発火

 三日後。依頼を受けようと斡旋者の元へ訪ねる。

「ギナ・ジーン。普段から研究のために学者ギルドの拠点に住み着いている。達成確認は標的の首と標的が依頼人から剽窃したとされる論文書」

「剽窃……。相当恨みを買っているんだな、可哀想に」

「可哀想?」

「いや、少し思っただけだ」

「お前にそんな情があったのか」

「冗談言え。行ってくる」

受注後、直ちに目的地へ向かう。俺に情? そんなものある訳ないだろう。持つとしたら兄さんへの情だけだ。それ以外の人間なんて自分には関係ない。


 学者ギルドの拠点は街の片隅に位置していて、辺りを徘徊する警備兵の目に届きにくい構造をしている。今回も円滑に進みそうだ。

無事に侵入した標的の部屋には、かなりの数の実験器具や文献が散らばっていた。酷い匂いだ。こんな所に籠りっぱなしで何を研究しているんだろうか。奥に目をやると、ギナは机に突っ伏して眠っていた。まさか今から自分が命を奪われるなんて思ってもないだろうな。いつも通りの感覚で手にした暗器を首に突き刺そうとした、その瞬間。


——死にたくない


何が起こったのか理解が出来なかった。俺はただ任務を全うしようとしただけだ。それなのに。

「なぜ相手の感情を考えてしまう……?」

思わず溢したその言葉で、ギナが目を覚ました。

「だ、誰ですか?!」

彼は大声を上げ、椅子から転げ落ちる。無理も無い。振り向けば知らない男が鋭い得物を持って立っているんだ。

「静かにしろ!」

無意味だと分かっているのに、標的に叫ばない様に促す。

「ひぃ! 誰か! 誰かぁ!!」

腰を引かしながら戸を開けようとするギナを静止し、無理矢理にでも息の根を止めようとする。


——嫌だ、殺されたくない


まるで自分が標的になったかのような感覚に陥る。なんなんだこれは。俺の身に何が起こっているんだ。

「助けて、助けて!!」

まずい。このままでは外に出てしまう。

「いい加減にしろ!!」

脳内に傾れ込む意識をなんとか振り切り首元目掛けて暗器を刺し、ギナはそのまま動かなくなった。身体が灼けるように熱い。なんだこの感覚は。何故俺は”罪悪感”を感じているんだ? だが考える時間なんてない。部屋の壁越しに足音が近づいてくるのが分かる。俺はギナの遺体を抱え一目散に窓から飛び出し、その勢いで暗殺者ギルドの拠点へ向かった。


「標的の首は確認した。論文書の提出を」

斡旋者からの言葉でハッと気付く。逃げるのに必死でもう一つの達成目標を完全に失念していた。

「すまない、面倒な状況になってしまって取り損ねてしまった。明日には持ってくる」

「珍しいな。そんな失態を犯すなんて」

「……」

何も言えず、その場を出ていく。確かに言われた通りの自覚はあった。本当にどうしてしまったんだろうか。一旦考えない様にしよう。いつも通りの服装に着替えて、いつも通りに家を帰ろう。今日の失態は明日取り返せばいい。そう思いながら、帰路を辿る。

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