第20話 弔い合戦の申し出

 練摩れんまが帰り、左助郎さすけろう波瑠子はるこに脅迫電話をし、その後の夕食時のことだった。


 夕飯は、鎖羅木さらぎ家の人間が一斉に広い居間に集まって食べる。毎日が宴会のような雰囲気で、山盛りの料理と大量の酒が配膳され、日々消費される。


 その日も普段通り、賑やかな夕飯の時間を過ごしていた。




「うわー。鎖羅木家の人ってこんなにいるんだ」


 居間の障子の一部が開き、そこから顔を出した少年が物珍しそうに呟いた。


 居間は長方形となっており、長辺の片方が廊下への出入口、もう片方が障子を隔てた縁側への出入り口並びに、そのさらに奥の庭への出入り口となっている。


 その縁側の方の障子から、その少年は入ってきた。



 見知らぬ少年に、鎖羅木家全員の目が釘付けになった。

 場が、一気に静まり返る。



「まだ頼んでないのに静かにしてくれるなんて、ありがたいな」


 少年は不気味な笑みを浮かべながら居間の中へ、文字通り土足で踏み込んでいった。

 畳に、少年の靴の跡がつく。



「靴ぐらい脱がんか、無礼者」



 左助郎が冷ややかな剣幕で少年に言う。

 鎖羅木家の者が、少年の周りを囲んだ。酒気を帯びて酔っ払っているものがほとんどであったため、今にも少年に襲い掛かる勢いであった。

 傍らに座っていた百良ももらあお嫦影じょうえいらは、突然の訪問者に目を丸くしていた。



「何者じゃ。泥棒にしては奇天烈な格好じゃが」

「怖いなあ。もうちょっと気楽に接してくれていいのに」

「質問に答えよ」


 少年の生意気な様子に、左助郎の苛立ちが更に増す。そして、身体から抑えていた纏い気が出始めた。周りの鎖羅木家の者も、同様に纏い気を出している。


 少年は身を震わせ、頬を若干赤らめた。



「そんな纏い気出して、威嚇しないでよ」



「……しん家の者じゃな」


 「正解せいかーい!」と少年は……耮馬ろうまは手を叩いた。


 纏い気は、一般人には見ることも感じることもできない。感じ取れるのは、鎖羅木家の人間と、目の前にいる真家の人間だけだ。



「何用で来た」



 真家と分かるや否や、左助郎らは更に大量の纏い気を放ち始めた。空気が震えた。

 今にも暴走するのではないかと、百良はヒヤヒヤしながらその場を見ていた。


「宣戦布告だよ」


 耮馬はそんな纏い気に臆することなく、微笑みながら言う。


「僕と鎖羅木家のみんなで、とむらい合戦をしよう。あ、合戦と言っても真家コッチは僕一人だから、えーっと、なんか良い表現ないかな?」

「弔い合戦………さてはお主」


 左助郎の額に浮かんだ青筋が、プチっとキレる音がした。血走った目を見開き、耮馬を凝視する。それは、耮馬を取り囲む他の者も同じであった。


 その様子を感じ取り、フッと笑みをこぼす耮馬。



「厚木で鎖羅木家の人たちを殺したのは、僕だよ」



 耮馬が、左助郎たちをあざけるように笑いながら言う。



「殺せっ!!!」


 左助郎のがなり声が響くと同時に、耮馬に向かって鎖羅木の人間が一斉に襲い掛かった。拳が、あるいは振り下ろされた酒瓶が飛んでくる。


 襲い掛かっているのは、中年層が主だった。というのも、殺された鎖羅木の人間の同世代が多い。

 夕飯の邪魔をされ、不躾ぶしつけな態度をとられた挙句、一つ屋根の下で酒を飲み合っていた家族を殺された。

 怒り心頭に達していた者たちが纏い気を出し、尋常ならざる力と速さで耮馬を襲う。


 耮馬はいともたやすく彼らの攻撃を避ける。

 しゃがみ、飛び、前転し、後転し、身体を自在に操り、無邪気な笑みを浮かべながら避けている。目にもとまらぬ速さだった。


 百良は蒼と身を寄せ合い、離れた場所からその様子を見ていた。



「何が弔い合戦じゃ! 今! ここで殺してしまえ! 殺された者の無念を、今晴らしてしまえ!!」



 鎖羅木家の咆哮が、建物を、空気を揺らす。



「今やっちゃあ意味ないんだよ。だから今度場所を設けようと思って来たのに」

「舐めるなよこの青二才がぁっ!!」



 無防備に立つ耮馬に、一人の男性が割れた酒瓶を片手に向かっていく。

 纏い気は、依然として溢れている。猪突猛進。真っ直ぐに耮馬に突進する。





 一瞬の出来事だった。



 耮馬が鋭く右足を垂直に振り上げると、男性の顎にヒットする。

 蹴り上げられたことにより、顎が砕け、脳が揺れ、気絶する。


 男性が畳に顔を、鼻が折れる勢いで落とす。

 そして足元に落ちた男性の後頭部めがけ、上げていた足裏を勢いよく突き落とし、踏みつけた。



 破裂した。

 スイカ割りの様に、赤い鮮血が飛び散った。水風船が割れた時のような音の中に、頭蓋骨が砕けた、微かな音を含ませて。


 頭部を失った男性の体が、一瞬痙攣し、瞬く間に動かなくなった。纏い気も煙のように薄くなり、消えた。



 沈黙に包まれた。

 畳に赤い血が染み渡っていく。

 耮馬が右足をどけると、脳みそと思われる臓器がニチャニチャと音を立てて崩れる。



「あ………あぁ……………」


 突然の怒涛の展開に、百良たちの塞がらない口から声が漏れる。



「………こっ、この野郎おおぉぉっ!!」



 今度は、男性二人がかりで立ち向かった。


 耮馬は両手で、それぞれの首を正面から掴んだ。それは、一瞬の出来事だった。

 多少早い程度なら、掴まれる前に対処できる。しかし、出来なかった。


 そもそも、本人たちは掴まれたことに気づけなかった。


 首を両手に掴むと、耮馬は己の顔の前で、思いっきり二人の頭をぶつけた。


 先程踏んだ時より勢いは弱いものの、二つの頭はお互いを潰し合った。

 男性たち本人にとっては、立ち向かった途端目の前が真っ暗になった。そんな、短い時間での出来事。


 顔が砕け、噴き出す血。耮馬の首元、顔に飛び散る。


 男性二人の頭は、もはや原形を留めていなかった。


 血管の浮き出た耮馬の手から、男性の首が離れる。

 相当な握力で握っていたのか、男性たちの首に耮馬の指がくい込み、肉がえぐれ、頚椎が剥き出しになっていた。


 足元に転がっていた体の上に、二つ、新たに落ちてきた。




「………本当はこんなことするともりなかったのに。先に襲って来たそっちが悪いんだよ」


 言葉とは逆に、耮馬の顔には絶えず笑顔が浮かんでいる。

 それも先程までとは違い、悦に浸るような、快楽を感じているような、困り眉が不気味な笑顔だった。


 鎖羅木家の者たちが黙り始めたのを機に、耮馬は話し始めた。



「改めて、弔い合戦ついて。月日は十月一日の木曜日。この日は中秋の名月だ。場所はこの辺りに広がる雨降山あめふりやまのどこか。時間は……決めなくていっか。ここだと思う時、ここだと思う場所に行けば、きっと巡り合えるよ」


 あたかもまるで何事も無かったかのように、耮馬は提案してきた。

 赤く染まった口元から、白い犬歯が露出する。



「あと半年近く……それまでに、僕を殺せるぐらい強くなってほしい」


 耮馬が、斜め上の天井を見ながら官能的に言う。



「……よかろう」


 冷や汗を拭った左助郎が、耮馬の提案を受け入れた。


「中秋の名月じゃな。その時に、お主を殺す」


 承諾されたことを受け、耮馬の口が一気に弧を描く。

 耮馬は、血にまみれた手で、血にまみれた口元を隠す。


「……楽しみにしてるね」


 赤い瞳を怪しく光らせ、左助郎を一瞥いちべつする耮馬。

 喜びで震えていた声を、必死に制御していた。


 それを最後に、耮馬は一瞬にしてその場から姿を消した。




 その場には無残に息絶えた頭の無いしかばねが転がり、血生臭さが漂っていた。

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