第5話 謁見
「ふむ……。どうやら本当に聖女のようだな」
フレヤはすぐに騎士たちにより玉座の間へと連れて行かれた。
三十五歳という若きアウドーラの王は、荷と一緒に添えられていた目録を手に頷いた。
(あのバカ王子、最初から魔道具と一緒に私を運ぶつもりだったのね)
目録の一行目には「聖女」と書いてあり、魔道具と同じく献上する
「イシュダルディアは荷に隠すほど、よっぽど聖女を寄越したくなかったのでしょうね」
(それは違います。私への嫌がらせです)
隣にいる大臣が国王陛下へ苦笑ながらに話すので、心の中で突っ込みを入れた。
「うむ……。イシュダルディアは先の戦いで困窮しているのだろう。聖女にまともな馬車を用意することもままならないとみた」
それは半分当たりかもしれない。
王太子であるルークは優雅で贅沢な暮らしをしているが、国の財政事情は厳しい。
(さすがアウドーラの王ね)
フレヤが冷静な見方に感心していると、アイスシルバーの瞳を向け、重低音の声で国王陛下が呼びかける。
「聖女よ、我が国は貴国などいつでも攻め滅ぼせた。貴国の結界など竜はすり抜けられるのだからな」
(知ってます!)
「……貴国に手出ししなかったのは、魔物討伐でそれどころではないからだ。はっきり言って貴国に構っている暇などない」
フレヤはうんうんと心の中で頷きながらも疑問を抱く。
(ならなおさら、イシュタルディアを攻めて黙らせれば良かったのでは?)
フレヤとしては祖国が戦場にならなくて良かったと思う。この賢明な王は、他に目的があったようだ。
「アウドーラには聖女がいない。いくら討伐しても増加する魔物に、今のままでは竜騎士団だけで対処できなくなると憂慮している」
(すごい! 竜騎士団の強さに驕らず、国民のことをきちんと考えているのね!)
イシュタルディアとは大違いの国政にフレヤが感動していると、国王が立ち上がり、手をかざした。
「今すぐその力を示してみせよ、聖女よ」
フレヤはビリビリと伝わる威厳に緊張して息を呑んだ。
「……まずは材料を集めなくてはなりません」
「魔石ならばこの国にあふれるほどある。すぐに用意させよう」
控えていた従者に魔石を手配させようとする国王に、フレヤは慌てて言った。
「魔石は関係ありません! 何種類かのハーブが必要で……」
「ハーブ? 聖女は魔石を操って結界を張るのだろう?」
聖女の詳細が国外に漏れ出ることはない。チェルシーが魔石を手に仰々しいパレードをしているからそんな噂が飛び交っているのだ。聖女が魔石の力で国を守っていると信じられていたからこそ、戦争を批判する国民もいなかったわけで。
「だからこそイシュダルディアは魔石を得ようと必死なのだろう?」
「ええと、魔石は装置を維持するために必要なのであって、結界には使えません」
どう説明したらいいのだろう。
まさか噂になっている聖女のやり方のほうが嘘だなんて、敵国である自分の言葉なんて信じてもらえないかもしれない。
「聖女は、昔から魔物研究に力を入れてきました。その過程で魔物が嫌う香りを発見したのです」
瞬間、場がざわつく。
(何……?)
すると、国王の横に控えていた一人が口を開いた。
「兄上、イシュダルディアは我が国を魔物を操る野蛮な国だと中傷しております。だから適当なことを言って、力を使うのを渋っているのでしょう」
国王を「兄上」と呼んだその人物は、国王と同じアイスシルバーの瞳を冷ややかにフレヤへ向けた。青い騎士服は、竜騎士の証だ。漆黒の髪が凛々しい顔を引き立てている。眉も鼻も口も、完璧に配置されているような整った顔だ。
そんな顔にすごまれれば迫力が増す。国王の威厳とはまた違った緊張感を覚えた。
「私は事実を申し上げただけです」
フレヤは真っ直ぐに竜騎士を見上げた。
イシュダルディアから来た人間の言葉を信じたくないのはわかる。
(だからって、聖女の力を求めておきながら否定するのは違うと思う)
でも相手は王弟だから、冷静に、冷静に。フレヤは自身に言い聞かせる。
「そもそも魔物と竜を一緒くたにしている連中の力なんて本物かどうかわかりませんよ」
――あ、ダメだ。
フレヤの中でプチっと何かが切れる音がした。
「貴国が中傷されていると言ったその口で、聖女を侮辱するのですか?」
フレヤの放った言葉で、シンと場が静まり返る。
でも黙ってはいられない。
「結界は歴代の聖女が魔物研究をしてきたからこそ完成したものです! それこそ竜も大きな枠でとらえれば魔物になるわけで――」
「黙れ!」
フレヤは言葉の途中でその竜騎士に掴みかかられていた。
「ノア!!」
隣にいた長身の、これまた王弟であろう竜騎士がすぐに止めに入り、フレヤから彼を剥がす。
「無礼だ! 竜は神の化身で国を守る存在なんだぞ! 何も知らないくせに――」
長身の竜騎士に押さえられてなお、彼はフレヤに掴みかかりそうな勢いでまくし立てた。
「無礼なのはそちらもでしょう? 聖女のことを何も知らないくせに、私が敵国の人間だからとまともに話も聞かない」
睨み合う二人に、場が騒然とする。一切動じない国王が言葉を発した。
「ふむ。そなたの言うことも一理ある。では竜騎士団で監視を受けながら、その聖女の力とやらを示してみよ」
「「は?」」
睨み合っていたフレヤとノアは、同時に声を重ねて国王を見た。
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