第8話 竜騎士団③
(快適な寝床! 美味しいご飯! 人間らしい生活!)
食堂を出たフレヤは浮かれていた。
けっきょくあの後、早朝訓練を見学することを許可され、竜を堪能した。できれば次は触ってみたいが、触れるなんてもってのほかだろう。
「朝食、そんなに美味しかったか?」
隣を歩くエミリアに、フレヤは前のめりで力説する。
「朝ごはんをいただけるだけで、本当にありがたいです!」
人質なのだから、食事はあの果物だけだと思っていた。だがエミリアから食堂へ案内されて驚愕したのだ。
(イシュダルディアではご飯さえ与えてもらえなかったのに、アウドーラは慈愛に満ちているのね!)
感動していたフレヤだが、ノアの発言もあり、食堂でも騎士たちからは遠巻きに見られていた。
「あいつ、スパイだろ?」
「そのうちあの演技も崩れるだろ」
聞こえるようにわざとらしく話す陰口も気にしない。
「あんた、変わってるよね」
「よく言われます」
「……いい意味でな?」
「へ?」
イシュタルディアで散々変人扱いを受けてきたので、そうは受け取らなかった。きょとんとエミリアを見返す。
「いや……あたしも女のくせにって言われながら竜騎士を目指してきたからさ……」
ぶれずに我が道を行くエミリアが自分と重なって、親近感がわく。
うん、好き。
「……何笑ってるんだよ」
顔を崩したフレヤをエミリアが見る。照れを隠すように口を尖らせている。
思えば、仲間はいたが友達はいなかった。
エミリアとは友達になれそう。
そんな予感を胸に、フレヤは久しぶりにパン屋夫妻以外の前で笑った。
☆☆☆
「ここがあんたの作業場だよ」
エミリアに連れて来られた場所は、小屋のような場所で、所狭しとハーブが置かれている。
(わあ、あの地下室を思い出すわね)
雑多なあの私室が懐かしい。でもあそこと違って、ここは日の光が入るのだ。
「……あんた聖女なんだろ? 本当に手を汚すようなことするのかい?」
「はい?」
エミリアとは距離が縮まった気がしていたが、疑いはまだあるらしい。
聖女は煌びやかな装いで贅沢に暮らしている。他国への見栄なのか、わざともらしたと思える一部の情報は、どれもチェルシーのことだ。
真の聖女の情報が出回らない以上、誤解されるのは仕方ない。ノアのように話すら聞かないのは論外だが。
(すごい……良質なものばかりね)
小屋のハーブを確認して回ると、エミリアが声をかけてきた。
「それじゃ、あたしはこれから訓練だから。ここは飼育長の管轄だから、指示に従ってね」
「飼育長って誰なんですか?」
フレヤの問いにエミリアはにかっと笑って答えた。
「ノアだよ」
「げっ……」
あれこれ言われる予感しかしない。
嫌そうな顔をするフレヤに、エミリアは頑張れと無責任な発言を残して去って行った。
――早朝訓練の後、朝食をとった騎士は竜から離れ、身体を鍛える訓練や、竜無しでの剣の稽古がある。竜はお風呂にブラッシング、伸びた爪を整える等、世話は多岐にわたる。
それから竜を運動させたりと、それは飼育係が担うらしい。
(騎士は四六時中一緒ってわけじゃないのね。しかもお世話まで他の人がやるなんて、役割分担ができていて効率的ね)
フレヤはさっそくノートにメモをする。
「魔物が嫌う香りは結界の元になるけど、竜には効かないのよね。絶滅危惧種なのにこの国には竜が生まれる。そのあたりの謎が平和の鍵を握っていると思うんだけどな」
自分の考えも一緒にまとめたところで、小屋に青いシャツと白のパンツを着た男が入ってきた。オレンジ色のクルクルしたくせっ毛で、フレヤと同じくらいの身長だ。
(あ、これ飼育係の制服ね。ノアも着ていたし)
朝に見たノアを思い出していると、男は両手を広げて抱えるくらいの大きな籠を取り出し、置いてあった穀物をそこへ移しだした。
「ねえ、それ何?」
「あ? 新人?」
男はフレヤの恰好を一瞥すると、籠に視線を戻した。
「竜の朝飯だよ。手伝え、新人」
「え! 竜の!?」
俄然手伝う気になる。
フレヤは何種類か混ぜられている穀物が入った袋を手に取り、一緒に籠へと移していく。
「ねえ、これ、竜は喜んでるの?」
ふと疑問に思った。
竜の勉強をしてきたため、好きなハーブや穀物も知っている。
「ああ? 竜にはこれが良いって昔から決まってんだよ」
確かに、竜にとって身体にいいものばかりだ。しかし、竜にだって味覚はあるし、好ましい味はあるのだ。ここが魔物研究をしてきた自分と、竜を神として崇めてきたアウドーラの違いだろう。
「これを入れたら竜は喜ぶと思うわ」
フレヤはたくさんあるハーブの中から、甘みのあるハーブを手に取った。
「はあ?」
「私は竜の身体を勉強してきたから」
自分のことを新人だと思いこんでいる男に、一応進めてみる。すると男は目を見開き、フレヤを見た。
「あんた、竜医師の新人だったのか……。すまない、あんたがそう言うなら」
(あら?)
フレヤのことを竜医師だと勘違いした男は、あっさりと提案を受け入れた。どうやら竜医師の信頼度は高いらしい。
竜医師になれるほどの勉強をしてきたのだから、嘘は……ついていない。それより、竜が喜んでくれるのが一番だ。
「おい、配合はどうするんだ?」
「ああ、はい」
フレヤはハーブの配合を完璧に計測して、食事に混ぜ込んだ。
そうして竜舎へと男と一緒に運ぶ。
「遅れてすみません」
「ああキリ、どうしたんだ? めずらしい」
竜舎にはノアが待っていた。先ほどと同じ格好だ。
(本当にこいつが飼育長なんだ。じゃあなんで昨日は騎士服を?)
キリの後ろで籠を持つフレヤは疑問に思う。ノアがフレヤに気づくと、ものすごい剣幕で怒りだした。
「お前!! 何でここにいる!!」
「何でって、手伝いに……」
いつもと違う剣幕に、フレヤも顔をこわばらせた。
「ノア様? こいつ、新人の竜医師じゃないんですか?」
「竜……医師?」
キリの言葉を受け、ノアが怖い顔でフレヤを睨む。
「何よ? 嘘は言ってないわよ――」
「何をした!」
フレヤの言葉など聞かず、ノアが迫る。
「私はただ、竜が喜ぶと思って……」
自身が持つ籠に視線を落とし、ノアに視線を戻すと、アイスシルバーの瞳が突き刺さるように冷たい。
「な、なにするの!?」
フレヤが持つ籠を奪い取ると、ノアはそれを投げ捨てた。
籠は中身を転々と落としながら奥へと転がっていく。
「何するのよ!?」
「竜を殺す気か! それが目的なんだな!?」
怒っているのはフレヤなのに、それ以上の剣幕でノアが叫ぶ。
「そうじゃないって何度言えば……」
フレヤの声がうわずり、手が震える。不当な扱いには慣れているはずなのに、向けられる怒りの感情に恐ろしくなった。
「エアロン?」
ピリピリとした空気をキリが破る。彼はある竜に視線をやっていた。
奥の竜房にいる竜は、姿がはっきり見えないが、地面に鼻をつけスンスン匂いをかいでいる。
「エアロン!」
ノアが気づいたときには遅かった。エアロンの足元には、先ほど投げ捨てた籠が転がっており、フレヤが調合したご飯も落ちていた。
エアロンはぱくりとそれを口に含むと、嬉しそうに鼻を鳴らし、次々に落ちているご飯を口にした。
「エアロン……? 大丈夫か?」
ご満悦そうに食事をするエアロンに、恐る恐るノアが近寄る。
エアロンは「ぴゅい!」と喜びを鳴き声で示した。
「毒など入っていないのが証明されましたね」
震えそうな声を必死に押さえてノアにそう言うと、フレヤはその場を立ち去った。
「……っ!」
ノアは何か言いかけたが、結局は口をつぐみ、フレヤに背を向けた。
(なんなの? なんなの、あいつ!)
震える両手をぎゅっと身体の前で組み、フレヤは大きく息を吐いた。
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