D.W.O-2


 世界とは連続的に存在するものではなく、不連続に点々とそれぞれがそれぞれに存在するものでしかない。それは拡大すれば拡大するほどに理解できる一つの概念性であり、他人が考えるような、頭の中の血流のように一点の場所をめぐるような、そうした行きつく先ではないということだ。


 これを理解したのは、僕が外の世界に出ることができたときだった。


 いつだって世界は幽閉されていた。目の前にあった景色については薄暗いだけの部屋だったけれど、その景色が変わることがあった。それは僕が外の世界に願いを抱いたから、というわけでもない。単純に、内側にある世界が勝手に変化を始めて、僕を適応させただけなのかもしれない。


 目の前には空があった。空があって、地面があった。眩しく感じる太陽はあったし、そして遠くの方を覗けば水平線だってあった。場所の把握はできないまま、周囲を見渡してみれば、水平線の近くにある浜辺のほうに、ウロコの肌をしている少女がいた。薄着としかいいようのない水着のような下着をつけていて、腕からおびただしいように皮が捲れるウロコがあったから、僕は彼女だと気づくことができた。


 自分のいる場所を把握すれば、それはどこかの屋上のようだった。彼女を見つけることができたのは、高い場所からすべてを見つめたからであり、僕はそんな世界の変化に少しながら動揺した。でも、そこにツキがいるのならば、それでいいような気もした。


 僕はいつも牢屋のような世界の中では動くことはしなかった。狭いだけの空間では横たわるだけしかやることが見つからずにいたのだから、久しぶりに、歩く、ということをした。慣れていないはずの運動なのに、足は容易く動いていた。僕は青空が輝く屋上から抜け出して、その階下のほうへと歩き出していく。


 下った先にある屋上の踊り場が砕けているのが視界に入った。砕けている、というか、朽ちていると表現するべきだろうか。窓ガラスについては風化によって割れており、壁については強度を補足するための鉄筋が丸見えとなっていた。意図的な破壊によるものではなく、長年の風によって削られた残骸が目の前にはあった。僕はそれを見て、少しだけ歩みを慎重にした。


 階段を下ってから、そうしてツキがいるであろう場所と方向を頭の中で描きながら、進路を切り替えていく。長い廊下のような場所があったけれど、それを覗くことはなく、一先ず彼女に会うことを優先して歩みを進めていった。


 地面には必ず何かしらの破片があった。靴など履いていなかったから、それは素足を刺すようにしてくるけれど、痛みについては感じなかった。それはいつもそうだった。ツキも自身の腕を切りつけるときに、悲鳴を喘ぐことはなかった。彼女の腕を噛んでも、特に反応さえしなかったのだから、それがこの世界のルールであり、住人である僕らの特性と言えるものだと思った。


 三階くらいだろうか、下って外に出てみると、その先にあるのは門のような場所だった。荘厳な門というわけではなく、どこかで見たことがあるような学校の門であった。滑車を滑らせることで幽閉できるそれを、僕は引きずりながら、そうして世界への道を切り開いていく。


 ふと、周囲に視線を向けてみる。


 そこには人っ子というものは存在しない。今更になるかもしれないが、屋上から覗ける人影というものは、ツキという少女のみだった。それ以外に人は存在せず、辺りは緑だけが存在していた。世界は緑に縛られていた。


 外に出れば、そういった緑となる草が視界に入った。大した丈ではない草のそれぞれを踏みつぶしながら、素足で彼らが吐き出す体液の感触を嫌に感じた。自身が踏みにじっている命のかけらが、自分の足に付着することを、どうにも嫌悪感というものでしか捉えることはできなかった。


 そんな緑の足場を踏み進めていきながら、ツキがいる場所へと歩いて行った。だんだんと木々が生え立っていき、屋上から見ていた景色がぶれるような感覚がした。


 確かにツキがいた場所には水平線があった。それを飾るような砂浜の白と、明るさを付け足すような太陽があったはずだった。


 けれど、足を進めていくたびに、僕が向かっている先は森へと場所を変えていった。歩めば歩むほどに世界の明るさというものは消失していき、うす暗いと感じる木の影に包まれようとしていた。


 上を見上げれば、きっと太陽は存在するのだろう。大半が木の葉に隠れていても、それでも視界を確保できるほどの明るさは目の前にある。だが、それ以上に目の前の景色を歩むことに不安が生まれた。


 この先に行って、本当にツキと会うことができるのだろうか。


 そんな不安が心をむしばんで仕方がなかった。一度戻るべきなのではないか、そう考えて、足先の方向を反対へとむけた。まっすぐにしか進んでいない道なのだから、戻ることは容易であるはずだった。


 実際、容易だった。


 歩けば歩くほどに、確かに視界は開けていき、自分が踏み荒らした草の命どもが視界に入ってくる。自分がずらした校門の影が視界に入って、先ほどは確認さえしなかった学校の名前も理解した。聞いたことのあるような名前だったけれど、それを気にすることはなく、僕はすべてを巻き戻すように、歩みを進めて屋上へと戻った。


 屋上に戻れば、見慣れたような景色があった。見慣れた、というよりかは、先ほど見た景色が確かにあった。


 水平線が覗ける砂浜の傍で、ツキは楽しそうに波と遊んでいる。誰もそこにいないというのに、僕に見せたことのない真の笑顔を彼女は浮かべている。それがどこか寂しく感じて仕方がなかった。


 僕は、彼女に会うべきなのだろうか。そもそも会うことができるのだろうか。世界はそれを阻もうとしているのではないだろうか。


 そんな文字が頭の中を駆け巡った。駆け巡ったから、それを感情として自分の中に刻み付けた。


 知るか、と思った。そんな世界の事情だとか、会うべきだとか、会うことができないのか、とか、考えるよりも足を動かすべきだと、そう思った。


 だから、また僕は草の命を踏みにじるために歩みを進める。それが命を殺すことにつながっていたとしても、彼女に会うためには必要なことだと理解して。


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