1ー3

PM 7:30 すすきの


 あいつの邸を出て、私はとある所に向かう。すすきの中にある寂れた雑居ビルの地下に入り、無機質な鉄の扉を開ける。


「ノックくらいしてくれ、魔術院本土の連中と勘違いするだろう」


 ドアを開けると、そこはリリムの事務所だった。どうやら、山積みの魔具の手入れをしているみたいだった。


「ごめんって。また魔具の整理してたのかな?」


「そうだ。どうも最近、やたらと多くてだな。その山も、全部その件でのものだ」


「君も大変だね。まぁ、私は関係のない事だけどね」


 リリムの事務所のソファーに横になる。すると、後ろからウィズが現れ、私の上に乗っかって来た。

 リリムはそれを呆れた表情で見る。


「それで? 何のようだ? 今日は、いつに増して客が多いな」


「魔術院から、誰か来たんだ。どんな人?」


「執行者だよ。例の噂話とやらでの死んだ者の魔具の初期化ロンダリングだよ。

 全く、こっちは技術者じゃ無いんだ」


「でも、手をつけているということは、いい額貰えれたの?」


「まぁな。しかしまぁ、近頃多いぞ? それほどまでに、その噂話というのは、美味い儲け話かね?」


 リリムは、煙草を吸いながら、仕事している。世界で唯一、魔具を初期化出来るリリムは、魔術師にとって有益な人材なのだから。そのせいで、彼女も『特級魔術師イレギュラー』に認定されたのだけれど。

 私は、リリムが注文したであろうピザを食べる。届いてから数時間経ったのか、もう冷めているようだ。


「おい。それは私のピザだ」


「いいじゃん別に。もう冷めてしまっているみたいだし」


「全く、貴様は自由な奴だな。『魔女』め、お前をどう飼い慣らしているのか聞きたい所だ」


「別に、私はあいつに何も制限はされていないよ? そうしているにも、あいつの方針だしね」


 リリムは、呆れながら作業の手を進める。


「来週、小樽に行くよ。マナあいつが例の噂話を確かめるってさ。私はそれについて行くつもりだよ」


 私の言葉に、リリムは手を止める。そして、私の元に駆け寄った。


「それは本当か?」


「本当さ。私もその噂話とやらには興味があるしね。それに、それが本当に膨大な『魔素マナ』なのかも見てみたいしね」


 リリムは、呆然としながら私を見る。どうやら、何か知っているみたいだ。


「奴に言っておけ、身を引くのが身のためだとな。嫌な予感がするんだ。そうも、奇妙な胸騒ぎがな」


「へぇ〜。珍しいね。君がそんな顔をするの」


「あのな、お前らが確かめようとしているのは、人体に害があることなんだぞ? それに、お前も長いこと生きていろうに、なぜそれを確かめようとして――――」


 リリムの言葉に、私は剣を放出する、放った剣はリリムに当てず、彼女の後ろの壁に刺さる。


「それ以上言うと、殺すよ? 別に、私とて好奇心であいつに着いて行くなんて思っていない。

 ただ、気に触るだけだよ。くだらない噂話で死人が増えることにね」


「それはすまんかった。言葉には気をつけよう」


 吸血鬼のような蒼い眼をリリムに向ける。それを見たリリムは、体を払いながら、デスクに戻る。


「だが、これだけは伝えとこう。あそこに眠る『魔素マナ』はただの『魔素マナ』じゃない。

 何か、別のものだと伝えておこう。それを知った時、奴は何と思うかだ」


「別の何か? それは一体?」


「さぁな。情報が錯綜しすぎて、私も全ては知らん。だが、殺し合いをしている以上、何かなるだろう。

 こればかりは、自分で見ろとしか言えんよ」


「忠告どうも。それじゃ、私はもう行くよ」


 私は、冷めたピザを食い切り、リリムの事務所を去る。すると、リリムは去り際にあるものを渡す。


「これを持っていけ」


「何これ? 別に、いらないんだけど?」


「いいから使え。役に立つこともあろうよ?」


「親切にどうも。それじゃ、いくね」


「あぁ、またな」


 私は、リリムの事務所を後にする。繁華街の方を通ると、あいつが遠くから歩いてくる。

 私は、あいつが来る事を待つことにした。


 そして、あいつと一緒に邸に着き、みんなで風呂に入る。ラスティアは、あいつの体を洗いながら、来週の予定を話し始める。


「姉さん。楽しみだね」


「別に、旅行に行くわけじゃないよ。魔術院の依頼をこなすだけの仕事さ」


「でも、時間はきっとあるよ。それに、明日香さんと3人での旅行は初めてじゃない?」


「言われていればそうだね。まぁ、偵察がてら観光するのも悪くないか」


「まぁ、すぐ出るわけじゃ無いしね。それに、掲示板で大騒ぎしているくらいだから、世間的には騒ぎになってないよ」


「それもそれで厄介だな。だが、これ以上くだらんことでの犠牲者を出すわけにもいかないな」


 あいつは、例の噂話の事を話しながら、入浴をする。3人しかいない邸じゃ、この浴槽は広すぎるのだ。

 私は、浴槽でくつろいでいると、ラスティアが髪をいじる。


「明日香さん。髪が浴槽に入ってますよ?」


「あれ? 髪が解けちゃったかな?」


 私がそういうと、ラスティアは私の髪を整える。それを見ていたあいつは、少しニヤけていた。

 そして、浴槽から上がり、私たちは寝る準備を始める。

 カーテン越しの夜空を見上げながら、私はウィズを撫でる。しかし、小樽に潜む膨大な『魔素マナ』と言うのが気になる。

 そう思いながら、私はゆっくりと眠りにつくのだった。

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