第二章

第13話 子犬にシフトチェンジ!?

「おはようございます! フレヤさん! 昨日はお疲れ様でした」


 今日も早起きのフレヤは、早朝稽古を見学するべく部屋を出た。


 訓練所に向かう途中の道で、ノアが待ち伏せをしていた。

 昨日の今日で気まずいな、とフレヤは思った。


 相手が弱っていたとはいえ、抱きしめてしまったのだから。それなのに――


「えっ?」


 思わず口に出してしまった。

 まだ寝ぼけているのだろうかと目をこするが、目の前のノアは優しい表情でこちらを見ている。


(誰!?)


 あまりにも違いすぎる態度に困惑する。


「ほら、遅れますよ。竜を見たいんでしょ?」


 そんなフレヤの手を取って、ノアが歩き出す。


(え、えええええ~!?)


 困惑したまま、フレヤはノアに引かれて訓練場へと向かった。


☆☆☆


「あ、フレヤさんこれ食べます? これは?」


 ノアの様子がおかしい。


 早朝訓練のあと、ノアとフレヤは当たり前のように一緒に食堂へ来た。

 フレヤが両手に抱える目の前のトレーには、かいがいしくノアが料理を並べていく。


 騎士団の食堂は好きなものを好きなだけ選んでトレーに載せていくスタイルで、自分で取ろうとしても、


「あ、これ取りますか?」


 そう言ってノアが取ってくれるのだ。


 早朝訓練でも、あの竜は何が得意だとか解説までしてくれた。ノートにメモしても咎められることはなく、かなり充実した時間だった。


(~っ、じゃなくて!!)


 いきなりの豹変ぶりで逆に警戒する。


(嫌がらせの攻め方を変えたの……?)


「フレヤさん、席取りましたよ~!」


 思案している間に、席取りをしたノアがブンブンこちらに向かって手を振っている。


(わ、わんこ!?)


 しっぽの幻覚が見えて、目をこする。


 しかし早朝訓練でも思ったが、騎士たちが何の反応もしないことにフレヤは驚いていた。さすがに一緒に現れたときはどよめいていたけど、ノアの突然のキャラ変には突っ込み無しだ。


 いつも通りに朝食をとる騎士たちのテーブルの間を縫って、ノアの元へと辿り着く。


 席に着くと、ノアが当然のように向かいへ座る。


(な、なんなの?)


 思い当たるとすれば、昨日の出来事だが。


(よ、弱みでも握られたと思ってるのかな?)


 じっとノアを見れば、朝食を頬張っている。そしてフレヤの視線に気づくと、顔を上げてこちらを見た。


「あ、これ美味しいですよフレヤさん」


(わ~!! そんなキラキラした目で見ないで!!)


 くっ、と顔を片手で覆い、天を仰ぐ。


 ノアは「フレヤさんにもあげますね」とおかずをフレヤの皿に移すと、下を向いて食べるのを再開させた。


「おー、おー、ノアにずいぶん懐かれたみたいだねえ」


 食事を終えたエミリアがトレーを片手にフレヤの隣に立つ。


「エミリア……! 彼、どうしちゃったの?」


 エミリアを捕まえ、ひそひそと話す。


「どうしたもこうしたも、本来のノアは明るい奴なんだ。こんなノアを見るのは久しぶりだなあ」

「えええ……」


 これが本来の姿と言われても、フレヤには信じられなかった。不機嫌で怒ってばかりの彼しか知らないのだから。


(明るくて、わんこで、敬語キャラ……??)


 だが、これで騎士たちがこの豹変ぶりに驚かないのは納得だ。フレヤだけがついていけないだけで。


「昨日、ノアの感情を引き出してくれただろう? それで吹っ切れたかな?」

「えっ、昨日のあれで? ……って、見てたの?」

「あはは、これからもノアをよろしく。フレヤは私たちができなかったことまでやってくれたね」


 睨むフレヤをエミリアが一蹴して笑う。

 なんだかなあ、とフレヤが溜息をつけば、ノアと目が合った。


 ご飯を食べながらも、にこにことフレヤに笑顔を向けるノアの眼差しが眩しい。


 おかしい。狂犬が子犬に変わってしまった。


(ま、いっか。笑ってるほうがいいし)


 昨日のノアは壊れてしまうんじゃないかと心配になるほどだった。


 怒るでも、泣くでもなく、目の前の人が笑っているのなら嬉しい。


 フレヤの頭は疑問でいっぱいだが、ノアにとっては変わるほど大きな出来事だったのだろう。


 深く考えるのをやめたところで、エミリアの手が肩に置かれた。


「フレヤ、あたしからもお礼を言わせてくれ。昨日は団長の大切な相棒を助けてくれてありがとう。シルフィアの容体、落ち着いているって医師が言ってたよ。あんたの薬がよく効いてるって」

「本当!? 良かった!」


 医師には聖力をこめた薬を預けてあった。信頼して使ってくれるのは嬉しい。


「あんた、本当にお人好し。それで、さ……」


 エミリアが苦笑したあと、言いにくそうにフレヤを見た。


「フレヤさんなら大丈夫だよ、エミリア!」


 朝食を終えたノアが会話に割って入り、立ち上がった。


「何の話??」


 ノアとエミリアの顔を交互に見、首を捻る。


「行きましょう、フレヤさん!」


 横へ来たノアに手を取られ、強引に立ち上がらされる。


「ちょ!?」


 フレヤは話についていけないまま、手を引かれて食堂を後にした。


「まったく……」


 呆れた顔で笑うと、エミリアも二人の後を追いかけた。

 

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