第4話 アウドーラへ
翌朝、フレヤはハーブを握りしめたまま目覚めた。
「いつの間にか寝ていたのね」
片脇に積み上げた完成ハーブを急いで袋に詰める。
リュックには着替え、トランクには大切なノートが詰め込まれている。フレヤはそれらとハーブを持って聖堂へと向かった。
聖堂には結界装置がある。噴水のような円形で作られており、真ん中にはハーブを置くための土台がある。
昔は聖女や神官、魔道具師と装置を守る騎士でこの聖堂も賑わっていた。
今は魔石の枯渇に加え、チェルシーが街で聖力を振りまくことで国は守られていると信じられているせいで結界は放置されている。
王家が神殿の予算を削減し、さらに最近神殿へ介入するようになり、ますます良くない状況だ。
「ハーブだけ置いてもこの結界、いつまで保てるのかしら」
魔石は消耗品だ。魔道具師がここに立ち寄らなくなってどれだけが経つのだろうかと考えていると。
「こんなところにいたのか。おい、迎えだ」
神官の一人がフレヤを探して聖堂までやって来た。
「ねえ、ハーブをここに置いておくから、定期的に補充してね」
その神官に声をかけると、鼻で笑われる。
「はっ、チェルシー様がいらっしゃれば、そんなもの必要ない。誰がそんな薄汚れた仕事なんてするか」
「ああ、あなたたちはチェルシーの機嫌をとるのが仕事だものね」
「なんだと!?」
鼻の穴を膨らませこちらを睨む神官を無視して、フレヤは聖堂を出る。
「国から捨てられた聖女が!!」
悔し紛れに放った神官の言葉には振り返らず、歩いて行く。
(私は捨てられたんじゃなくて、行きたくてアウドーラに行くのよ!)
フレヤの胸が躍る。
あの日、あの男の子とした約束を叶えることはできるかわからないが、アウドーラに行く約束は果たせるのだ。
聖女は国の重要人物で、他国に行くなんてもってのほかだった。
(ありがとう王子! まさかこんな形で叶うなんて!)
生まれた国、お世話なったアンナ夫妻、未練がないわけじゃない。しかし魔物研究もままならなくなってきたこのイシュダルディアには、ほとほと愛想が尽きていた。
(とりあえず竜騎士団にお近づきになって、竜を間近で見られたら最高ね!)
軽い足取りで神殿の外へ出ると、ルークとチェルシーが揃って待ち構えていた。
「あら、国で一番お忙しいはずの二人がわざわざ私のお見送りですか?」
「なんだと!?」
フレヤの嫌味に、ルークがすぐに怒りを露にする。そんな彼の腕に、チェルシーが両腕を回して絡みつく。
「ルーク様、フレヤは強がっているだけです」
「そ、そうか」
ルークはすぐに機嫌を直し、フレヤに向き直ると人差し指を突き出した。
「フレヤ! 時間を戻したいと思うほど後悔しても遅いぞ!! お前のその傲慢な態度が人質に選ばれた要因なんだと反省するがいい!」
ドヤぁと笑みを浮かべるルークに溜息を吐くと、フレヤはきっぱりと答えた。
「私は過去に戻りたいなんて思ったことはありません。その時々で精一杯やっていますから」
「か、可愛くない女!! これを見てもそう言えるか!」
ルークはたじろぐと、神殿前に停まっていた幌馬車を指差した。
荷台にはアウドーラへの貢物として、魔道具が所狭しと積まれている。その間に人一人座れそうなくらいの空間があった。
「お前は人質だからな!! 魔道具と同等の扱いで十分だろう!」
「イシュタルディアが誇る技術の結晶と同等なんて、お褒めいただきありがとうございます」
「んな!?」
フレヤはにっこりと微笑むと、荷台にリュックとトランクを置き、乗り込んだ。
「いいか! 帰って来たいと泣きついても手遅れだからな!」
「アウドーラは魔物が多い国。要求した聖女が無能なんて、魔物の前に出されて殺されてしまうかもしれないわね?」
「ふん! それがお前の幸せかもな! ……って、話を聞け!」
ルークとチェルシーがまだキャンキャンと煩いので、フレヤは本を読み始めていた。
「あ、お話終わりました?」
にっこり笑うフレヤを見て、王子がわなわなと震える。
「二度とこの地を踏めると思うな! フレヤ・アングラード!」
王子の捨て台詞とともに馬車はアウドーラへと向けて出発した。
イシュダルディアは小さな国なので、国境沿いまでは馬車で二日で着く。アウドーラは広大な土地なので、そこから王都までその倍はかかるらしいとフレヤは聞いていた。
(まあ、本でも読んでいればそのうち着くでしょう)
アンナにもらったパンを食べながら、フレヤはアウドーラに着くまで荷台で過ごした。
本を読んで、寝ての繰り返し。思えば忙しい聖女業、こんなにゆっくりとした時間は久しぶりだった。そして――
「おい、起きろ!」
声をかけられ、フレヤは眠っていたことに気づく。
(……? もう着いたのかしら)
身体を起こすと、馬車を検分する騎士たちが幌を外し、取り囲んでいた。
(白い騎士服……ということは)
「なんで人が乗っているんだ!?」
国境沿いで御者はアウドーラの人へと交代された。
(説明すらしていないなんて、職務怠慢ね)
馬車を降り、警戒する騎士たちの前に歩み出ると、フレヤは淑女の礼をした。
「お初にお目にかかります。私は貴国の要求により、イシュダルディアから派遣された聖女でございます」
ぽかんとする騎士がざわめくのは、その数秒後のことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます