第4話 雪は積もる

  眼の黒に白が強く当てられ、一瞬視界がちゃんと見えなくなる。

その光が晴れて、私は彼らに問いかける。


「あの、私は人間の皆さんが空想した世界から来たんです。私はアリス、作者さんがどこにいるか知りませんか?」


「とっくにお陀仏してますよお陀仏」


電灯にもたれている男の人が棘のあるような言い方で話す。


「君の話は俄には信じ難い。ただ奇妙な奴らと一緒にいたのは事実です。だから面白い話を聞けると思いまして。視聴者もそういうのを望んでる訳なんですよ、生憎この世界はもう夢を見る事を諦めてしまったので」


中央にいる眼鏡をかけた男の人が、写真機をこちらに向けつつ話す。


「お姉ちゃん・・・?遊園地の人達?」


「遊園地なんてもう無いです。クリスマスも撒き餌。そんな文化、もうありません。でも御伽の国っぽくしたら引っかかってくれるかな、と思いまして」


「なんでそんな事を?」


「人はもう、駄目なんですよ。正直私はあなた方が羨ましい。だから手元に置いておきたくはあります」




もう、この世界は、私が思っていたような場所じゃないんだ。

手段の一つとして、ここでずっと暮らす事になる場合を考えていた。

でも。

これでは無理だ。


女王様の手をそっと二回指で叩く。

こっそり遊びに抜け出す時の合図だった物。

そして今はこの状況から抜け出す為の合図。

レイラちゃんの手を握る。手は少し震えていた。

ごめんね、こんな事に巻き込んでしまって。


私達は、無我夢中に横の路地へ走り出した。





○○○


 どんどん雪が強くなってきている。誰もちゃんと暖かい服を着ていない。

雪が体に当たって痛いのは、結晶がトゲトゲしているからだろうか。

街を離れて、山の麓のような場所まで来た。

とりあえずこの暗闇に紛れていれば、見つかるまで時間を稼げる。

誰も口を開かない。そこに、何か支えていた物が切れたような声音の声が発せられる。


「ねえ、アリス。どうしよう、ねえ、これから」


「女王様、元気出してください。あなたのそんな顔見るの初めてですよ」


女王様は、崩れ落ちていた。


「言ったでしょ、私の事は作者しか理解していないって。私、こんな姿アリスに見せたくなかった・・・ でも怖いの。これからがどうなるか分からないのが」


私も、本当は怖い。でも私だってそんな姿女王様に見せたくない。


「なんでこんな目に遭うの?なんで捨てられてこんな所に?作者を恨むわ、私は。

こんななら私、生まれたくなんて無かった!!お伽噺なんて嫌い・・・」


女王様の慟哭に、小さな少女が駆け寄る。


「ハートのお姉ちゃん、でもレイラはお話が大好きだよ、お話に力を貰ったよ!」


「私みたいなのに・・・?」


「私だって女王様の事、大好きです。私だって怖いし、私だって怖がってる姿を女王様に見せたくありません。だから、もっと良い場所でもっと女王様といたいです」


それでも私は、まだ希望があると信じて逃避を促す。

これは私自身にもかける暗示の言葉。


「じゃあ、もう少しだけ頑張ろっか」


私はそう言う女王様の手を取った。




○○○


歩く。目的地の無い旅。

逃避の為の逃走。

山の中に入った。

風が強くて前が見えにくくなってきた為、一度近くの岩場に身を寄せて座る。


「お姉ちゃん達、ここから連れ出してくれてありがとう」


か細い声が聞こえる。


「なんで、レイラちゃん?まだどこにも」

辿り着けてないのに。


「ひいおばあちゃん、お話を書いてたの。お母さんと一緒にそれを聞くのが好きだったけど、そしたらお母さんがどこかに連れて行かれちゃったの。レイラはおじさんの家に連れられて、それからずっと出ていってお母さんと幸せな場所に行きたいと思ってた。だから出られるだけで良かったの」


「そっか・・・」


でも、私には小さな女の子の夢すらも叶えられそうに無い。

レイラちゃんの夢見た世界の住人なのに。


「ごめんなさい。大丈夫って言ったのに、大丈夫じゃ無かった」


私はみんなに謝る。


「いや、私達が世間知らずすぎただけ」


「ごめんね・・・」


自分が情けない。涙が溢れてきた。

少し進んだら、また休憩しよう。




休憩を終え、雪道を渡る。

崖沿いだから慎重に道の中央を歩く。

すると。

突如地面の底が抜け、大きな穴が顕になる。

雪と共に私達は、そこへ落ちた。


幸い下は雪がたまっており、怪我はしなかった。

そして雪に落下し倒れた女王様の上に、レイラちゃんが着地した。


「レイラ・・・私を踏みつけにして・・・」


偶然ではあるが、この場所で休めるかもしれない。

にしても、こんな山中に落とし穴なんてあるか?

さっきの人が私の仲間達を捕まえる為に敷いた罠かもしれない。

でもそんな事はいい。


「ちょっと、休もうか」


だけど私は感じていた。

ちょっと休んだくらいでどうこうなるほど、自分の体も心ももう後戻りが出来なくなっている事を。

体が冷たい。心が冷たい。

でも。

そうなるのも仕方無いと思う。

この世界は知らない間に進んでいた。言ったら私はオーパーツ。だから、みんな捕まえようとする。

ここで何が起きてきたかは聞きたく無いし、聞くのが怖い。だから聞かない。


壁にもたれて、目を瞑る。

地上より少し下層に位置する為直接の吹雪は受けないが、少し残った風がこちらに流れ、確実に体を蝕みゆく。

だからだろうか、記憶の混濁と消失が始まる。

正面の壁にもたれた女王様が、少し弱った声で話す。


「ねえ、アリス。今度は物語なんて無い世界で遊びましょう。飽きられて、捨てられて、見せしめにされて、そんな事が無い世界でずっと一緒にいましょう」


「嫌ですよそんな事言ったら。物語の全部が悪い訳じゃありません、このお話が無かったら私はあなたに会えなかった。それにレイラちゃんみたいに、物語に助けられてる子もいますから」


「ふん、そんな人間もういないわよ」


「女王様、最後にお願いしていいですか?」


「何?」


「敬語、辞めていいですか?あとハートの女王から取ってはーちゃんって呼んでいいですか?」


こんな機会も無ければ言う事が無かっただろう。


「あ、物語の枠から外れちゃいましたね。でもはーちゃんって呼びたいって事は、きっとそれが大切な物語だったから」


世間が物語を、空想を忘れてしまったのなら。

私は覚えていたい、空想と共にあり続けたい。そして空想の先で空想を、夢見たい。

みんなと暮らせる平和な・・・


「敬語使ってるじゃない」


「板に付いちゃってますね」


ふと横を見る。

気付けばレイラちゃんは私にもたれ眠っていた。手には本を大切に抱いている。

寒くて体の感覚が無いからか、気付かなかった。

暖かな日向の元で午睡をしているような眠り顔。


私もあまり目を開けていられなくなった。

体は冷たいのに、瞼の中は暖かい。


「ねえ、はーちゃんとなんで仲良くなったか、私思い出せなくなっちゃった」


大切な事がどんどん思い出せなくなっていく。多分私達が消えれば、この終わった物語の続きは本当の終わりを迎える。その時が近付けば近付くほど、消えていくのかもしれない。


「良いわよ別に、そんな物語あっても無くても」


らしい答えだ。

じゃあ、これだけ言って一回眠ろう。


「色々あったけど、楽しかったよ」


「ええ、悪くなかったかもね」


これにて、物語はお終い。


「お姉ちゃん」


かすかな声が聞こえる。


「レイラ、お姉ちゃん達の続きを描くよ」


寝言だろうか。

頭上の風が更に強くなる。

それから逃げるように、意識はゆっくりと消されていった。

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