謝罪

 今日は変な時間に目覚めてしまった。

 家にいてもやることがないしたまには早めに学校に行ってみるか。


 いつもは結構ギリギリで学校に行っているからたまには気分転換でいいだろう。

 それに誰かと会えるかもしれない。


 俺は少し期待してしまっている。

 早めに学校に行けば七瀬さんと桃に会えるかもしれないと。


 とは言っても時刻はまだ六時半だ。

 学校が始まるのは八時だからまだ一時間半もある。

 さすがに誰もいないか。


 そう思いながら廊下を歩いて教室に着く。


 教室を入る前に誰かいないか顔を覗かせて中を確認する。

 すると七瀬さんが椅子に座って本を読んでいた。


 いつもこんな早く学校に来ているのか!?

 確かに前々からしっかりしている人だとは思っていたけどまさかここまでとは。


 教室に入って話しかける。


「おはよう七瀬さん」

「清村さん!? どうしたの? こんな朝早くから」

「それはこっちのセリフだよ」

「確かに、それもそうだね」


 そして俺たちは微笑み合う。


 たまには早く来てみるのも悪くない。

 今までの俺だったら早く来ようなんて絶対に考えなかった。

 多分俺の中でなにかが変わったのだろう。

 友達は大切だと思い知らせられる。


 七瀬さんの隣に座って時間が過ぎるのを待つ。

 七瀬さんはずっと本を読んでいる。


 長いまつ毛に綺麗な翠眼すいがん、そして鼻も高くて唇も口紅を塗ったかのようにほのかに赤い。


 こんな子が本当に自分の友達なのか? と改めて思う。

 俺にもし男友達がいれば今すぐにでも自慢したいぐらいだ。まぁ七瀬さんは彼女ではなくただの友達だが。


「もしかして、私の顔になにかついてる?」

「ご、ごめん、なんでもないよ」

「それならいいんだけど」


 七瀬さんはそう言って本で顔を隠しながらまた読み始める。


 どうやら見られるのが嫌だったらしい。

 確かに女の子の顔を凝視するのは良くなかった。反省だ。

 

 それからは一言も喋らずに時間が過ぎるのを待った。

 だけど決して気まずい雰囲気ではない。心地よい時間だった。



 時刻は八時——もう教室にはいつも通り、クラスメイトたちがグループを作って話している。

 そして隣では桃と七瀬さんが話している。


 桃が教室に来た時は『京介が私より早い!?』とすごい驚かれた。

 確かにいつも教室に入る時、桃と七瀬さんが話しているのを目にする。

 だけどそんなに驚くことかな?


 そろそろ朝のホームルームが始まる。

 一度教室を見渡すとあることに気がつく。


 島崎がまだ来ていない。

 まだ授業が始まるまで時間があるとはいえ、あいつが遅刻をするとは。

 朝、来た時の島崎は毎回女子に囲まれてなにか話している。


 島崎を心配する声が聞こえてくる。


「隼人くんどうしたんだろう?」

「体調不良かな?」


 体調不良なんかじゃない。やっぱり原因は昨日のことだろう。

 もしかしてなにか策を考えているのだろうか?

 そうだとしたら厄介だ。

 こっちもなにか考えておかないと。


 すると教室のドアが開く。


 島崎かと思って驚くが入ってきたのは担任教師だった。

 俺の安堵とともに朝のホームルームが始まった。


 ◇◇◇


 午前の授業が終わって昼休みが始まる。

 隣で桃が七瀬さんにご飯を食べようと誘っている。


 俺はどうするか……たまには教室で食べるのも悪くはないがどうしても一人だと居づらい。

 七瀬さんたちに混ざりたい気持ちはあるけど、女子だけのグループの中に一人だけ男子が混ざることになってしまう。

 周りにどんな目で見られるかは容易に想像できる。


 やっぱり今日も屋上で食べるか。

 そう思い席を立つと同時に教室のドアが物凄い勢いで開く。


 ドアの方に目をやるとそこにいたのはまさかの、島崎隼人だった。


 どうしてあいつがいるんだ!?

 いや、いること自体は変なことではないが今になって学校に来たのか? なんのために?

 なにか理由があるに違いない。


「隼人くん!」

「どうしたの? なにかあったの?」


 島崎はそんな女子たちの心配を無視してこっちに向かって歩いてくる。

 そして俺の前で立ち止まりいきなり頭を下げる。


「昨日は本当にすまなかった!」

「……え?」


 理解するのに少し時間がかかった。


 どういう風の吹き回しだ?

 隣で見ていた七瀬さんと桃もいきなりのことで驚いている。


「考えたんだ、昨日佐倉さんが言ったことを。俺は今まで自惚れていた。本気を出せば全ての女子を自分のものにできると思っていた。だけどそんなことは不可能ということが昨日で思い知らされた」


 当たり前だ。顔がいいだけで自分の欲しいものが手に入るなら人生はもっと簡単だ。


 確かに初めは厄介事に巻き込まれたとは思ったが、ただ七瀬さんと遊んでいたのを噂されただけだ。

 大して俺に傷はない。


 謝るなら。


「俺じゃなくて隣の二人に謝ってくれ」

「分かった。七瀬さん、佐倉さん。この度は本当にすみませんでした!」

「いや、私は特になにもされてないから大丈夫だけど」

「私も、清村さんが大丈夫って言うなら……」


「…………」


「えっと、じゃあこの問題はもう解決ということですか?」

「そう、だね」


 案外あっさり終わったから島崎は戸惑いながら桃の顔をチラチラ見ている。


 昨日、桃に言われたことを気にしているのだろう。

 島崎からすれば桃は気づかせてくれた恩人だ。

 桃が気になってしまうのは仕方ない。


「じゃあ、俺は席に戻るね。話を聞いてくれてありがとう」

 そう言って島崎は自分の席へ戻っていった。


 急なことで驚いたが、これでこれからは平和に過ごせる。

 そう考えれば安心だ。七瀬さんに迷惑がかからなくて良かった。


 だけどなにか引っかかる。

 なんだろう……またなにか面倒事に巻き込まれる気がする。

 いや、さすがに気のせいだろう。


 俺はそう考えて午後の授業をやり過ごした。



 授業が全て終わり、帰り支度をしている途中でまた島崎に話しかけられる。


「京介くん、今から少し時間をもらえないかな?」


 なんだろう。

 嫌な予感がするが彼はもう反省してちゃんと誠意を見せてくれた。

 少しなら信頼してもいいんじゃないか?


「分かった、少しだけなら……」

「ありがとう。それじゃあ早速行こうか」


 行く? どこへ向かうんだ?


 学校を出てから数分歩くと目的地はすぐに到着した——ここは喫茶店だ。


 外装を見ておしゃれな店だと気づく。

 こんな店に入るのは初めてだから少し緊張してしまう。


 店に入って席へ案内される。

 俺と島崎は向かい合う形で座る。


「俺はコーヒーにしようかな。京介くんはどうする?」

「えーと、じゃあカフェオレで」

「かしこまりました。コーヒーとカフェオレですね。少々お待ちください」



 数分ほど経つと俺たちの卓にコーヒーとカフェオレが届けられる。

「ごゆっくりどうぞ」


 届いたカフェオレを一口すする。


「…………」


 島崎は飲み物を頼んでから一度も喋らずにずっと俯いている。

 緊張しているように見える。どうしたんだろう。


「あのー、話って?」

「あー、そうだね。じゃあ……話すよ」


 なんだ? 雰囲気が一気に変わった。


 島崎は一度、深呼吸をしてから話し出す。


「その、実はさ、俺…………佐倉桃さんのことを好きになったんだ!」

「え?」


 俺の嫌な予感は的中した。

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