第6話

それから1ヶ月が過ぎようとしていた。若菜は元気に過ごしていた。仕事にも慣れて来た。朝は四時に起きることが生活のリズムとなり、辛くもなんともなかったし、土曜日も日曜日もなく毎日働いた。比奈子は、若菜には週に一日は少なくとも休日を、と言ったが、若菜はそれを辞退した。それなら、比奈子がお小遣いをあげるから、比奈子が街に買い物に行く時に一緒に出かけて、街で好きなものを買って食べたりしなさいと言った。

「そういう楽しいことも必要なのよ、あなたの年齢には。」

「はい。じゃ、お言葉に甘えます。比奈子さんが買い物に行く時、誘ってください。」

「わかったわ。一緒に車で街に行こうね。スーパー、付き合ってくれる?」

「はい、喜んで。母ともよく一緒に行ってました。」

若菜は相当ストイックになっていた。ちょっと和らげてあげないといけない、と比奈子は直感で思った。

 タンポポは目に見えて大きくなった。生後二ヶ月になったので、ミルクは一日に三回で良いことになった。四時間おきだ。若菜はよく世話をしている。

 それから三週間ぐらい経った頃、比奈子がケーキを焼いていた。比奈子は若菜の母に電話して若菜の誕生日を教えてもらっていた。それが今日、十二月八日なのだ。十七歳の誕生日だ。間に合ってよかった。比奈子は母も東京から来てもらうように手配した。サプライズパーティーをするのだ。父は仕事で来れなかった。プレゼントは若菜に内緒でアマゾンで取り寄せておいた。なかなかデパートに買いに行く時間がないのだ。若菜は今、何も知らずに敬に連れられて、丘の上のあの工場を見学させてもらっている。夕方に帰ってくる予定だ。敬はもちろんサプライズのことは知っている。

 母が車で到着した。比奈子の顔を見るなり、思わず涙ぐんだ。

「今回は本当にありがとうございます。こんな嬉しいことはないです。感謝の言葉もありません。」

「いいえ、若菜ちゃんの喜ぶ顔が浮かびます。来てくださって本当によかった。」

「ちゃんとやってますか?あの子。」

「ちょっとストイック過ぎてかわいそうなくらい頑張ってますよ。責任感が素晴らしく強いお子さんですね。」

母は、また涙ぐんだ。 

 テーブルセッティングを手伝いながら、母は幸せそうだった。

「今夜、泊まっていってくださいね。ご主人様は確か海外出張よね?」

「はい、良いんですか?」

「今夜は母娘水入らずで。若菜ちゃんのお祝いだから、若菜ちゃん喜びます。」

「ありがとうございます。嬉しいです。」

 比奈子は鶏の丸焼きをオーブンから出し、テーブルの中央に置いた。

「すごい!」

母が思わず声をあげ、驚いた。

「美味しそうですねえ。こんなご馳走で誕生日、祝ってやったことなくて。」

「そうですか?」

母は、

「私の母は、在日韓国人なので、私は韓国料理を作ることが多いんです。」

「あ、お願いできますか?私、頂きたい。韓国料理、何か作ってください。若菜ちゃんの好物を。材料、足りますか?」

と言うと、冷蔵庫を開けて、母を呼び寄せ、冷蔵庫の中身を見せた。

これで、この二人の主婦はぐんと近しくなった。

「もし良ければ、近くにスーパーあるから一緒にいきません?車で二十分です。」

比奈子は母に向かって言うと、

「じゃあ、チゲがあの子、好きなので、アサリとか買って来ましょうか。作ります。それから、誕生日だからワカメスープ作っても良いですか?」

「わあ、お願いします。」

二人は仲良く出かけ、帰ってくると、母がチゲを作り始めた。

「卵、ありますか?ニラ買って来たから、チヂミも。」

「あります、あります。どうぞ。」


 料理は全て揃い、敬のトラックが停まった。敬と若菜が降りて、玄関のブザーを鳴らす。比奈子は母をキッチンに隠し、リビングへ若菜を連れて来た。

「わー!パーティーだ!」

「そうよ、十七歳、おめでとう!」

そして、比奈子は、キッチンへ行き、母を連れてくると、若菜はびっくりして、すぐに母に抱きついた。

「ママ〜!来てくれたの?」

「お誕生日、おめでとう。パパはロンドンなの、後でスカイプしなさい。」

比奈子はワインを冷蔵庫から出し、敬は上着を脱いでさっと着替えて来て、テーブルに座った。

「すごいご馳走じゃないか?」

「ママのチヂミがある。作ったの?ここで?」

「ええ、キッチンお借りしてね。材料はスーパーに連れて行ってもらったの。チゲとワカメスープも作った。」

「へえ。懐かしい、なんか久しぶりだな。比奈子おばさんのチキンとサラダが美味しそう。」

比奈子は、

「一応ね、頑張ってケーキも焼いてみたのよ。後でね。」

「わー。私史上、ベストの誕生日だ。」

「本当だね。」

母が言った。

敬が、

「食べようよ。」

と言い、みんなは賑やかに食卓を囲んだ。食後に、敬からプレゼントだと言って、大きな包みが渡された。サンタクロースのぬいぐるみだった。それから、比奈子からは、コーチのハンドバッグ。母は驚いて、

「まあ、こんな高級ブランド、まだ若菜にはもったいないです。」

と言ったが、

「そんなことはないわ。もうそろそろ、こういうもの、必要ですよー。気に入った?」

「はい。ありがとうございます。」

母は、

「ママからはプレゼントはないよ。ママが来て一緒にお泊まりさせてもらえるんだって。これ以上嬉しいプレゼントはないね、若菜。」

と言って、隣に座っている若菜に頬ずりした。

「本当に高橋若菜は幸せ者です。」

全員わーっと笑った。

 その夜は、十時まで賑やかに騒ぎ、みんなが寝静まったのは真夜中を過ぎていた。母と若菜は、客間に布団を二つ敷いてもらって並んで眠った。目覚ましをかけずに寝ていた。次の朝、敬と比奈子は五時になんとか起き、仕事した。若菜は五時半に牛舎に来た。若菜は、

「ごめんなさい。寝坊しました。」

「いいの、今朝は私たちも五時だった。明日からまた頑張ろう。」

「タンポポにミルクやらなきゃ。」

若菜は走ってタンポポのところへ行く。その頃、母が目覚めた。六時だった。母は、着替えて、牛舎にやって来た。

「すみません、すっかり寝坊してしまって。お恥ずかしいです。ごめんなさい。」

「いえいえ、まだ寝ててください。」

「いえ、私、朝ごはんつくらせてください。なんでも良いですか?」

「若菜ちゃん、カッテージチーズ、御馳走して。あれ美味しいからね。」

「うん、ママ、待ってて。今行く。若菜が美味しいもの一品作ってあげる。」

母は、目を丸くした。

「若菜、お料理、できるようになったんだね。」

 いつも通り、カッテージチーズの蜂蜜がけと、味噌汁とご飯の朝ごはんが出来た。ただ違いは味噌汁が比奈子ではなく、母の味噌汁だった。朝ごはんを四人で揃って食べた後、

「これから十時までは自由時間なんだ。」

と若菜が言った。母は、洗い物をして、洗濯をすると言う。昨夜使ったシーツや枕カバーなどを洗いたいのだ。

 そして、洗濯物を干すと、若菜に取り込んでくれるように頼み、東京へ帰って行った。バタバタと帰って行ったので、別れは辛くなかった。若菜はタンポポの世話に夢中になっていた。

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