第2話 現実って夢より素敵?

 工場から出て、道沿いに歩く。

この世界でまず驚いた事は、馬車が機械になっていた事だ。

ごうごうと止まる事を知らずそれは走っていく。私の仲間を一人殺した仇敵。


「探すって言ってもここがどこだかもさっぱりね」


・・・それもそうだ。

でも、私には少し推測があった。


「理由なくここに飛ばされる訳も無いし、近くに作者さんがいるんじゃないかな?」


それにあの世界で読んだ絵本だと、生き別れの親子が最後に再開出来るような希望に満ちた話が多かった。だから、そんな感じで偶然会えるんじゃないかと。


「どのみち戻れる物語なんて無いしね」


「そうだね・・・」


私達に何かを空想出来る力があれば良いのだけれど。

生憎ただのキャラクターに過ぎない。それ以上も、それ以下も無い。

だから、続きの物語を作って貰えないと、生きながら道が止まる。


機械に轢かれないよう道路の端を歩く。

遠くに見える街が近付いてきた頃には、履いている革靴の底が少し擦れていた。


「寒いね、アリス」


静かに呟く女王様。

風が肌をつんざく。その中に、雪が混ざり散っている。

雪。

そういえば白の女王の国はいつも雪が積もっていた。

でもあそこは暖かかった。そうか、雪って冷たいんだ。


郷愁に浸る私を、街の灯りが上から照らす。

私の倍以上あるような建物は金色に光り、電灯はオレンジ色と白色を混ぜたように輝く。


街。

外の世界はこんな風になっているんだ。

然し外には誰もいない。

でも無理はない、外は寒いんだから。


「アリス!あれ、私達の世界にもあんなのあったよね?」


女王様が街奥を指差す。

彼女は昔からいつも私を引っ張り回して。でもいつの間にかそんな彼女といるのが楽しくなって。みんなは嫌っていたけど、私は側に居た。

元々私は現実に飽きた所に会った兎を追って穴に落ちた。

だから飽きないのは悪くない。でも女王様は、段々記憶が剥がれ落ちている。いつか私を忘れる前に、私が彼女を忘れる前に、あの世界に戻らないと。


「ね、聞いてる?」


その言葉で気を戻し、正面を見据える。

そこには。

飾り付けられた黄金色の電球が煌めく木々。街のあちこちにかかる白銀のリース。

光が反射したリースの光沢が目に眩しい。

そして、木々の頂で風を受けてなびくトップスター。

それらはまさに、お伽噺の中のような光景だった。


「クリスマスなんだ・・・」


こっちにもあるんだ。この行事。私もお城の飾り付けを手伝った事がある。

もしかすればこの景色を元に作者さんは、私達の住む場所を書いたのかもしれない。なら、この付近に?



闇雲に街中を直進してみる。

当てでは無く、予感に任せてみる。

案外そんな物だ。


「ねえ、アリスが探してるのは誰?」


女王様は気付けば木にぶら下がっていた小さな木馬のような雑貨を拝借していた。


「誰って、作者さん」


「いつの?」


いつのって?


「私達は色んな人に物語を綴られた。だからあの兎も混ざり物になっちゃったし、私達だってもっと幼かったと思う」


そう、だったっけ?記憶が曖昧だ。

でも確かに、女王様は私と同じくらいの身長だったと思うけど今は一頭身ほど背が高い。


「だから、大本の作者さんを探そ。その人がほんとの親」


「なんで、ほんとにこだわるの?」


「え?だって私を理解出来てる人間なんて、それこそ生み出した人くらいだからよ。他の人が書いたら解釈が変になっちゃう。だから元締めに言いつけてやるの、ちゃんと私達を作った責任取って何とかしろってね」


そういう物なのだろうか。それにしても元締めって言い方は・・・


「でも、私は女王様とずっと一緒にいますよ。だから全部分かってると思います」


「嬉しい事言ってくれるね」


少し意地悪く笑う女王様。

一瞬間をおいて、自分が今言った言葉に照れてしまい早歩きになる。


「ありがとね、私の友達になってくれて。ずっと一人ぼっちだったから」


追い打ちみたいに照れる事を言わないでもいいじゃないか。

歩幅を広げる。



すると、私達のいる中央路から外れた薄暗い路地に。

茶色く変色した本を持った、白い少し薄汚れたワンピースを来た小さな女の子がいた。


どうしたのだろう?こんな寒い日に。

その疑問でさっきの照れは消えた。


「どうしたの?」

と聞いてみる。


「お母さんを見つけるの」


迷子、だろうか?私達と一緒だ。


「実は、お姉ちゃん達も親を探してるの」


「・・・おっきいのに迷子になったの?」


「あはは・・・」


「なんか、そういうお話みたい」


お話・・・

その通りだ。


「そう、そうだよ。私達、お伽噺の中から来たんだ」


少女は目をぱちくりと瞬かせる。

あれ、信じていない?

そう思っていた時、少女はワンピースの裾を掴み、言葉を発した。


「お姉ちゃん、そっちの世界ってこっちより素敵?」


少女のつぶらな瞳は、本当は壊れているそのお伽噺の世界を夢見ているような、そんな夢見がちな眼だった。

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