3枚目の花びら

 「あっ。」しまったという表情で口元に手を持っていった彼女。

 「お姉さんは何者ですか?」先ほどと同じ質問をもう一度彼女にぶつけてみる。彼女が纏っていた明るくてほわほわしたオーラが一気になくなる。教室の空気がずっしりと重くなる。あの日、先生に怒られた時の空気感にどことなく似ている。ここで怯んだら負けだ。「教えてください。」もう一度念を押すと、「しょうがないなぁ。」と折れてくれた彼女。はぁ、と大きなため息を一つ吐き出すと、冷たい声で「そこ、座って。」と教卓の前の席を指した。

 

 彼女の言う通り席に腰掛けると、その隣の席に座る彼女。ふわりとしたワンピースの動きが僕の目線を惹き付ける。机に頬杖をついてこちらを見た彼女は、「まず、彼岸ひがんあかねね。私の名前。」と名乗った。「あっ、あゆむです。日下ひのした あゆむ」慌てて僕も名乗ると、「おっけ~。歩ね。」と反復した。てっきり”歩くん”とか”日ノ下”と呼ばれると思っていたので、えっと声を出して驚いてしまった。彼女が眉をしかめて、「なに?」と聞いてきたので、「あっ、なんでもないです。」と返すと、「歩は、なんて呼んでくれるの?」と前のめりになる彼女。「茜さんで。」と答えると、「そこはさぁ、茜とか、茜ちゃんとかって呼ぶところじゃないの?」と不満そうな彼女。「年上のお姉さんをその呼び方するのはちょっと。」と言うと、再びため息をついた。ただ、さっきのため息よりも大きくて目が細められているので、相当な事情があるのだろう。

 「なんでそんなにお姉さん扱いを嫌がるんですか?」彼女に質問すると、少しの間の後、「さっきも言ったけど、私、死んでるのね。」と話し始めた彼女。僕が相づちを打ったのを確認してから、「だから、まぁ、お前らが言うところの幽霊ってとこ?」と笑った。

 「幽霊!?」思わず大声を出して驚くと、「あはは!歩、リアクションいいね!バラエティ番組とか向いてそうじゃん!」と明るく話す茜さん。いや、目の前にいる人が幽霊だったら誰でもこの反応になるだろう。というか、本当に幽霊?僕と同じように夜中の学校に侵入した人じゃなくて?その場合、自称成人済みの彼女は不審者では?と彼女に疑いの目を向けると、「やだなぁ!本当に幽霊だって!」と笑った。「だってほら、さっき飛び降りた時に音、聞こえなかったでしょ?」と追加した。確かにと思いながら茜さんの足元に目線を移した時、また大声が出た。「足は!?」

 「ふっ、その反応2回目。もうちょいバリエーション増やそうよ。」そう言って肩を震わせて笑う彼女。「漫画とかアニメとかの幽霊ってだいたい足がないじゃん?そーゆーこと!」と雑に説明してくれる彼女。「”そーゆーこと!”じゃなくて!ちゃんと説明してください!」彼女の能天気さにだんだんイライラしてきて、つい声を荒らげると、「まぁ、そんなに怒るなって歩。」と笑われた。「そりゃ怒りますよ!僕、暇じゃないので!」と返すと、「暇じゃないって、小学生がこんな時間に学校に何の用?」と珍しく真面目な顔とトーンで話す茜さん。

 「あ、それは・・・。」彼女の目を見れなくて、教室の床を見る。床の隙間に挟まった鉛筆の芯が目に入る。すると、突然頭上から声が降ってきた。「ここは成人済みのお姉さんとしてしっかり注意させてもらうね。」そう言った後で息を吸い込むと、「生きている未成年が、こんな時間に出歩いてると危ないよ。犯罪に巻き込まれたりとかさ。」と机に頬杖をついて、足を組みながら注意してくる彼女。ここに来た理由、きちんと説明するか。

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