第15話 近すぎる距離

 竜! 竜! 竜!!


 竜騎士団から信頼を得たフレヤの生活は輝き度が増した。


 早朝訓練で竜を堪能し、午前は結界のためのハーブを調合するため小屋にこもるが、午後からは思いっきり竜を間近に働ける。


 掃除は交代制で、フレヤも引き続き担当するが、今日は竜と一緒にお散歩だ。


「きれーい……」


 空高く見上げれば、竜たちが思い思いに羽を広げて飛んでいる。

 陽に照らされ、銀色の鱗はキラキラと宝石のようだ。


 早朝訓練で騎士を乗せ、戦闘態勢で飛んでいたときとは違い、のびのびとして楽しそうだ。


「竜のストレスを軽減してやるのも、僕たちの仕事なんです」


 水が入った樽を地面へ置くと、ノアはフレヤの隣に立って説明をしてくれた。


「へえ~」


 ノアの補佐に任命されたため、竜の世話は常に彼が一緒だった。


 信頼を得られたとはいえ、王弟が常に側にいるのは監視も兼ね備えているからなのだろう。


 少しばかり近いと思う距離を、すすすと横に移動して空ける。


「メモしないんですか?」


 離れた距離よりも近くノアに詰められ、フレヤは飛び上がりそうになった。


「メ、メモしていいの? ……いいんですか?」


 始まりが喧嘩腰だったためとはいえ、今さらながら言葉遣いを改めてみる。


「はい! フレヤさんは竜のこと知りたいんですよね!」


 満面の笑みで即答され、いまだ調子が狂う。


(まあ……咎められないなら、書き留めない選択肢はないわ)


 肩に下げた鞄からノートを取り出し、メモを取る。


「ちなみに戦いじゃないとき、竜は番と並んで飛ぶんですよ」

「えっ!!」


 ノアの有益な情報に、ノートへ前のめりになる。

 フレヤは目をらんらんとさせてメモをしていく。


 そんなフレヤの様子にノアは目を細めると、空を指差した。


「ほら、エアロンとシルフィアが飛んでる」


 フレヤがノアの指先を見上げると、二頭の竜がくるくると仲良くダンスをするように飛んでいる。


 他にも番のいる竜は一緒に飛び、相手がいない竜は自由気ままに一頭だけで飛んでいる。


「素敵……」


 本で読んだ逸話がさらにロマンチックに感じられて、フレヤは夢中で竜をスケッチした。


「それ、エアロンとシルフィアですか?」


 ノートをノアに覗きこまれ、フレヤはハッと我に返った。


「へ、下手ですみません」


 慌ててノートを隠そうとすれば、ノアに手を掴まれる。


「竜の特徴が掴めていて、愛らしい絵ですよ」

「あいら……!?」


 歯の浮く台詞に、フレヤがピキンと固まる。


(下手だって罵ったのはあんたでしょーが!!)


 自分で下手なのはわかっている。フレヤから見れば竜の姿を収めたこの絵はもちろん愛着がある。

 だけどノアから「愛らしい」なんて単語が出るとは思えないほどだ。


(あ、こんな絵でもやっぱり竜だから、バイアスがかかるのかしら?)


 ノアはフレヤに負けないくらいの竜バカだと睨んでいる。

 しかもエアロンはノアの相棒だ。


 うーんと考えていると、自身に影が落ちた。バサバサと羽音が近づいてきたと思ったら、目の前にエアロンとシルフィアが降り立った。


(きゃあああああ!)


 間近で竜を見るのは、シルフィアに初めて会った以来でフレヤは興奮した。


(わ、エアロンは初めましてよね!?)


 鉄紺色の瞳をフレヤに向け、エアロンは首を垂れた。

 竜式の挨拶だ。


「初めまして、エアロン! 私はフレヤ・アングラードと申します」


 慌てて淑女の礼で挨拶をすれば、エアロンは「きゅうぅぅ」となぜか寂しそうに鳴いた。


(あれ? 何か間違えたかな?)


「はは、エアロン! お腹が空いたのか? フレヤさんが作ってくれたご飯、美味しかったもんな!」


 首を傾げているとノアがエアロンを撫でて笑った。


「あ、本当? 嬉しい――」


 エアロンを見上げたつもりが、ノアのアイスシルバーの瞳が間近にあり、フレヤの胸が跳ねる。


「はい! あ、フレヤさん! あの食事の作り方、僕にも教えてくれませんか?」


(いちいち距離が近いんですけど!?)


 ノアはそんなことなど気にせず、期待の眼差しでフレヤを覗き込んでいた。


「あ……薬みたいに、あれも聖女じゃないと作れませんか?」


 捨てられた子犬のようにノアがしょぼんとするので、フレヤは慌てて説明する。


「だ、大丈夫ですよ! あの食事は竜が好むようにハーブと穀物のブレンドを変えるだけですから!」

「本当ですか?」


 ぱっと顔を輝かせ、ノアがフレヤの手を握る。


(ひゃあ!)


 これは子犬、子犬だ、と自分に言い聞かせる。……ずいぶん大きな子犬だが。


 いまだに慣れないノアの変わりように、フレヤは赤い顔を引く付かせて笑った。


 エアロンが翼を広げて嬉しそうに声をあげると、シルフィアも重ねるように鳴く。


「番を救ってくれたこと、エアロンもわかっているみたいですね」

「そうですか」


 ノアが二頭を見上げて微笑む。フレヤはそんな柔らかい表情を直視できなくて、同じようにエアロンとシルフィアを見上げた。


「あの……殿下」


 先ほど握られた手がそのままで、離そうとするもぎゅっと力強く握りしめられる。


「名前で呼んでください。竜騎士団は仲間意識が強くて、身分関係なく名前で呼び合います」


 振り返った眼差しが優しくて、つい逸らしてしまう。


 そういえばキリもノアを名前で呼んでいたなと思い、口にしてみる。


「ノア……様?」


 なんだか今さらすぎて恥ずかしい。


 ずっとあんたとか呼んでいたのだ。そう思えばノアがフレヤを急に名前で呼びだしたことさえ恥ずかしくなってくる。



「様はいりませんよ」

「……さすがにそれは」


 王弟を呼び捨てにする人質がどこにいるのだろうか。


「僕はフレヤさんを仲間だと思っています。だから……ダメ、ですか?」


(ぐっ……!)


 うるうると子犬の瞳で見つめられては拒否できない。


「わかりました……ノア。――――っ!!」


 目の前で嬉しそうにはにかむノアの後ろにしっぽが見える。


 子犬に仲間と認められると、こんなにもむずがゆい対応を受けるのか。


「では私のこともフレヤと――」


 顔に熱が集まるのを感じながらも、きりっと引き締めた顔を上げると、ノアが繋いでいた手を両手で包み、顔を寄せた。


「敬語もなしですよ、フレヤさん」

「~~~~っ!!!!」


 人にはそう望むくせに、自身の態度を改める気はないらしい。


「僕はフレヤさんに尊敬の念を示していきたいので」


 そう言ってフレヤの耳に唇を寄せると、「今まで酷い態度をとってすみませんでした」と告げた。


(ふ、ふいうち!!!!)


 耳を抑え、顔を真っ赤にする。


 態度の急変でこれ以上驚くことはないと思っていたのに。急な上に距離感がおかしすぎる謝罪でパニックになる。


「わ、私もごめんなさい!!」


 しどろもどろになりながらも謝罪を口にすれば、ノアはふわりと笑った。


「フレヤさんはやっぱり優しいですね」

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