第19話 目標

「ウェルカム練摩れんま~!」



 鎖羅木さらぎ家の敷居をまたいだ途端、門の陰から声が聞こえたと同時にクラッカーが鳴り響く。出てきた音と紙吹雪に、練摩は驚いて一瞬肩をすくめた。


「待っておったぞ」


 そこに居たのは、クラッカーの残骸を持った左助郎さすけろうと、そんな子どもじみた祖父を恥ずかしそうに横目で見ている百良ももらだった。



「左助郎さん、それに百良ちゃん」

「そんな堅苦しい呼び方せずに、儂の事は気軽にじぃじと呼んでくれて構わんぞ」

「ちょっとおじいちゃん、恥ずかしいからそこら辺までにしてよ」


 いやらしい様子で話す左助郎を、百良は叱るように窘めた。


「つれないのぉ百良。まぁ冗談はここまでにして、連れてきてくれると信じてましたぞ。井手野下いでのしたさん」



 練摩の後ろにいた波瑠子はるこ、そして和凰わこうに向けて、左助郎が嬉々として話しかけた。


 鎖羅木家に長い間お世話になるということで、練摩は荷物を運ぶための鞄をいくつも持っていた。その一部を、和凰にも持ってもらっていた。家が近所とはいえ、何度も往復するのは流石に手間がかかると判断したためだ。


 鎖羅木家に行くと伝えられ、あっという間に週末となった今日。

 真楽まらは既に、朝一番の飛行機で福岡へと向かった。日が昇る前であったため、練摩の目がまだ覚めていない時間帯に出発した。軈堵やがとは一向に姿を見せなかった。部屋を覗くも、真楽の置手紙がポツリと寂しそうにあるだけだった。

そして昼になって波瑠子たちが迎えに来て、今に至る。




 左助郎が一人で盛り上がっており、他の者は冷めた目で左助郎を見ていた。唯一練摩だけが、その場の雰囲気を崩さないように愛想笑いを浮かべている状況であった。


 『おどれが連れて来いって脅してきたんだろうが』と心の中で毒を吐き、「左助郎さんの頼みですから」と上っ面の営業スマイルを完璧に浮かべる波瑠子。


「期間はどうじゃ?」

「四か月半です」

「うむ……もう少し欲しいところだが、充分か」


 もう少し欲しいの⁉ と呆れた思想が、練摩と波瑠子の心の中でシンクロした。


「荷物運びますよ」


 三人の横で、百良が和凰から荷物を受け取っていた。


「重いですよ。気を付けて」

「全然大丈夫ですよ。これぐらい」


 和凰が肩にかけていた鞄を、百良は軽々と片手で持ち上げた。

 鎖羅木家特有の怪力を何の気なしに見せつけられ、和凰は「おぉ」と蚊の鳴くような大きさでで感嘆の声が漏れた。




「それじゃあ、よろしくおねがいします」


 そう言い、波瑠子と和凰は練摩を置いてその場を去って行った。

 去り際に、二人は練摩に向けて申し訳なさそうに小さく手を合わせた。



「さて、練摩よ」


 左助郎の声に、練摩の身の毛がよだった。


 左助郎は元々、練摩を強くしたいがために鎖羅木家に来るよう誘致した。

 これから左助郎に何をされるというのか。想像できないが、想像もしたくなかった。


「これからお主にはここで暮らしてもらうが、それと同時に訓練を受けてもらう」

「訓練?」



 そもそも、練摩は自分の意思でここに来たわけではない。それ以前に、今までの出来事は全て練摩に降り注いだ出来事に過ぎない。ただただその場の状況に巻き込まれ、自分の意思をも関係なく今の状況に陥っている。

 まるで誰かが、裏で操っているかのようであった。


 練摩が道場かどこかに弟子入りし、訓練を受けると言うのであれば本人ももちろん腑に落ちる。しかし、現実は違う。

 何かの漫画かアニメで、『男なら誰しも地上最強に憧れる』と言っていたが、練摩にその気はほとんどない。ましてやこのような半ば強制的にやらされることが、不服でしかなかった。


遊んで暮らし、好きなものを好きなだけ食べて、気楽に暮らす平和な小学校生活。これこそ練摩が望んでいたものだというのに、今その理想が崩れようとしている。


一体何をされるというのか。左助郎の言葉を身構えていた。



「お主の戦闘力を上げる訓練じゃ。といっても、儂は手を出さんがな」



 「……え?」と練摩から疑問の声が漏れる。

 練摩のイメージでは、強さに貪欲な左助郎が竹刀を持ち、限界まで練摩を徹底的にシバき回すのだと勝手に完結していた。が、実際は左助郎は訓練とやらをしないらしい。


「一か月近くの交代制で、お主の指南役を用意した。そやつらに戦いのノウハウを教えてもらうといい」

「指南役って……」


 漫画でしか聞いたことの無いような言葉に、練摩は息を漏らした。


 途端に、ずっと黙っていた百良が「……おじいちゃんはさ」と左助郎に尋ねた。



「なんでそんなに練摩を強くしたいって思ったの?」



 そのことは、練摩が最も気になっていたことだ。


「前にも言わんかったかの。儂は強さこそ正義じゃと思っておる。より強い力こそ全てじゃ。だがの、ただ自分が強いだけなのは気に食わん。そこで儂は、強い奴を育てることに尽力したいと思う様になったのじゃよ」


 熱量に気圧されている練摩と百良をよそに、左助郎は続ける。



「自分で強くなるのには限界がある。ましてや儂はもう年じゃ。なら他人を強く育成すれば、儂の欲も達成感も満たされる! 飌奈ふうなが昔『たまごっち』なる物をやっていたが、それと同じじゃよ! だから儂は! 練摩の! 纏い気かのうせいに! ぞっこんなのじゃぁ~!!」




「アンタも災難だね」

「うん……」


 一人で叫ぶ左助郎を置いていき、練摩と百良は玄関へと入って行った。

 孫の世話をゲーム感覚で扱う、ロクでもない祖父だということが嫌と言うほどわかった。


「待ていお主ら。人の話は最後まで聞きなさいな」


 二人の後を、左助郎が小走りで追ってきた。


「もういいって。おじいちゃんが自己中ってことが良く分かったよ」

「いきなり何を言い出すんじゃ百良」


 左助郎は面食らったように背中を丸めた。

 高圧的な左助郎であったが、実の孫の言葉には反論出来ないらしい。


「……お、そうじゃ。良いことを思いついたぞ」


 と、左助郎は急にあることをひらめく。

 正直、練摩も百良も嫌な予感しかしなかった。




「練摩お主、とむらい合戦に参加せよ」




「とむらい……?」と練摩が疑問に思う傍らで、百良がハッと目を見開き左助郎を見つめる。眉間には皺が寄り、いぶかしげな視線を送った。


「過程を歩むからには目標ゴールがあったほうがいいじゃろ。お主には、今年の中秋の名月に行われる戦に参加してもらう」

「いくさ?」

「詳しい説明は百良にしてもらえ。儂はこの後ご近所の方と碁を打ちに行くんじゃ」



 練摩が何も理解できておらず途方に暮れているのを余所に、左助郎はそのまま外へ出て行った。玄関の引き戸が、ピシャリと音を立てて閉まる。

 玄関に、暗い影を落とす百良と何もわかっていない練摩の二人が大きな荷物を持って立ち尽くしている。


「ったくもう、言うだけ言っといてすぐ逃げる……」


 百良は閉まった戸に向かって舌打ちをした。



「……おじいちゃんが何言ってるのか、分からなかったでしょ」


 百良が唐突に話しかけてきたので、練摩は少し驚きつつ首を縦に振った。


「説明するよ……とりあえずついてきて」


 百良は靴を乱暴に脱ぎ、揃えもせずに家の中へあがって行った。練摩も慌てて靴を脱ぎ、自分の靴のついでに百良の靴も揃えてから百良のあとを追った。




 たどり着いたのは、家の縁側だった。


 片方は障子が、もう片方には何も無く、外の庭が広がっている。庭はほとんどが砂利の地面だったが、端にある池の周りだけ芝が生い茂っている。その周りを草花や盆栽などで装飾している。正に日本庭園と言った雰囲気であったが、そのすぐ近くに干してある大量の洗濯物や駐車してある車が目に入り、生活感が丸出しであった。


 春の陽気が差し込み、柔らかい風が肌を撫でる。


「ここでいっか。部屋の中より陰気臭くなくていいし」


 百良は練摩の荷物を持っていた手を降ろすと、縁側に腰かけた。

 練摩も同様に荷物を置き、百良の隣に腰かける。



「いい天気だね」


 百良が日光を体に受けながら気持ちよさそうに呟く。

 「そうだね」と練摩も同意する。太陽が浮かぶ青空には、雲一つなかった。


「……こんないい天気の時に、こんな話したくないんだけどなぁ。とりま、さっきのおじいちゃんの話の説明をするよ」


 百良は渋々話し始めた。




「この間、ウチの人が何十人も、一斉に死んだ」


「……え?」


 穏やかな天候とは裏腹に、百良の口から出たショッキングな内容とのギャップに、練摩は息を飲んだ。



「私みたいに和歌山から来た人たちじゃなくて、元々神奈川コッチに住んでた人たちだった。私が転校してくる前日ぐらいのときかな。伊勢原いせはらの隣町の温泉旅館だかどっかで………殺された」

「殺された⁉………」

「ニュースでもやってたらしいから、聞いたことあるんじゃない?」



 百良にそう言われ、ふと練摩は思い出した。


 ある日の朝、ニュース番組で報道されていた『団体客の大量死事件』。

 あれは確か、伊勢原市の隣にある厚木あつぎ市の旅館で起きた事件だ。おぼろげな記憶だが、確か警察が殺人事件とみて調査していると言っていた。


 練摩の体に異変が起き始めた日の事であった。



「あれか、厚木の……」


 練摩がハッと呟く。


「そうそう、厚木ってところの」

「あれって鎖羅木さんの……というか、殺人事件だったの?」


 百良はうなずいた。




「それでこの前………練摩がウチで儀式受けた日の後だよ。がウチに来た」



 練摩は驚きのあまり硬直した。

 百良は構わず、その時のことを語り始めた。

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