミリアの言う通りだ」


 エミリアを見たユリウスの目元がふわりと綻ぶ。


(あら?)


 ほんの少しの変化だが、信頼とは違う感情をユリウスから感じた。


「私たちは戦争国の人間だからと警戒しすぎたようだ。フレヤ嬢、お詫びに何でもしよう。望みを言ってくれ」


 ユリウスの視線が自分に向いたところで、ハッとする。


 王弟が何でもしようなんて、軽々しく言っていいのだろうか。


(でも、これはチャンスだわ!)


 フレヤは喜々としてユリウスに告げた。


「じゃあ、私も直接竜のお世話がしたいです! 竜に触れる許可をください!」


 遠くから見るだけではもう我慢できない。竜を神と崇める彼らには、ずうずうしいと怒られるかもしれない。


(何でもって言ったのはそっちなんだから!)


 開き直ってユリウスを見れば、彼は目を丸くしてフレヤを見ていた。


「そんなこと? もっとすごい要求を言ってもいいのに……君って人は」


 くっ、とユリウスが笑う。どうやら最後に試されていたらしい。

 スパイとして機密情報をよこせとか、人質生活を優遇させろとでも言うと思ったのだろうか。


(やっぱり、腹黒い……)



 目の前で声を殺して笑い続けるユリウスを睨む。


「な、フレヤさんなら僕たちを許してくれるって言っただろ? エミリア」


 フレヤの横でにこにこ笑っていたノアが前に出てエミリアの側に寄る。


「兄上、フレヤさんが手伝ってくれれば、竜たちも喜びます!」


 竜舎の竜たちがノアの声に合わせるように「キュー」やら「ぴゅい!」やらと鳴いた。

 合わさった鳴き声がまるで合唱のようで、フレヤは目を輝かせた。


 ノアの明るい表情を見て、ユリウスがハッとする。


「これは……彼女のおかげか?」

「そうみたいです」


 ユリウスが問うと、エミリアはニヤニヤしながら答えた。

 これはきっと、昨日の出来事がユリウスの耳へと入るのも時間の問題だろう。


(変な勘違いをされないといいけど)


 慰めるためとはいえ、王弟を抱きしめてしまったのだ。不敬だ何だと今さら投獄はされたくない。


「そうだな。竜たちは最初からわかっていたのかもな」


 目を細め、ユリウスがノアを見る。


「いいだろう。フレヤ嬢には結界を張る準備とともにノアの補佐を務めてもらいたい」

「良かったですね、フレヤさん!!」


 ぱっと顔を明るくして、ノアがフレヤに振り返る。


(うっ!!)


 その眩しい笑顔に胸がきゅう、となる。


 反則だ。


 今まで不機嫌な顔しか見せてこなかったくせに、満面の笑みを向けられればどうしたってドキッとしてしまうではないか。

 しかも、子犬のように信頼全開の瞳で見てくるものだから、可愛いとさえ思えてしまう。


(あの突き刺さるような瞳はどうした!!)


 彼をより冷たい印象にしていたアイスシルバーの瞳さえも、潤んで見えるから不思議だ。


「じゃあ行きましょう!」


 再びノアがフレヤの手を取り、歩き出す。


「ちょ!?」


 騎士を目指していただけあって、力は強い。ぐいっと引かれて、トンっと肩がノアの胸に飛び込む形になった。


(ち、近っ……!)


 ずっと研究ばかりしてきたフレヤは至近距離で男性に触れたことがない。

 つい顔が真っ赤になってしまう。


「フレヤさん!? 体調が良くないですか? 医務室に行きましょう!」


 そんなことなど知らないノアは、フレヤをひょいと横抱きにしてスタスタと歩き出した。


(違う、ちがーう!)


 顔から湯気が出そうなほど顔を赤くしたところで、フレヤは叫ぶ。


「お、下ろして! 足に負担がかかるわよ!」


 ぴたっと立ち止まり、ノアが目をぱちくりさせてフレヤを覗き込んだ。


「な、なに……」


 触れてはいけないことだっただろうかと、急に不安になる。

 

 しかしノアは、にっこり笑った。


「フレヤさんはやっぱり優しいなあ。大丈夫ですよ、僕鍛えてるんで。走りさえしなければフレヤさん一人くらい抱えられます」

「そっか……」


 ノアは気にしていないようでホッとする。


「だから、フレヤさんは僕が守りますね」

「はい!?」


 突然の爆弾発言にフレヤの声が裏返る。

 それでどうして「だから」に繋がるのか。


「フレヤさんは、竜たちにとっても聖女ですから!」


 ああ、そういうことかと息を吐く。


 ノアの竜バカはきっとフレヤに負けないくらいだろう。

 すべては竜のため。だからこの行為に意味はない。


 赤くなった顔に言い聞かせるも、免疫がなさすぎてドキドキが止まらない。


「でも大丈夫だから、下ろして!!」

「ダメですよ、何かあってからじゃ遅いんですから」


 自身が大怪我をした経験からか、過保護が過ぎる。


「大丈夫だってば~!」



 言い合う二人の背中を、ユリウスとエミリアが見つめる。


「ノアにもやっと春がきたか。待ちわびた春が」

「フレヤは良いやつです。ユリウス様もやっと肩の荷が下ろせますね」

「エミリアがそう言うなら、そうなんだろうな」


 ユリウスは泣きそうな、でも嬉しそうな顔でいつまでもノアの背中を目で追った。

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