第12話 儀式
「何かって言われると、ちょっと説明がいるなぁ…………」
「噛み砕いて言うと、自分の中の力を全部一回引き出して、体に慣らすっていう…………う~ん、分かりづらいかも」
体を慣らすという言葉で、
“生まれつき出てるけど、扱いに慣れないってこと。あんただって知らないけど出てたんだよ。んで、あんたは慣れるどころかそもそも纏い気すら知らないから、そんな風にダダ漏れになってるんだよ。そういうこと”
確かこのように言っていた。
そう思い出したと同時に、大まかな儀式の全貌が少しずつ明らかになっていった。
「僕たちが持ってる
嫦影のあとに
「本当はこの儀式、三歳だか四歳だか、小さい頃にやるものなんだよ」
横から
「そうなの?」
「纏い気を全部出すってことは、鎖羅木の力を全部出すってことだから、本人が意図してなくても暴れる可能性が無きにしも
百良は心配そうに練摩を眺めた。練摩はその視線の意味が分からず不思議そうに首を傾げる。
「その儀式無しでこんだけ纏い気出てんだもんなぁ。こりゃ、暴れるどころじゃ済まないかもなぁ」
他の人物たちも目を細めて練摩を見つめる。練摩には何が何だか分からない。
「とりあえず、始めてみる?」
「やるなら早く終わらせた方がいいもの。練摩くん用の御守りも私作りたいし」
「だな。服はどうする?」
「ちょうどいいのがあるから…………」
練摩は氷魁に促され、別室で服を着替えた。着ていた長袖長ズボン、靴下までもを脱がされ下着だけになる。その上にバスローブ……というより
「着れたか~?」
「は、はい!」
部屋の外から氷魁の声が聞こえ、練摩は部屋の入口の引き戸を開けた。
「おーし。んじゃ、儀式の部屋に行くか」
長い廊下を、氷魁の後を追って歩く。
「あの……なんでこんな服に着替えるんですか?」
歩きながら質問する練摩に、氷魁も歩きながら答える。
「汚れるかもしれないからな。って、別にそんな死装束みたいなもんじゃなくてもいいんだけどな。汚れてもいい服ってのがそれしかなくて、ごめんな」
「いえ、それはいいんですけど、汚れるって……?」
その練摩の質問に、氷魁は一瞬言い淀む。
「あんまりこんな直前に脅すような真似はしたくねえんだが、言わないのもアレかぁ……」
廊下の奥、屋敷の入り口から最も離れた場所。そこにある部屋の入口の前で立ち止まり、氷魁が練摩の目線に合わせてしゃがみこみ練摩の左手を両手で包んだ。
「何で汚れるのかはすぐ分かる。あと練摩、この儀式は死ぬほど痛い」
「え? 痛い?」
主語と述語が微妙に噛み合っていない言い方と、出てきた単語の羅列に練摩は眉をひそめる。
「とにかく馬鹿みたいに痛くなるんだ。なんとか、頑張って耐えてくれ」
「は……はぁ」
相変わらず不明瞭ではあったが、ここでグダグダ質問をしていても進展がないので練摩はとりあえず受け入れることにした。
部屋の扉が開かれ、練摩が中に入る。
奇妙な部屋であった。
ここの敷地に入ってきたときに見た、門や家の外壁に貼られていたお
感触からして畳であろう床、前方左右の壁、天井一面、入ってきた扉の内側。全体に面の模様も色も透けて見えぬほどの、おびただしい量の札が貼られていたのだ。木枯らしで落ちた葉が地面を埋め尽くすように、何十何百何千もありそうな数の札が乱雑に貼られている。
妙に広い部屋の天井からは、中心から一本だけ、古びた豆電球がぶら下がっている。外からの光が札によって遮断された仄暗い部屋の中を、弱々しく照らしていた。
部屋に入って左手の壁に沿って、飌奈が壁を背に正座をしていた。服装は先程と同じ薄紫色のジャージのままであったが、その手には茶色く変色した端の崩れた薄い冊子がある。
「真ん中にどうぞ。すぐ終わるから、安心してね」
練摩に微笑みかけ、部屋の中央へと手を伸ばす飌奈。怖がらせないようとする配慮に練摩の不安が少し和らぎ、飌奈に促された通りに部屋の中央へと移動する。
(あれ? なんか、ここだけ色が…………)
練摩は立った場所の床を見て違和感を抱く。相も変わらず札で埋め尽くされている部屋であったが、その場所だけ札が塗りつぶされた跡かの様に変色していた。暗い部屋であったため鮮明には見えないのだが、確かに濃く黒に近しい色となっていた。
「それじゃ、そこに座ってくれる? 正座じゃなくても、三角座りでもあぐらでも、楽な姿勢でいいわよ」
三角座りって多分体育座りのことだろうなぁ。と思いながら、その場に腰を下ろす。その際に床に手をついたが、手がついた場所の札がボロボロと崩れ、練摩の手に付着した。
そのことに疑問を抱いたが「それじゃあ、早速やっていこうかしら」という飌奈の声に反応し、手を服で拭いた。
「少し長いけど、ちょっとしたお経みたいなのを読むわね。寝ない程度に落ち着いて聞いてもらえれば大丈夫。儀式はそれだけよ」
「はい。わかりました」
飌奈は一度深呼吸をしてから、持っていた冊子を開き書かれている文字を読み上げ始めた。
「イマ ココニオトサレシモノ スベテノヒトトナルモノ イヅレヒトツモノコサズ シンラバンショウ ウゾウムゾウ アマタニタイスルナンジラヨ…………」
飌奈は淡々と読み上げる。
最初こそその経の意味を読み解こうとしていた練摩であったが、次第に頭に言葉が入らなくなりやがて諦めた。
これに何の意味があるのか。そう思い始めた頃であった。
胸の奥が、頭の内側が、ジワジワと熱を発し始めたような感覚に陥る。
それは次第に大きくなり、体の内側がかき混ぜられているかのような不快感に見舞われた。
手足が痙攣し始め、震える体を震える腕で押さえつける。視界がぼやけ、今までハッキリと捉えられていた飌奈の姿が歪みだした。飌奈は練摩を意に介さず、読み上げを一定のペースで続ける。
「うっ」
突如、猛烈な吐き気を催し、口に右手を当てて額を床に打ち付ける。身体中から冷や汗が溢れ出た。一瞬でも気を抜けば今にも吐き戻してしまいそうで、呼吸すら満足に出来ない。あてのない左手は無意識に自身の胸倉を鷲掴みにしていた。
「うっぷぇっ」
胸が内側から込み上げてくるように熱くなった。それからやがて耐え切れなくなり、勢いよく嘔吐した。
そうして、何度も何度も、苦しみや不快感を吐き出さんと雑にむせた。
力なく開いた口から、生温い体液が滝の様に流れ出る。眼球が飛び出すほど見開いていた瞳が、その異様なものを捉えていた。
吐瀉物に色がついている。黒い、いや、もうほとんそ漆黒のような色だ。押さえていた右手から溢れ、服に、床に、その色を染みわたらせる。
ゆっくりと、口から右手を離し、その右手を凝視する。
黒く染まった右手。それも部屋が暗いから黒く見えているだけであった。
頬を液体が伝う。見開いた目からも、体液が出ていた。生暖かく、それほどなめらかに流れない液体。頬を伝い、顎に辿り着き、床に垂れる。その色は、口から漏れ出たものと同じ色であった。
「なに……これ…………」
過呼吸気味に、声を無理矢理絞るように出す。
それが何なのかはわかっていた。分かっていたが、言わずにはいられなかった。
練摩の口から、目から出ていたものは、紛れもなく血液であった。
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