第7話 竜騎士団②
「ここがあんたの部屋だから」
フレヤがエミリアに案内された部屋は、机とベッドだけがあるシンプルな部屋だった。
「個室をもらえるの!?」
「? ああ。誰も見てないからっておかしなことはするなよ。あんたは今、竜騎士団にいるんだからね」
「わかったわ!」
笑顔で答えるフレヤに、エミリアは訝しげな顔を向けた。
(だって私は人質なのよ? それなのに、日の当たる個室を用意してくれるなんて!)
ずっと地下の部屋で過ごしてきたので舞い上がってしまう。
朝日とともに起き、夜は星を見られる。それがどんなに当たり前で幸せなことかとしみじみする。
「じゃあ、夕食のときに迎えに来るから。ゆっくり休むんだね」
「ありがとう。優しいのね」
「はあ!? じゃ、じゃあね!」
エミリアは顔を真っ赤にすると、部屋のドアを閉めた。彼女の足音が遠ざかっていくのを聞きながら、フレヤはベッドに身体を投げ出した。
(口は悪いけど、イシュダルディアから到着したばかりの私を気遣って休め、なんて優しいわよね)
祖国ではそんな言葉、かけられたことなんてない。
「やっぱり竜に認められた人たちだから良い人たちなのかな」
フレヤの頭にノアの顔が浮かび、首を振る。
「前言撤回! 嫌なやつもいるわ!」
目を閉じて、竜の姿を思い返す。
(やっと……やっと竜騎士団に来られた)
十年前の記憶は不確かすぎるが、竜の瞳だけは覚えている。フレヤは約束を交わした男の子との再会に期待で胸を震わせた。
(あの子なら、きっと私の話を聞いてくれるわ!)
さすがに荷台での長距離は疲れた。フレヤはそのままうとうと目を閉じ、眠りに落ちた。
☆☆☆
翌朝、窓からこぼれる日の光で目覚めた。
「すごい……! ぐっすり眠れたわ!」
地下室の固い床では、身体が痛くて夜中目が覚めるなんてことが多々あった。小さいながらもふかふかなベッドは、フレヤの疲れを癒してくれた。
窓際にある机へ目をやれば、果実がのった皿が置かれていた。
夕食時に迎えに来ると言っていたエミリアが、寝ていたフレヤを気遣って起こさずに置いていったのだろう。
(やっぱり優しいわ)
辺境領で育ったフレヤは、真の騎士というものは無骨ながらも優しいことを知っている。
少なくともフレヤを人間扱いしてくれる竜騎士団は、イシュタルディアの神殿とは違う。
「あ、これが制服かしら?」
果実の横には折りたたまれた服が置いてある。騎士服とは違うが、揃いの青いシャツに白のスカートで、腰に付ける黒のベルトが添えられている。
フレヤはボロボロのローブを脱ぎ捨て、それに着替えた。
「新しい服なんて二年ぶり!」
置いてあったフルーツにかぶりつくと、急いで部屋を出た。
(今日から、聖女として仕事をするのよね。どこに行けばいいのかしら?)
寮らしい建物を出て外を見回すも、どこへ行っていいのかわからない。
ぶらぶら適当に歩いていると、騒がしい声が聞こえてきた。
開かれただだっ広い場所には、竜と騎士たちが集まって訓練をしている。
(えっ! ちょっと!? 竜があんなに!?)
石造りの柱から顔だけ出し、気持ちは前のめりになる。
竜に騎士が乗り、剣で打ち合いをしている。数えたところ、竜は十二頭いる。
元々魔物として生息していた竜は、その賢さから人間と共存しだした。竜はアウドーラにしか生息しなくなり、絶滅危惧種魔物とも言われている。
(そ、それがあんなに……!!)
まさかこんなにも早くたくさんの竜が見られるなんて。昨日のシルフィアはノアと言い合いをしたせいでよく見られなかった。
(まだ他にもいるのかしら? でもあんなにいても広大なアウドーラを支えるには確かに竜にとっても負担よね)
聖女としての仕事を国に期待されているが、竜のためにも力を振るいたい。
(うーん、こんな遠くからじゃよく見えないわ。あの男の子の竜はいるかしら?)
助けてくれた竜は一目見ればわかるはず。フレヤはそう思い、訓練場に吸い寄せられるように足を進めた。
目の前ではキラキラと美しい竜が飛び交っている。
「綺麗……」
「誰だ!」
うっとりと声を漏らしたところで、地上にいたユリウスが訓練を即座に中断させ、フレヤに視線を向けた。ユリウスの合図で手を止めた騎士たちからも一斉にフレヤへ視線が注がれる。
「あ……おはようございます」
「お前! 何でこんな朝早く起きてるんだ!?」
「へ??」
ユリウスの隣にいたノアが怖い顔をしながらフレヤの元に寄ってきた。その顔は困惑しているようにもみえる。
(いつもより寝坊してしまったのだけど)
イシュタルディアでのフレヤの朝は早かった。日が昇る前からハーブを摘み取りに行き、昼から調合をする。
昔はハーブを商人が運んできてくれたのだが、予算が減らされてからは自分たちで採りに行くようになった。手分けしていた人たちもいなくなり、フレヤが一人でやるしかない。だから身体が早く起きることに慣れてしまっていた。
「我々は早朝訓練中なんですよ。あなたのことはエミリアが起こしに行く予定だったのですが」
苦笑いするユリウスに首を傾げる。
日が昇っているので、フレヤにしたら寝坊だ。
(あ! シルフィア! そっか、シルフィアはユリウス様の竜なのね)
ユリウスの隣にいるシルフィアを見つけて、思考が竜に侵される。
なんて幸せなんだろう。
にまにまするフレヤに気づき、ノアがハッとして叫んだ。
「お前! 訓練の様子を探りに来たな!? 残念だが、お前に見られて困ることはないぞ!」
「えっ! じゃあ訓練を見ても!?」
ふん、と放ったノアの言葉に、目を輝かせて食いつく。は? となったノアに身体をずいっと寄せる。
「竜に乗って戦っていますが、竜自体が戦うことはあるのですか!? 魔物と人間相手では戦い方が違うのですか!? 竜は飛ぶこと以外に何か能力が――」
「待て待て待て待て」
ノートを手にものすごい勢いで質問をするフレヤに、ノアが困惑する。
「圧がすごいよ、フレヤ」
前のめりだった身体をエミリアに首根っこを掴まれ、ノアから剥がされる。
「エミリア、おはよう! そうだ、果物をありがとう!」
「あ、ああ……」
敵国の人間からの素直な礼にエミリアは目を瞬いた。
騎士たちが遠巻きにひそひそと「あれは演技だろう」なんて言っている。
目の前でぽかんとしていたノアがハッとして震える。
「お前……! やっぱり、スパイなんだな!!」
「だから違うって言ってるでしょ!! あんた、それしか言えないわけ!?」
せっかく竜がいるのに、お決まりの喧嘩が始まってしまった。
止めに入ろうと溜息をついたエミリアがユリウスを見る。
エミリアは嬉しそうに笑うユリウスを見て、止めるのをやめたようだった。
何がそんなに嬉しいのか。
(まさか、私に問題を起こさせようと?)
ユリウスが紳士なのはうわべだけだと昨日知った。
絶対絶対、腹黒に違いない!
「そのノートよこせ!」
ユリウスを睨んでいると、ノアの手が伸びてきて、ひらりと身体をかわした。
「これは私の命と同じくらい大切なノートなのよ。あんたなんかに渡すもんですか」
「何だと!?」
怒るノアの動きを見て違和感を感じた。
(騎士のくせに、簡単にかわされた?)
右足を庇うかのような動き。気づかなかった。
(怪我でもしてるの?)
そういえばノアが着ているのは騎士服ではなく、フレヤと揃いの青いシャツに白いパンツだ。
「お前ら、訓練中だぞ。いい加減にしろ」
やっと止めに入ったエミリアの言葉で、ノアはふんとフレヤに背を向けた。
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