3.守護の上腕二頭筋


「獣人さん?」


 美しい腹筋を持つ青年は、アンリちゃんのお兄さんで、私が昔会ったことがある獣人さんだった。


「なんで人間に?え?魔術ですか?」


「獣人?何のことだ?」


 しらばっくれている!

 別人なの?

 でも、この腹筋は間違いなくあの時の獣人さんのものだ!筋肉量が増えているけど、順調に鍛えた結果だろう。有難いことだ。


 しかし、もし本当のことを隠しているなら、アンリちゃんに危害が及ばないか心配だ。

 種族が違うことも気になるし、ゲームではアンリちゃんの家族構成が全く明かされていないから、確認する方法がない……。


「貴方に礼を言いたかった」


「え?」


 突然の言葉に驚くと、彼は視線を下に向けた。


「妹を助けてくれてありがとう」


 そう言うと、深々と頭を下げた。


「昔、モンスターを退治して、万病に効くと言われる肉を譲ってくれた……そのおかげで、我が妹は今も元気に過ごせている。全て、貴方のおかげだ。感謝する」


 彼が語った内容は、私と、あの時の獣人さんだけが知っていることだ。

 彼は何らかの理由でアンリちゃんの前では人間として振る舞い、兄として守ろうとしている……敵意はなさそうに見える。

 でも油断はできないので、アンリちゃんがいないところで問い詰めよう。


 この場で何かをするのは得策ではないと判断した私は、貴族の令嬢として恥じぬ挨拶を返す。


「とんでもございません。私は正しい行いをしたまでのことです。どうかお気になさらないでください」


「出来ることはなんでもしよう。その前に、俺の名前はオルト。名乗らなかった無礼をここに謝罪する」


「私も無礼をお許しください。ルナ・ウッド・ルートスです。貴方に再会できたことを嬉しく思います」


 お互いに気になることはあるが、アンリちゃんに悟られないように返答する。


「アンリ、それで何かあったのか?」


「ルナ様が、地母神に会いたいと言っているの。お兄ちゃん、何か知ってる?」


「知ってはいるが……」


 ちらりと私に目を向けられ、私は微笑んでおく。


「この国に生まれた身としては地母神の加護を受け、国を豊かにしたいと考えています。

どうか、地母神にお会いできる機会をいただきたく存じます。」


 それらしいことを言っておく。王位剥奪を考えて地母神の加護をもらおうとは正直に答えられない。


「なるほど……いい機会かもしれない。分かった。案内しよう」


 オルトさんは、アンリちゃんに目を向けると案内役を承諾してくれた。

 すんなりいったことに私たちは喜び、オルトさんの後をついていく。












 深い深い、大地の底。エメラルドグリーンの輝きの葉が揺れ、巨大な木が私たちを迎えてくれた。


「よく来た」


 穏やかで優しく、それでいて力強い声。ただ、声の主は見当たらない。


「ふふ、目の前にいる」


 視線を彷徨わせる私に、くすくすと揶揄うように笑い、葉が揺れる。

 まさか、この巨大な木が地母神なの!?


「いかにも」


 声に出したと思ったが違った。心を読んでいるんだ。

 流石は神様、規格外の能力だわ。


「アンリ……貴方が来るとは…ついにこの日が来たのだな」


「え?」


「私はお前の母だ」


「!!」


 思わずアンリちゃんに目を向ける。

 信じられないと言った瞳は、焦点が不安定になっている、


「私は神でありながら、獣人と結ばれた。神界の神々は激怒し、私を木に変え、この地を守るように命じた」


「そんな…!」


「今まで黙っていてすまない……」


 オルトさんの姿は、人から毛皮に覆われた獣人の姿に変わった……私があの時に出会った獣人だ。

 アンリちゃんにこの事実を伝えたくなくて、人間として振る舞っていたんだ。


 アンリちゃんはショックを受け、顔を青白くさせている。

 私は彼女を抱きしめる。私が彼女にしてもらったように。


「アンリ…黙っていてごめんね、母親らしいことができなくて……」


「………」


「ルナ、貴方のおかげでアンリの命が助かった。礼を言う」


「当然のことをしたまでです。」


 アンリちゃんを優しく抱きしめたまま、軽くお辞儀をする。


「アンリ、オルト、ルナ……貴方たちに頼みがある。この地に魔の物が蔓延っている。この者たちを倒してほしいのだ」


「魔の物?」


「そうだ。

災禍の使者サイクロプス。

焰の王サラマンダー。

破滅の巨神オーガ。

鮮血の暴君バンパニア」


ごくりと唾を飲み込む。


「この者たちを倒さなければ未来はない。もって、あと1年の猶予だ……動けぬ身でこんなことを頼むのは忍びないが、頼む……この世界のために……」


「あの、すみません、それ、私倒しました」


「は?」


 驚いたような目で見られる。気持ちは分かる。私も地母神の立場だったらそういう目をするだろう。

 イベント戦闘で戦ったモンスターなので、その場所に居たら経験値稼ぎになるのかなと思って、居たから、倒してしまったのだ……。


「あの、ドロップ……いや、戦った証拠みたいなのがあります」


 攻撃力上昇の材料にしようと取っておいて良かった。

 抱きついていたアンリちゃんも驚き、獲得したドロップアイテムを覗き込む。


「まさか、本当に……」


 倒して褒められるべきだろうけど、

正直「今から倒してきてください!」と告げたタイミングでこれを言うのは空気を読めていないのは自分でもよく分かる。はい。


「あの!全部終わっているので、せっかくなので親子水入らずで話してみてはどうでしょうか?!

アンリちゃんも情報量が多くて戸惑ってると思うけど、言いたいこと言った方がいいよ!地母神様も言うべきことがあると思います!」


 私の勢いに押されて、2人は顔を見合わせる。地母神には顔はないけれど。


「私とオルトさんは端っこで話してますので!では!」


 オルトさんの上腕二頭筋を掴み、有無を言わさずその場から逃げる。あの空気は耐えられない!

 それに、10年以上会ってないんだ。恨み言でも謝罪でも、甘えたいことなど何でも全部話すべきだ。


 でも、アンリちゃんが地母神の子で、オルトさんがお兄さんだったとは……ゲームではそれが明かされていなかったから、続編やDLCで明かされる謎だったのか?


「まさか、倒してたなんてな」


 オルトさんに話しかけられ、気まずさを思い出す。


「お恥ずかしい……」


「何でだよ。誇っていいだろ」


「いや、空気を読めていなかったので…」


「んなこと、関係ねぇだろ。それに、ありがとうな」


 人間の時とは違い、ぶっきらぼうな物言いに、初めて会った時のことを思い出す。


「沢山礼を言わなきゃならねぇ、

アンリを救ってくれたこと、

俺のことを誰にも言わなかったこと、

俺が化けてアンリの兄として出てきたのに、深く追求しなかったこと、

化け物を倒してくれたこと、

アンリと母親を二人にしてくれたこと、

……多すぎだわ、俺、お前に何にも返せねぇ」


「そんなことありません。私は私の都合でやったことです。

それに、私が没落した時に助けてくれると約束してくれたじゃないですか」


「そんなの、意味のねぇ約束だろうが」


「いえ、あります。私はあの時初めて、ここで守ってくれる存在がいたのですから」


「俺の気がすまねぇよ。

……魔物を倒せるアンタには必要ないかもしれねぇが、俺がこれから守るよ。ずっと」


「え?」


 これは、もしかして、そうなのか?

 いやいや、義理堅いだけだ! 勘違いしてはいけない!せめて、オタクよ!気持ち悪くなるな!


「ありがとうございます」


「お兄ちゃん!ルナ様!」


 私が微笑むと同時に、アンリちゃんが戻ってきた。


「もういいの?」


「はい、ルナ様、ありがとうございます!」


 アンリちゃんは深々とお辞儀をした後、オルトさんに向き直った。


「お兄ちゃんも、ありがとう。私のこと、ずっと見守ってくれたんだね」


「兄として当然のことだ。これからは俺がアンリとルナ様を守るよ」


「そっか……ねぇ、お兄ちゃん、ちょっとこっちきて」


顔を近づけてもらい、大きな狼の耳に内緒話をする。


(あのね、ルナ様には婚約者がいるの。でも凄く悪い人なの。お兄ちゃん、私と一緒に学校行ってルナ様を守ってくれない?)


(は!? あ、悪い人って何をしたんだよ!?)


(ルナ様を大勢の人がいる前で罵倒したり、私を妾にしようとしたり、他の人にも同じように声をかけているみたい)


 アンリちゃんの内緒話を聞いて、オルトさんはみるみる顔色を真っ赤にし、私の方を睨みつけた。


 な、何ごと!?


「明日から俺も学校に行く。そして、アンタの婚約者の王位を剥奪するッ!!」


 拳を握り締め、目が血走っている。

 何を言ったの、アンリちゃん!?


「私も手伝うよ!」


 2人には目的のことを言っていないのに、何で王位剥奪に乗っているの!?

 それに、何でやる気なの!?


 地母神の加護を手に入れ、強力な味方を得たはずなのに、私は訳も分からず、戸惑うことしかできなかった。

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