第9話 竜騎士団での生活

(う~ん、幸せ!!)


 結局、フレヤは自身の仕事をしながら飼育係の仕事も手伝えることになった。

 竜には接触禁止だが、キリの下に付いて主に雑用をしている。


 ノアから許可が出たのにはフレヤも驚いたが、竜を殺そうとしたなどと、さすがに言い過ぎたと思ったのだろう。フレヤはそう思うことにした。大好きな竜の側にいられれば何だっていいのである。


 竜を近くで見ることは叶わないが、早朝訓練で見られるし、間接的に竜のお世話ができる。


 フレヤに与えられた仕事は、主に竜の寝床を掃除することで、竜が訓練で外に出ている間にそれらをこなした。


 騎士団の面々はどうせすぐに音を上げるだろうと言っていたが、嬉しそうに過ごすフレヤに揃って首を傾げた。


(結局、あの助けてくれた竜はいないのかしら?)


 早朝訓練で探してみるも、それらしい竜がいない。あの男の子の記憶は朧気で、成長した彼に気づける自信もない。


(まあ、こうしていればそのうち会えるかもしれないし!)


 毎日早朝訓練を見学して、朝食の後は結界のためのハーブを調合する。昼から竜房の掃除を完璧にこなし、ピカピカの寝床とふわふわの干草を用意する。おまけに竜が好むハーブを焚いたりなんかもした。


 ノアが怒鳴り込んでこないということは、竜が気に入っているのだろう。


 そして寝る前には竜のことをノートに記録する。充実した日々だ。


(私の人質生活、天国では!?)


 そんなウキウキの生活をフレヤが過ごして一週間。事件は起こった。


 騎士団に、魔物が出たと連絡が入ったのだ。


 ちなみに連絡手段はイシュダルディア産の通信魔道具で、広大なアウドーラでは重宝されているらしい。


 イシュダルディアの技術は正しく使われてこそ、国のためになるというものだ。

 思い出したくもないルークやチェルシーたちの顔を浮かべ、フレヤは苦笑した。


 そういうわけで今日は騎士団が出払っている。結界ハーブを調合した後、いつも通り掃除をしに竜舎へと向かった。


 竜舎ではノアとキリがすでに掃除に取り掛かっていた。


 フレヤは心の中で「げ」と思う。今一番顔を見たくないし、会わないよう避けてきた。というより、ノアの方が率先して避けているようだった。


 飼育係は少なく、魔物討伐について行く者と留守を守る者で分かれる。

 当然ノアはついて行くものだと思っていた。もしかしたらそのときに騎士服を着るのかと思っていた。


(何でいるのよ……)


 ノアから離れた竜房に入り掃除を始める。


「ふう……」


 一つ目の竜房を整え、顔を上げるとノアと目が合う。


 思わず目を逸らせば、ちらちらと視線を感じる。


 何か言いたげにこちらを見ている。


(どうしたんだろう?)


 様子がおかしい。あ、また粗でも探しているのだろうか。

 また突っかかられては、たまったものではない。フレヤは隣の竜房に移り、急いで掃除を始める。


(あれ)


 ふと、奥の竜房に目がいった。ノアを避けていたため、気づかなかった。


 竜が一頭だけ残っている。位置的にフレヤのお手製ご飯を食べた竜、エアロンだ。


 緊急事態に備えて残っているのだろうか。


「あの子は魔物討伐に行かないんですか?」

「こいつは運搬専用なんだ」


 キリに聞いたつもりが、なぜかノアが答えてくれた。


 歩み寄ろうとしてくれているのだろうか。


「へえ~」


 興味津々でエアロンへ近付こうとすれば、その希望はすぐに打ち砕かれた。


「こいつに近寄るな!」

「……はいはい」


 ノアはやはりフレヤを警戒している。


 エアロンを見るのは諦めて、掃除に戻る。しかし、収穫もあった。


 戦うだけじゃなく運搬を専門にする竜がいるなんて初耳だ。


(竜がいれば救援物資を大量に必要な場所へ届けられるものね)


 ノアにまたノートを咎められないよう、心にメモをする。

 寝る前にノートをまとめるのが至福の時間だ。


「どうしたエアロン」


 キューと寂しそうに鳴くエアロンにノアが寄りそう。


(あんな顔もするのね)


 エアロンを慈しむノアの表情は優しさで満ちている。


 怒った顔しか見ていないフレヤは、自分がどれだけ嫌われているのか再認識した。


 敵国の人間だから仕方ない。それよりもやることはある。


 掃除を終え、フレヤは小屋から持って来た薬草をすり鉢に放り込むとその場でゴリゴリとすりだした。


「何をしている?」


 ノアからそう言われるのは予想済みだ。


「万が一竜が怪我をして帰って来たときのために」


 このときのために、あの男の子との約束を果たすために勉強してきたのだ。

 それに、アウドーラの薬草やハーブは少しの魔力を含む良質なものばかりだ。結界用に調合したハーブも聖力がこめやすくて驚いた。

 

 魔石が多く眠る国だからこそ、自生する草花にも魔力が宿るのかもしれない。

 そんな見立てを組み立てていると、ノアが怒りだした。


「余計なことをするな! 竜騎士団には竜医師が同行している! お前の世話になんかなるものか!」

「余計……ですか。私は国王陛下から力を示せと言われているわ」


 スパイとか、竜を殺すのかといった言葉はない。余計なことをするな、だ。そしてすり鉢を取り上げることもしない。

 少しだけ前進しているのかもしれない。


 まあ、おかしなことはしていませんよというパフォーマンスのために、わざと目の前でやっているのだが。


「それは結界のことだろう? お前はそれだけやっていればいいんじゃないのか!?」


 なのに何で、と続きそうな表情でノアがフレヤを見た。

 冷たいはずのアイスシルバーの瞳が泣き出してしまいそうに見えた。その瞳にきちんと気持ちを伝えようと思った。


「実は私、生まれてから過去に戻りたいなんて思ったことないの」

「……自慢か?」


 フレヤの唐突な話にノアが目を瞬く。


「ううん。後悔しないよう、全力を尽くしてきたから。それでも後悔がないなんてことはないけど、戻りたいなんて思わない。私は過去じゃなくて、未来のためにまた全力を尽くしたいから」


 フレヤの強い瞳が揺れるアイスシルバーの瞳に問いかける。


「あなたはどうですか?」

「僕……は……」


 ノアが言葉に詰まったとき、訓練場を整備しに行っていたキリが慌てて駆け込んできた。


「ノア様!」


 それはシルフィアが怪我をして戻ったという知らせだった。


 ノアは外へ飛び出し、キリが用意した自転車の後輪にある足置きへと急いで足を乗せる。キリが前輪の椅子へと乗り込むと、すぐに自転車を走らせた。

 竜騎士団には広い敷地内の移動手段として、自転車が置かれている。


 フレヤは薬草をリュックに詰め込むと、竜舎前に置いてあった自転車に乗り、二人を追いかけた。

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