第11話 玄関口での感傷会
「よくみりゃ
「ガキって……」と、若干の口の悪さに
「
「わりぃわりぃ。で、結局何者なんだ?」
その人物は不思議そうに練摩を見る。
この氷魁へ自身のことを伝えていないより、蒼に話していることの方が問題であることに気づく。
練摩は心の中で苦笑した。
「は、初めまして。
「こがたびぃ~?
「お母さんの苗字で……」
「ってことは親父が鎖羅木家ってことか。練摩の親父、何て名前なんだ? ちなみにウチの名前は
自己紹介と同時に、質問をしてきた氷魁。
その質問に答えていいのかどうか困り、百良の方をチラリとみる。そこで百良もハッとし、「そういえば」と言わんばかりに口を一瞬開け、すぐ閉じた。飌奈からの
「お父さんの名前は……」
言わないのは相手に取っても不自然だ。
言ってしまおうかと思ったタイミングで、背後の玄関の扉が音を立てて勢いよく開いた。
スゥーッと息を吸う音が聞こえたのと同時に、玄関の方を見ていた蒼のがスッと両耳を塞いだ。
「ただいまぁぁ━━━━━━━━っ!!!」
頭を揺さぶるような声量。声の主の姿が見えずとも、その
突然の大声に「うひゃあっ!」と練摩の肩が跳ね上がるほど驚いた。
振り返るとそこには、蒼と同じぐらいの年齢と思われる男性が、バスケットボールのキーホルダーをつけたリュックを片腕だけ通して立っていた。制服であろう黒い詰襟を身にまとい、土にまみれた使い古しているであろう運動靴を履いている。
少し焼けた肌、猫のような赤みがかった瞳、口からチラリと見える鋭い犬歯、平安時代ごろの人間を描いた絵によくみられる楕円状の眉と、非常に特徴の多い顔立ちをしていた。
前髪を左半分だけ上げ、どう言った原理か髪の一部が
「また新しい人増えた……」と若干人見知りの練摩は小さく溜息を吐いた。
「相変わらずうるさいなぁ
「静かに帰ってこれないの」
蒼がバツが悪そうにその人物に言う。あまり感情をハッキリと顔に出すような人物ではないが、蒼の表情は明らかに嫌悪感を示していた。
「挨拶は大事だぞ! 古事記にもそう書かれてるってな。…………って、あ? 纏い気出てるから一瞬分かんなかったけど、キミ誰?」
また自己紹介しなきゃならないのかと、内心面倒という気持ちが芽生えつつも「小形日練摩です」と名乗る。「鎖羅木じゃないんだな。俺は
「もしかして、あなたが……!」とまた別の声が練摩に届く。
玄関の外、嫦影の後ろにいたのは、百良の母親の
食材が外に飛び出るぐらい入った大きなビニール袋を片手持ち、練摩の方を見ながら立ち尽くしている。
「えっ……?」
「私のお母さん。ほら、あんたのお父さんの……」
そこで、この人が話に聞いていた百良の母親であることを察した。
髪色は違うが、狭く開いた目元の雰囲気はどことなく弟である
「本当に……軈堵の…………?」
涙の膜が張ったかと思えば、一気に決壊して
練摩、百良、蒼、嫦影の4人は、何故いきなり涙を流したのか理解できていない。
ただその中で唯一、氷魁だけは飌奈の言葉に反応した。
「やがと…………軈堵……⁉ まさか、練摩おまえ、軈堵のガキなのか⁉」
サンダルも履かず靴下のまま玄関に降り、一気に慌てた様子で練摩の肩を掴み揺する。
「は、はい」
「人違いじゃねえよな。え? 今はどうか知らねえけど、髪の色が銀色で、目の下に馬鹿みたいに濃い
「あります。髪も銀色で、長くてボサボサで……」
「あいつだ……マジか、生きてたんだな……よかった…………」
「えぇ……本当に…………」
男勝りな氷魁であるが、軈堵の話をした途端飌奈と同じように目を潤わせる。
肩を掴む両の手の震えが、練摩に伝わる。
「…………どういう状況?」
「分かんない……」
何が起きているのかサッパリ理解できていない嫦影は、ただポカーンとその様子を蒼と共に見ていた。
軈堵本人は「鎖羅木家と関わるとロクなことがない」と言っていたが、この様子を見ると何を根拠にそのような発言をしたのか意味が分かりかねる。
そもそも、何故軈堵は鎖羅木家から追い出されたのか。それすら分からない。ただ、今はそんなことを聞けるようなタイミングではない。
「おまえの親父、元気にしてるか?」
氷魁が練摩に質問する。若干の興奮状態で、先程までキミだった二人称がおまえに変化していた。
といっても、練摩はまだ一度しか軈堵と会ったことが無いのだ。気だるそうな雰囲気ではあったが、あれが普段の様子なのならば元気と言っても差し支えは少ないだろう。その真偽を今ここで確かめる
「あの、ちょっと」
横でずっと黙っていた百良が口を開いた。
「ずっとこんな玄関で立ち話もなんだし、家入ろうよ」
「そうね。ごめんね練摩くん。急にこんな……」
飌奈が涙を拭いながら謝罪した。
「ウチと飌奈は、高校卒業したと同時に一瞬、神奈川のこの家に住んでた時期があったんだ」
大広間に案内され、座布団のある場所に練摩達が腰かける。目の前の長細い座卓には、飌奈の注いだ緑茶と茶菓子が置かれている。
鎖羅木家というのは練摩の想像以上の大家族の様で、この大広間に来る道中で廊下を通った際、奥までいくつにも連なる部屋の出入り口から人の声が幾重にも重なって聞こえた。
「と同時に、軈堵が家から追い出された。ウチらはそのこと知らなくてよ、そりゃもう当時は焦ったもんだよ」
「じゃあ、追い出された理由とかって…………」
練摩がそう聞こうとした時、飌奈と氷魁の顔色が一瞬曇った。
「……言った方がいいか?」
「私からはどうとも……軈堵からは、何も聞かされてない?」
「いや……その…………全く何も……」
どうやら理由を知っている様子だが、言うことを
軈堵から「関わるな」と言われた。そう面と向かって言ってしまえば、飌奈たちは恐らく悲しむであろう。軈堵からは
軈堵はただそう言っただけで、鎖羅木家については何も話してはくれなかった。そんな状況だったと察したかのように、飌奈はハァと息をついた。
「なら、あまり言わない方が良いかもしれないわね」
「そうだな。軈堵にとっちゃあ、トラウマ以外の何もんでもないもんなぁ…………」
遠い過去を思い出すかのように、天井をボーっと見つめる氷魁。
ただ気になるという理由だけで軈堵の過去を探っていたが、どうやら暗く、思い出したくないような過去があるらしい。
そんな様子を見ると、好奇心よりも
「ちょっと、水差すみたいで悪いんだけど~……」
練摩の傍らで話を聞いていた蒼が手を上げた。
「練摩ウチに呼んだ理由、練摩のお父さんについてもちょっと聞きたいこともあったのもあるけど、他にも理由あるんだよ。ね、百良」
蒼が百良に話を回した。どうやら百良は、軈堵のことで感傷に浸っている飌奈たちの会話に口をはさむタイミングが分からず、ずっとやきもきしていたようだ。そこを兄である蒼が機会を作ってくれたらしい。百良は「う、うん。実は……」と話を振られたことに一瞬気づくのが遅れ、たどたどしく話し始める。
「纏い気がダダ漏れだから、練摩に
「えっ⁉ あ、そっか! ってことは練摩、儀式無しでその纏い気なのか⁉」
嫦影が、飲んでいる途中だった緑茶を噴き出した。
再度出てきた『儀式』と言う単語。受けた方が良いなどやってほしいだの勝手に話が進められているが、その詳細は一切分かっていない。宗教的な何かであろうか、はたまた呪術的な何かか。
「あぁ、そうね。よく考えてみれば、ずっとこの状態で外出てたのね」
「とはいえ、なんでしまわなきゃならねえんだろうな。ぶっちゃけ理由ウチらも分かってねえんだよな」
「なんとなく分かんないのは分かってた」
百良は淡々と呟いた。
何が起きるか分からない練摩は、意を決して質問する。
「あの…………儀式、ってなんですか?」
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