第6話 竜騎士団①

「竜騎士団には竜や騎士のためにハーブや薬草が取り揃えられているんですよ」

「そうでしたか」


 王宮を出て竜騎士団へ案内してくれているのは、王弟のユリウスだ。ノアの兄で、そのノアはというとフレヤを睨みながら後ろを歩いている。


(別に逃げたりしないわよ)


 一応、人質として来たのだ。フレヤが問題を起こしたら、それこそ国際問題になると思い至らないのだろうか。


(イシュダルディアがここまで嫌われているなんて)


 戦争をしかけた国だ。仕方ない。

 それでも兄の方、ユリウスは紳士的な態度で物腰も柔らかい。フレヤに竜騎士団について説明してくれている。この整った顔で優しくされたら勘違いする女性も多いのではないだろうか。


「竜騎士団には騎士の他に、飼育係と竜医師がいます」

「竜医師……! 私、竜の身体についても勉強して……」


 あの男の子との約束のため、フレヤは竜については特に勉強をしてきた。

 もしかしたらあの男の子と再会できるんじないか。フレヤは期待で目を輝かせた。


「……イシュダルディアは竜に害をなそうとそんなことまでしていたのか?」

「は?」


 ノアが突っかかってきて、険しい顔になる。


「今の話の流れで何でそうなるのよ? あんたはもっと会話の行間を学んだら?」

「なっ!? 兄上! こいつ本性を現しましたよ!」


 フレヤを指差し、ユリウスを真っ赤な顔で見る。そんなノアに、フレヤはツンと顔を逸らした。


「先に失礼な態度を取ったのはそっちでしょう? 私は相応の態度を返しているだけです」

「~っ! 可愛くない女!」

「知ってる」

「っ、っ!」


 言い返されたノアは、怒りの形相で震えている。


(もう、なんなのこの人)


 ユリウスはニコニコと笑って傍観している。さっきみたいな掴み合いにならないと止めてくれないらしい。


(そもそも人質なんだから、牢屋に入れて調合させればいいじゃない。この国の要でもある竜騎士団に連れて行くなんてどういうことかしら?)


「エミリア」


 王宮内の敷地をずいぶん歩いたところで、竜騎士団の騎士服を着た女性にユリウスが声をかけた。


「私の腹心で副団長のエミリアです」

「女の人!?」


 エミリアと呼ばれた女性は、赤みがかった長い髪を一つに結わえている。すらっとした長身はノアとそんなに変わらない。騎士服がよく似合っている。


(女の人が竜騎士なんてかっこいいわ!)


「シルフィアを待機させておきましたよ」


(シルフィア? まだ女性がいるのかしら?)


 ユリウスにそう告げると、エミリアはその凛とした赤い瞳をフレヤに向けた。


「こっから先は竜騎士団の住居兼訓練場だ」


 そこは竜がいるだけあって、高い城壁に囲まれ、大きな建物も多い。


「シルフィアっていうのは、竜の名前だ」

「えっ?」


 にやりと笑ったエミリアが、フレヤの手を引く。門を通り、大きな広場に出ると、迫力ある鳴き声がフレヤを出迎えた。


(えっ! えっ? 嘘でしょう!?)


 美しい銀色の鱗に、金色の瞳。フレヤよりもはるかに大きな身体がこちらを見下ろしている。その美しさに釘付けになった。


(まさか、竜に会わせてもらえるなんて!)


 祈るように手を組み、まじまじと竜を見る。


「ユリウス様、この子恐怖で声も出せないみたいです」


 どうやら竜でフレヤを脅そうとしていたらしい。感動のあまりエミリアの声は入ってこないが。


「あなたがたが魔物だとおっしゃる竜です。いかがですか?」


 優しい顔を見せておいて、実はユリウスもフレヤの魔物発言を根に持っていたらしい。笑顔で嫌味を言ってきた。

 この国の竜信仰は本物だ。


 だがそんな場合ではない。今、目の前に夢見た竜がいるのだ。


「綺麗……」

「「「は?」」」


 思わずフレヤが溢した言葉に、三人はポカンとした。


(目の色が違うから、あのとき助けてくれた竜ではないわね)


 フレヤは一歩前に出ると、淑女の礼をとった。


「初めましてシルフィア。私はフレヤ・アングラードです」


 シルフィアは「ぴゅい!」と鳴くと、フレヤの頬に鼻を付けた。


「ふふ、くすぐったい」


 竜は賢い生き物なので、誠意を見せれば伝わる。シルフィアはフレヤを気に入ったようだ。


 久しぶりの竜の温かさに、感動もひとしお。テンションはマックスだ。


「どういうことですか? あの女、全然怖がってないですけど」

「シルフィアが騎士団の人間以外に触らせるなんて……」


 ノアとエミリアが離れた場所で呆然としている。


「竜って個体によって瞳の色が違うのね!」


 鼻息荒くノートを取り出し、メモをする。


「お前! 何してるんだ!」


 気づいたノアがつかつか歩いてくると、ノートを取り上げる。


「げ」

「げ、じゃない! お前やっぱりスパイだろう!? 竜の秘密をさぐろうと――何だこれは」


 ノアがフレヤのノートに目を落とし、眉をしかめた。


「何ってシルフィアよ」

「はあ? お前、壊滅的に絵が下手だな」

「なんですってえええ!!」


 残念な子を見るような目でノアがフレヤに同情する。


 そう、フレヤは絵が下手なのだ。急いで書くせいもあるが、まず絵心がない。


「自分がわかればいいのよ!!」

「やっぱり暗号かなんかなんだな」

「何でそうなるのよ!」


 言い合う二人の後ろでは、シルフィアが嬉しそうに翼を広げている。フレヤとノアが遊んでいるように見えるのだろう。


「ユリウス様……ノアがあんなに感情を出すところ久しぶりに見ました」

「私も驚いているよ」


 エミリアが信じられないといった顔でユリウスを見た。


 ユリウスはただ嬉しそうに二人に視線をやった。フレヤはユリウスが何でそんなに嬉しそうに笑っているのか、疑問に思った。

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