6枚目の花びら

 「わぁ!風がきもちい~!」柵に身を預けた彼女のワンピースとカーディガンがヒラヒラと揺れる。黒いカーディガンが夜の空の闇に溶ける。しばらく彼女に見とれていたが、手招きされたので茜さんの隣に並ぶ。心なしか彼女がまた薄くなっているように見える。

 「で、私に”怖かった存在”がいたかどうか、だっけ?」彼女がそう切り出したので、とっさに上を見上げる。同じようにこちらを見ていた彼女と目が合って、気まずくて目を反らしてしまった。

 「いなかったよ。なんなら、怖がられてた存在かも。」彼女の言葉に再び顔をあげると、自嘲したように笑う彼女と目が合った。

 「怖がられてた?」今度は、茜さんの目をまっすぐ見つめて尋ねる。すると、僕から視線を反らして、下を見ながら彼女がぼそぼそと話し始めた。


 「私ね、友だちを不登校にさせたことがあるの。」目を伏せてそう溢した彼女。  「え!?茜さんが!?こんなに優しいのに!?」今の彼女からは予想できない過去にびっくりして声が大きくなる。「ふふっ。意外でしょ?だって私、あれからめちゃくちゃ反省して、性格直したんだもん!」そう言って笑う彼女。「遅刻癖のある友だちがいてね。遊ぶ約束した場所に時間通りに行った時にさ。友だちが来てなかったら寂しいじゃん?」彼女の言葉にうんと相づちを打つ。それを確認した彼女が続ける。「だからね。遅刻するのをやめてほしいってお願いしたの。ちょうど今の歩と同じくらいの年齢の時だったんだけど、私もけっこう不器用でね。かなりキツい言い方でお願いしちゃってさ。そしたら友だちの女の子、不登校になっちゃって・・・。」

 返す言葉に困って黙っていると、「その後、そのことが学校で問題になってね。友だちだった私が責められてね。すっごく怖かった。」と。「はい、茜お姉さんの友だちを不登校にさせた物語おわり!」パンと手を鳴らしてそう締めくくった。

 「”おわり!”じゃなくて、もっと何かないんですか?続きとか。」と続きを促す。「残念ながらないね。強いて言えば、中学生になっても高校生になっても茜お姉さんはその罪を引きずって人間関係に臆病になっちゃって、大人になってすぐに自ら死を選んじゃったってくらい!」と話して笑った。

 「だからさ、学校行こうよ、歩。その颯真とか言うやつも謝りたいと思ってるかもよ?」こちらを見てそう聞いてくる彼女はもうほとんど下半身が見えない。

 「というか茜さん、さっきから徐々に存在が薄くなってる気がする。」そう指摘すると、「あは、成仏かも!久々に誰かと心から仲良くなれた気がして嬉しくなっちゃった!」と笑う彼女。「あっ、ほんとにヤバいかも。走馬灯が見えてきた。お願いします、天国に行かせてください!」そう言って手を握る彼女は下から徐々に消えていっていて、彼女から出た赤いほのかな光が夜風にのって飛んでいく。

 「あっ、最後にこれだけ!歩、遊んでくれてありがとうね!天国に行けるかはわからないけど、どっちにいっても、今日のことを思い出に楽しくやっていける気がする。本当にありがとう!」「待って、茜さん!まだ言えてないことが!ぼく!」「あっ、最後に茜お姉さんと約束!明日からちゃんと学校に行くこと!」

 そう言って小指を差し出す茜さん。差し出されたそれに自分の小指を絡めようとしたが、彼女は幽霊なのでやっぱり触れなかった。

 「茜さん、ぼ、僕、その。茜さんのことが好ー」


 大きなアラームの音で目が覚める。そこはいつも通りの自分の部屋で、学校の屋上も茜さんもどこにもない。目にはいっぱいの涙がたまっていて、枕元には赤い花びらが1枚だけ落ちていた。窓が開いていたのでそこから入ったのか?なんだか茜さんの髪色に似ている気がして、その花びらを優しく摘まんで小さな袋の中にしまった。



 「お、おはようございます。」そう呟いて4-Cの教室に入る。ズボンのポケットに入れた小さな袋を優しく握りしめてから、座席表で自分の席を確認して座る。ランドセルをおろして一息つくと、真横から声をかけられた。

 「えっと、日ノ下 歩くん?」名前を呼ばれた方向に目を向けると、赤茶のボブの髪にそれと同じ色のワンピースを着た女の子。アイドル衣装みたいなワンピースにメイク映えしそうなかわいい顔。思わず「茜さん!?なんで!?」と声をあげると、「残念!私の名前はあかりでした!」と笑われた。

 「あっ、ごめん!明さんですね!」と訂正すると「なんで敬語?しかもさん付け?」とまた笑う彼女。その笑顔が”あのお姉さん”にどこか似ていた。茜さんとの約束、ちゃんと守ったよ。そう思いながら窓の外を眺めると、花瓶に入った赤い彼岸花が目に入った。袋をもう一度握りしめて、僕は颯真のクラスに向かった。

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幽霊花が咲く頃に オトモダチ @otomodati_2006

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