1.出会いは大腿直筋で

 私は前世では良いところが無かったブラック企業勤めのOLだ。

 転生先は乙女ゲームの悪役令嬢。

 ヒロインに、婚約者を取られることが決まっている哀れな存在。


 正直、婚約者との相性は悪いし破棄してくれた方が有難い。

 それに、八つ当たりした元婚約者を追放なんて最悪な決断をした王子に媚を売る必要なんてない。

 ヒロインもそんな奴と結婚するな!見る目がなさすぎる!

 それに、その際に何もなかったじゃあ惨めすぎる。


 だから、


「腹立つ奴をぶん殴れるぐらいに、筋力をつける!」

 

 特に前世で「あのさぁ」口癖のパワハラ上司みたいなやつ!


 これを目標に筋トレに励むことにした。

 習い事はまさに中世貴族の価値観による結婚相手に相応しいお稽古事だ。

 政治、読み書き、計算、縫い物、魔術、ここら辺は現代知識と乙女ゲームで培った知識の為、楽勝だった。伊達に20年は生きていない。

 政治だけはゲーム内で内情が詳しく明かされていない為に手間取ったが……。

 まぁ、なんとか出来た余裕時間に筋トレを行う。


 部屋にこもり、腹筋、腕立て伏せ、スクワット、プランク、シャドーボクシングの10回を3セット行う。

 それを朝、昼、夜。ストレッチと魔術も忘れない。

 魔術は肉体的強化に役立つからだ。


 最初はこれでいいのか、数が少なく不安に思うが、はじめたては少なくしないと心が折れるし、体に負荷が大きい。

 時間に余裕があるとは言え、毎日の習い事の隙間にやるから限界もある。

 まあ、社畜時代に比べたら軽いもの。


 というか子供の方が体力もあって、体も柔らかい。

 帰って座ると動けなくなりメイクを落とすのもやっとだった自分を思い出し悲しくなってきた。


 筋肉痛に悩まされるも、日々続けていけば段々と無くなってくる。

 そうなった時はメニューを増やす。


 そして、習い事に念願の乗馬が追加される。


 乗馬は有酸素運動で、背筋や腹筋といったインナーマッスル、足の筋肉まで鍛えられる素晴らしい筋トレだ。

 馬とも触れ合えるし、外に出て普段と違ってストレス解消にもなる。


 乗馬が趣味のシフノス王子にここだけは感謝だ。

 おかげで14歳には筋肉がつき、筋トレメニューも増やせた。

 力こぶができ、腹筋がついてきた。


 さて、現代にあって乙女ゲームにないもの……。

 それは、プロテインだ。


 中世ヨーロッパの世界観だが乙女ゲームなので冷蔵庫も、お風呂も、チョコレートもあるがプロテインだけは無かった。

 この世界のアスリートや、ボディビルダーは大変だろう。

 私が世のマッチョのため、これからマッチョになりたい人のために、自分のために、プロテインを作ろう!


 必要なのは、高タンパク質食品

豆類、大豆、ナッツ、種子、オートミール。

あとはスパイスがあればなお良い、手に入りやすいのは、シナモン、バニラパウダーか

 飲みやすいように甘味料も忘れないでおこう。はちみつ、メープルシロップぐらいかな


 商人から買ったものを台所に並べる。

 大豆、アーモンド、ナッツをまずは煮る。

 次に乾燥させる必要があるから、オーブンで低温にし数時間乾燥させる。

 オーブンがあって良かった。野晒しにして乾燥させる方法なんか分からない。

 乾燥できたら、ここで鍛えた肉体の本領発揮だ。


 魔術を拳に纏わせ


 ……粉砕!!



 滑らかになるまでしっかりと粉砕し混ぜる。

粉末状になったら、ふるいを使って粗い粒子を取り除き、均一なパウダーにしよう。

 あとは、シナモンやハチミツを加えて、魔術でバフも重ねがけて、味と効果を調える。

 完成したプロテインパウダーは、密閉容器に入れて冷暗所で保存する。


 材料をコップいれ、牛乳と果物と一緒にシェイクして、いざ実食!!


「……美味しい、それにバフとプロテイン効果か筋肉が付いてきてる気がする……」


 にやりと笑みを浮かべて、一気に飲み干す。

 飲むだけでなく筋トレも忘れない。

 プロテインは筋トレとセットで効果を発揮するのだから……!


 食事も忘れてはならない。

 貴族なだけあってパンと牛肉中心のメニュー。

 ただ、鶏肉や野菜、魚、菌糸類も忘れてはならない。

 農家に直接やり取りをし、支援金も渡す。

 すぐには無理だとのことで、初心者用の森に入り、鶏に似たモンスター、巨大なキノコも倒すが……流石に食べるのは憚られるので経験値だけ獲得しておく。

 魚だったら食べれるだろうか?

 ならば次の森へ、次へ、次へ……。


 





 ふと、視線に気づく。


「誰?」


「……よく分かったな」


 影から男が現れた。

 顔は狼で、二本足、鋭い爪と牙、尻尾が生えている。


 そして、マッチョ!!


 野生的ながらも洗練された筋肉。私よりも鍛錬が積まれたことがよく分かる。


「俺を見ても悲鳴をあげないとは、たいした奴だな」


「……鍛錬を積んだ素晴らしい肉体だと思う」


「ぶはっ!なんだそりゃ!」


 呆れたように笑われ、習ったことを思い出す。

 彼は人間ともモンスターとも違う、獣人だ。

 ゲームでよく見た種族を目の当たりにするのは驚きはしたが、素晴らしい筋肉の方が目についてしまった。

 むしろ、興奮で叫ばないようにしたので精一杯だった。


「実はな、お前に頼みがあるんだよ」


「頼み?」


「あぁ、お前のさっきの戦いを見ていてな、この森にある巨大な湖を知っているか」


「南の方の?」


「そうだ。そこにいる主を一緒に倒して欲しい」


「主って……角が生えた巨大な魚?」


「知っていたのか、なら話は早い!アイツを倒すと宝が手に入るんだ!

その宝はアンタにくれてやる!」


「貴方は何もいらないの?」


「俺は肉が欲しい……」


「肉?」


 一瞥すると彼は首を振った。


「悪いが、これ以上は手を組む奴にしか教えられねぇな」


 なるほど、利益のある話を全部手に入れられ、違うやつと組んで倒されたら大損になってしまう。

 攻略対象どころか見たこともないキャラで、気にもなる


「分かりました。手を組みましょう!」


「本当か!」


「ええ、それで、その肉は何か効果があるのですか?筋肉増強とか攻撃力が上がるとか?」


「いや、それを食ったら病が治るんだ」


「病?」


「そうだ。ほら、行くぞ」


 それ以上は話してくれないのだろう。

 私はカバンから先ほど獲得した身を取り出す。


「その魚、私が倒しました」


「は?」


「なので、この肉を貴方にあげます」


「は?んなわけねーだろ!俺を騙そうって言うのか?」


「まさか、そんな都合よく肉など持っているわけないじゃないですか。

それに、そんな嘘すぐにバレます。

バレてしまったら、貴方は私を殺し、家族も殺すでしょう?

そんなこと出来ませんよ」


 彼はぐぅと、唸ると私と肉をじっと見つめる。


「疑うのでしたら、これも付けましょう」


 首につけていたネックレスを渡す。

 魔石に魔力を込めて加護を宿している。防御力の増加に繋がる。


「こちらを売れば薬も食料も買えるので、何かあった時に便利ですよ」


「てめぇ、俺に施しをやって良い気になってんのか?」


「まさか!お礼目当てですよ」


「なんだよ……」


「無事にその肉が本物だと分かったら……」


 その筋肉を触らせてください!とすんでのところで押し止まった。

 初対面の相手に告げる条件としては、最低過ぎる。


「…….いえ、あー私が没落した時に助けてください」


「なんだよそれ……っち、返せってっても遅いからな」


 獣人はそれだけ言うと肉とネックレスを掴み、早々と立ち去っていた。

 あの筋肉で、素早さと判断力があるなら負ける者はいないだろう。いい肉体を見た。


 そろそろ帰ろうと森の入り口まで行くと、偶然、戦闘を村人に見られてしまった。

 村人から泣きながら懇願され、作物を食い荒らすモンスターや、商人を襲う野盗を退治した。


 両親には「はしたない!」と叱られたが

30人もの盗賊を素手で1人で退治してから何も言われなくなった。

 全ては筋肉と、バフと、ブラック企業のおかげ。

 最初はモンスターも野盗も対峙した時は、怖くて震えていたけど、上司の顔を思い出したら、気がついたら拳が顔面にめり込んでいた。


 そんな生活を続けて、私は15歳になった。


 身長170㎝、体重60kgの恵まれた肉体を手に入れた。


 いつも通り朝の筋トレメニューを終え、鏡の前でポーズを決めてみた。

 成長した自分の体に満足しながら、これからの生活にも希望が湧き、シックスパックを撫でる。


 婚約者のシフノス王子は、私は一回も会っていない。

 王子で忙しいのもあるのだろうが原作からして愛情は無かったのだろうから、そういうことなんだろう。


 悪役令嬢の、原作のルナの気持ちを考えて深くため息をつく。

 ……いけない。

 今日から新しい生活がはじまるんだもの!私は笑顔をつくり気合をいれる。

 

 気合を入れすぎて鏡にヒビが入ってしまった。





 貴族よろしく馬車で学園まで送られて校門をくぐる。

 私の知っている学校とは違い、仰々しい城だった。

 ここから、原作のストーリーが始まる。

 婚約者のシフノス王子と、ヒロインである主人公のアンリちゃんと出会うんだ……。


「君が、俺の婚約者かぁ?」


 突如背筋に悪寒が走る。

 この声はシフノス王子だ。でも、違う!

 こんな、こんな話し方をしない!

 こんなことって……!


 確かめるように振り向くとシフノス王子が下卑た笑みを浮かべて私を見ている。


「あのさぁ、俺は王子だよ? 自分から挨拶も出来ないの?」


なんでブラック企業のパワハラ上司も転生して、私の婚約者になっているの?!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る