第21話 好奇の目

 「弔い合戦って、そういう……」

 「ま、練摩れんまにとってはどうでもいいことだろうけどさ」


 おぞましさに顔を青ざめる練摩を気苦労させないようにと、百良ももらは苦笑いしながら言う。


「受け入れるなんてって思ったでしょ。ウチの人たちは血の気が多いから、そういうのに目が無いの。敵を討ちたいってのも本心なんだろうけど、誰かしらはただ相手をボコしたいってだけの人もいるよ。多分左助郎おじいちゃんはそっち寄り」

「それって、百良ちゃんも参加するの?」

「しないつもり。神奈川コッチに住んでた人知らない人ばっかだし、行く理由がないもん。その点、練摩は本当に可哀そうだと思うよ」


 知らないといえど家族が殺されたというのに、百良は練摩の予想とは違ってドライな反応を見せた。


 知らない人の敵を、知らない人に討つ。百良の憐みの言葉が、練摩に深く染み渡った。

 練摩自身も、自分がこのような状況にいることに対して、自分自身を憐れみたい気持ちでいっぱいだった。



 易々と人を殺せる相手に立ち向かわなければならない。

 そんな恐怖と理解しがたい状況で押しつぶされそうになっている。





 だが、そんな心の片隅には、練摩も意識し得ない別の思想も確かにあった。



 _____________________________________



 練摩は鎖羅木家にいる間、あおと同室で寝泊まりすることとなった。

 部屋に荷物が少なかったため、消去法で選ばれたのだという。蒼はそのことについて文句は言っていない。単に「弟が出来た気分~」と少し浮かれていた。練摩の荷物運びを、後々家に帰ってきた蒼が手伝った。

 


 夕飯時になると、ぞろぞろと各々の部屋から鎖羅木家の人間が出てきて居間に集まる。

 畳張りの居間は部屋を分けるための襖が撤去され、奥行きのある広い空間となっている。そこに、長い座卓が二本連なって置いてあり、その両脇に座布団がいくつも並んでいる。


 居間の真ん中の畳には、周りの雰囲気と合わせる気のないレジャーシートが、ガムテープで端を固定され敷かれている。誰も何も言わずとも、そこが惨劇の場所であると自ずと理解出来る。


(こんな雑に……よくここでご飯食べれるな……)


 無神経と言うべきか、価値観の違いなのか。

 練摩は驚きを通り越して若干呆れていた。



 宴会料理の如く大皿がいくつも並べられ、様々な料理の匂いが混濁する。


 座布団に次々と人が座っていく。席は自由とのことだが、暗黙のルールで自分の席はほとんど固定されているのだろうといった雰囲気だった。


 酒瓶が何本も置かれ、手酌で自分が飲む酒をコップに注ぐ。

 酒を飲まない者は、あらかじめ用意していたソフトドリンクを注いでいる。



「皆の者、儂の方を向いとくれ」



 居間の端の真ん中で、左助郎が声をあげる。一斉に場が静まり返り、左助郎に視線が集まった。

 


「今日からウチに来た新しい家族をお主らに紹介したい。儂の孫の練摩じゃ」



 左助郎の隣で背中を丸めていた練摩が、ぎこちなく頭を下げる。

 ただでさえ人前に立つのが苦手な練摩にとって、自分に注目が向いているこの状況は大袈裟に言うと地獄でしかなかった。


 辺りがざわめき始めた。練摩の緊張感とは裏腹に、鎖羅木家の人間は別の事で声をあげていた。その内、一人の男性が「左助郎さんよぉ」と左助郎に問いかけた。


「孫ったあどういうことだ? 飌奈ふうなに新しいガキが生まれたにしちゃあ、育ちすぎてるきがするしよぉ。……まさかたぁ思うが、そのガキ……………」


 男の三白眼が、ギラリと練摩を睨みつける。練摩は怖気づき、足を後ろに一歩引いた。

 他の者も同様に練摩に疑惑の眼差しを向ける。



「あぁ。軈堵やがとの倅じゃ」



 左助郎は淡々と言い放った。

 軈堵の名前を聞いたことにより、先程よりも喧騒が大きくなった。しかもその矛先は、同じ座卓を囲む近隣の者同士ではなく、練摩向けられていた。


「軈堵だと⁉」「アイツは家を追い出されたと聞いたが」「生きていたのか」


 様々な声が向けられ、何が何だか分からない練摩の目には、涙が浮かび上がっていた。

 座卓の端に座っていた百良、蒼、嫦影じょうえいたちは何事かの様に家族に視線を向ける。その正面に座っていた飌奈と氷魁ひかいは、悔しそうにその状況を眺めていた。


「軈堵のガキってことはよぉ」


 先程の男性が、再度尋ねてくる。




「そのガキも、まとがねぇのか?」




 一瞬沈黙が走り、「え?」と練摩の目が丸くなる。


 纏い気というのは、鎖羅木家の人間固有する力が可視化されたオーラ。鎖羅木家の人間であれば、誰しもが持っているのもだと、そう思っていた。

 しかし、軈堵がその纏い気を有していないかのような男性の言い草。

 練摩はただただ混乱した。確かに軈堵と会った時、纏い気は感じられなかった。ただそれは、しまっているだけなのではと思っていた。そうではなく、そもそも有していなかったのか? ますます、軈堵が何なのか分からなくなってくる。


「練摩よ」


 その間に左助郎に話しかけられ、ハッと我に返る。


ふだを身に着けておるじゃろう。一瞬でよいからそれを取ってみい」


「札……あ、はい」


 一瞬困惑したが、すぐに理解し、練摩は札の入った御守りを首から外した。

 左助郎がそれを受け取り、御守りが練摩の体を離れるや否や、練摩の体から纏い気が溢れ出した。鎖羅木家の人々は、驚いたように声をあげながら練摩の纏い気をみつめる。


「見ての通り纏い気はある。儀式はこの間やったばかりでの。しまっている状態でこの量溢れとるのじゃ。潜在能力としては申し分ない」


 先程までガヤを飛ばしていた者たちが、一斉に黙る。

 左助郎は御守りを練摩に返すと「料理が冷める。はよう食うてしまおう」と呼びかける。


 色々思うところはあったが、人々はあまり深く考えなかった。

 手を合わせ、「いただきます」と言い、大皿の料理を取り分けて口に放り込む。


「お主は、百良たちのところで食べると良い」

「は、はい……」


 異様な空気感であったが、左助郎は相変わらず気にすることなく普段通りの態度で練摩に話しかける。それがまた、気味が悪くてたまらなかった。



 百良の隣に座ると、飌奈が申し訳なさそうに謝ってきた。


「ごめんなさい練摩くん。ウチの人たちが色々」

「いえそんな、謝らなくても大丈夫ですよ。その、何が起きたのか、いまいち分かりませんでしたし」

「僕もみんなが何言ってるのかよく分からなかったよ」


 蒼がリスの様に口にものを入れながら会話に入る。


「でもまぁ、なんとなくだけど、飌奈おかあさんが謝る必要はないんじゃない?」

「そうだぞ。悪いのは全部左助郎おまえのジジイだ」


 蒼の言葉に便乗し、氷魁が飌奈を慰めた。

 飌奈は下唇を噛みながら、「そうね……」とただ一言。


「とりあえずご飯食おうぜ。ほら、飌奈さんが作った油淋鶏ユーリンチー。絶品だぞ!」


 嫦影がその場の暗い空気を払拭するように、明るい声色で練摩に油淋鶏ののった皿を渡してきた。


「ありがとうございます」


 と練摩は皿を受け取った。

 手を合わせてから、練摩は料理を食べた。確かに絶品で美味しかったのだが、食べているその間、練摩はずっとあることを考えていた。






「ごちそうさまでした……」


 考え事をしているうちに手が無意識に動いており、練摩は大皿にあった山盛りの油淋鶏をほぼ一人で食べつくしてしまった。とっくに腹八分は超えており、張った腹と油まみれの口を押えながら、料理を作ってもらった飌奈にお辞儀する。


「すげぇ食べっぷりだったな」

「えぇ。見てて気持ちよかったわ」


 氷魁と飌奈が練摩をみて微笑む。


 夕食を食べ終え自室に戻っている者も居れば、まだ食べている人も居る。酒を飲み泥酔し、その場で眠っている者も居た。

 普段真楽まらと二人で生活で生活していたため、大人数での会食はどうにもすぐに慣れなかった。絶え間なく雑音が流れる空間は、馴染みのない練摩にとって少量の苦痛を生んでいた。


「大丈夫? 練摩」


 練摩の青ざめた顔を見て百良が心配する。

 「大丈夫だよ」と言いつつ、練摩は腹の苦しさに悶え、そそくさと居間を後にした。








 居間を後にした練摩は、庭の広がる縁側に居た。居間から障子を通って直接ではなく、室内の廊下を遠回りしてやってきた。


 吹きつける夜風が、熱く火照った練摩の体に心地よく当たる。

 ただ、自然だけが身を包む。


 夜空には星が瞬いている。灯りの少ないこの辺りでは、弱い灯りの星でもよく見える。


 練摩は縁側に腰かけた。

 しばらく目を閉じ、夜風を浴びた。



「お父さん」


 目を開け、遠くの星に話しかけるように一人で呟く。


「纏い気がないって……」


 聞いてからずっと、耳から離れなかった言葉だ。先程食事をしている最中にも、ずっと考えていたことだ。


 父親には、練摩にとって軈堵は、謎が多すぎる。


 特に分からないことは、実の母親を殺したということだったが、それに加えて今しがた、新たな謎も生まれた。


「………」


 そんな謎の多い軈堵はどういう人物なのだろう。一度会っただけでは、それを定めるに至らない。

 そんな謎の多い軈堵から生まれた自分は、一体何者なのだろう。そもそも鎖羅木家とは……………。


 らしくもない、途方もないことを考えていた。星を見て、夜風に当たり、満腹で、眠くなってきた。と言わんばかりに、練摩は目をこすった。



 その時、縁側を誰かが歩く音が、振動がした。



「隣、いいかい?」



 優しい声であった。その方向に目を向ける。

 首が痛くなるほど大柄な体躯の上に、慈愛に満ちた笑顔が星明りに照らされていた。

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