プライド

 俺は家に帰ったあとずっと今日のことを考えていた。

 それは次の日まで続いた。


 ◇◇◇


 休日が終わり学校が始まる。


 月曜日の朝はいつも憂鬱だ。

 だけど今日の朝は少し気分がいい。

 もしかして学校が楽しみなのだろうか……?


 そう考えながら学校に入って教室までの廊下を歩く。


 その時になにか違和感を感じる——この違和感は……誰かに見られている?

 しかも驚くことにそれは一人ではなく周りの人、全員が俺のことを見ている。


 どうしてこんなに注目されているんだ? なんだか怖い。

 だけど悪目立ちという感じでもない。強いて言うならこれは嫉妬……?

 とは言え、今まで生きてきて目立ったことなんて一度もないから悪目立ちじゃないとしても怖いのは変わらない。


 早く教室まで行こう。

 そう思い教室まで小走りする。


 教室に着いてドアを開けると、クラスの人たちが一斉に俺の方を見る。


 なんなんだ、これは……もしかして休日、遊びに行ったのが誰かに見られていたのか?

 確かに今の七瀬さんは学校の人気者だ、特に男子生徒から。

 そんな彼女が休日に男と遊んでいたなんて噂をされれば男子たちが黙っていないだろう。


 いや、まだ休日のことだと確定したわけではない。

 もしかしたら来年入学してくる超絶美少女『清村彩乃』の兄が俺だと分かって目立っているという可能性もゼロではない。


 そんなわずかな可能性にかけて自分の席までゆっくりと歩く。


 歩いている時に男子生徒の話し声が聞こえてくる。


「おい、清村京介が来たぞ!」

「やっぱりあの二人付き合ってたのか。早めに告っとけば良かった」


 それを聞いてやっぱり休日遊んでいたのを誰かに見られていたんだと確信する。


 それと俺たちは付き合ってない——そう自分の中で否定する。

 声に出して言おうか迷ったがさすがにそれは七瀬さんに失礼だ。


 自分の席の方に目をやると桃と七瀬さんが二人で話していた——桃だけ立って七瀬さんは普通に座っている。

 前の時、俺の席を使ったことを気にしているのだろう。


 俺は二人の姿を見た瞬間に恐怖心が安心感へと変わる。


「二人とも、おはよう」


 俺がそう挨拶すると七瀬さんはなぜか頬を赤らめて俯く。


「おはよう。ってそれよりも京介、なんか噂されてるよ?」

「そうだね、ごめん二人とも巻き込んじゃって」


 すると七瀬さんが顔を上げる。


「清村さんはなにも悪くないです!」

「そうだよ、なんにも謝る必要なんてないよ。それに噂されてるのは私じゃなくて二人だけだよ」


 つまり遊園地で目撃されたのは七瀬さんと俺、二人だけなのか?

 確かにそれだとさっき男子生徒が話していたことにも合点がいく。


 さっきの男子生徒は『二人は付き合っていたのか』と言っていた。

 もし桃も一緒に目撃されていれば噂は三人で遊んでいることになってデートとは思われていなかった。

 つまり桃が見つかっていないから俺たち二人は付き合っていると勘違いされたということだ。


 だけど俺と七瀬さんが二人きりになったのは桃が水を買いに行った時の一回しかない。

 ということは噂を流したのは……


 そう考えていると一人の男子生徒が近づいてくる——クラスのイケメン、島崎隼人だ。

 そう、あの時、俺たちの周りにいたのは島崎ともう一人の女子生徒しかいなかった。

 つまりこの噂を流したのはこいつだ。


 島崎が話しかけてくる。


「おはよう、清村京介くん」

「おはよう。この噂を流したのは君だよね?」


 そう言うと島崎は薄笑いを浮かべる。


「なんのことー?」

「とぼけても無駄だよ。もう分かってるから」


 噂を流しただけで悪者になるわけではないが、こんな言い方、悪意があるようにしか見えない。


「どうしてこんなことをしたんだ?」

「どうして、か……」


 ここで考える時点で自分が犯人と自白しているようなものだ。

 見た感じ噂を流した理由なんてなさそうだ。

 多分今から彼が吐く言葉は——


「面白そうだったから?」


 やっぱり。

 ただ面白そうという理由で厄介事に巻き込まれるこっちの身にもなってほしい。


 そう考えていると担任の女性教師が教室に入ってくる。


「じゃあね、京介くん」


 島崎はそう言って自分の席へ戻っていった。


 まさかあの島崎隼人に顔を覚えられていたなんて思っていなかった。

 あの遊園地で俺は七瀬さんをちゃんと隠せていたはずだ——多分、目が合った時に俺だと気づいてその時に後ろにいた七瀬さんにも気づいた感じだろう。

 俺の顔は最近クラスの人気者になった『七瀬芽衣』とよく話している男で覚えられていたのかもしれない。


 これからもこういうことがあれば七瀬さんにまで迷惑をかけてしまう。

 俺はどうすればいいんだ……


 ため息をつくと同時に朝のホームルームが始まる。

 今日が最悪な日にならないことを願う。


 ◇◇◇


 全ての授業が終わって帰り支度をしていると机の中に一枚の紙が入っていることに気がつく。


 開けて中身を読む——

『放課後、屋上で待ってる』


 読んだ瞬間、これは島崎が書いたものだと分かる。

 朝、話している時に机に入れられたのだろう。

 一日中、気がつかなかった自分に驚いてしまう。

 それだけ今日は色々と考え事をしていたということだ。


 屋上か……宣戦布告でもされるのだろうか?


 お気に入りの場所が嫌いな場所に変わらないことを願いながら屋上へ向かう。



 ドアを開けて屋上を見渡すと島崎がフェンスを掴みながら待っていた。


「来たか」

「こんな所に呼び出して、なんの用だ?」

「一つだけ聞きたいことがある。お前は今まで女の子から何回告白されたことがある?」

「それは、どういう意味だ?」

「特に意味はない」

「ゼロだ」


 一回と言いたいところだが前の告白は罰ゲームだったから嘘になってしまう。

 それよりどうしてこんなことを聞くんだ……? 俺に恥をかかせたいのか? それともマウントを取りたいのか?

 どっちにしろ悪趣味だ。


「だろうな。俺は今まで数え切れないほどに女の子から告白された」


 こいつ、俺にこんな自慢をするためにここへ呼んだのか?


「だけど自分から告白をしたことはなかった、中学の時までは。こんな俺だから告白は成功すると確信していた。なのに告白は断られた」


 彼が言っているのは七瀬さんのことだろう。


 朝言っていたことと話の内容が違う。

 噂を流した理由はこっちが本心だろう。

 朝は隣に七瀬さんがいたから本性を隠していたのだろう。


 大体今ので言いたいことが分かった気がするが一応聞いておく。


「つまりなにが言いたい?」

「彼女は俺を振っといて、どうしてお前みたいな奴と付き合うんだ? 理解ができない」


 今日で分かった。

 彼はイケメン故にプライドが高い。

 信じたくないが彼は確かにイケメン。だから自分より下の奴はとことん見下す。

 その見下す対象は俺も入っている。

 そんな俺が自分を振った七瀬さんと仲良くしているのが許せないのだろう。


 正直に言うとめんどくさい。


「一応言っておくが俺と七瀬さんは付き合っていない。確かに仲はいいけどそういう関係になったことは一度もない。多分、七瀬さんも俺のことは普通の友達と思ってる」

「なら、どうやってそこまで仲良くなった?」

「どうやってって言われても、普通に友達になったとしか」


「そうか、分かったぞ。七瀬さんはお前に弱みを握られてるんだな」

「え?」

「七瀬さんの素顔を知っているのは俺だけだと思っていたけどお前も知ってたんだな。それでお前は彼女をストーキングして弱みを握って仲良くしている」

「ちょっと待ってくれ。勝手に妄想を膨らませないでくれ」


 駄目だこいつ。話が通じない。

 多分、彼は見下していた奴に負けたことを認めたくなくて変なことを言っているのだろう。

 どうすれば理解してくれるんだ……?


 いきなり入口の方から声が聞こえてくる。


「私は弱みなんて握られてない!」

「弱みって……」


 声の方向に目をやるとそこには七瀬さんと桃が立っていた。


「七瀬芽衣!?」


 島崎はそう言って入口の方に近づいて七瀬さんの両肩を掴む。


「七瀬さん! 言ってくれ! あいつにどんな弱みを握られてるんだ?」

「え!? なに!?」


「ちょっとなにしてんの!?」


 桃がそう言って島崎を七瀬さんから引き離す。


「なにするんだ!? もしかしてお前あいつのグルなのか? くっそ! どうすれば助けられるんだ……」


 もう無茶苦茶だ。

 彼の暴走を止めれる気がしない。


「どうしてあんな奴の味方をするんだ?」

「いい加減に……」


 七瀬さんがそう言うと同時に桃が大声で言う。


「いい加減にして! 今まで女の子からチヤホヤされてきたんだろうけど、それが全員に通用すると思わないで! 私たちは京介と一緒にいたくて一緒にいるんだから! そこは、勘違いしないで……でも友達としてだからね!」


 どうして言い直すかは分からないけど、さすがにこれで島崎も諦めてくれるだろう。


 島崎は無言のまま七瀬さんを押しのけて逃げるように走っていった。


 理解してくれたのか……?

 でもとりあえず切り抜けれた。


 俺は二人に近づいて押しのけられた七瀬さんの手を引く。


「ありがとう」

「それはこっちのセリフだよ。俺だけだったら彼はずっと諦めなかったと思う。本当に助かったよ」

「だけど彼、あれで諦めたのかな?」


 確かに。あれだけで諦めるとは思えない。

 これからもこういうことがあればまた俺は二人に助けてもらうことになる。

 その前にどうにかしないと。


「京介、また一人でどうにかしようとしてない? たまには私たちを頼ってくれてもいいんだよ?」

「そうだよ。私、清村さんに何回も助けてもらってるのにまだなにも返せてないまま」


 そんなことないと思うけど、確かに全て一人で解決しようとしていた。


「分かった。次またこういうことがあったら二人を頼るよ」


 良かった。二人のおかげで今日は最悪な日にならなかった。

 これからも何事もなく平和に過ごせればいいが。

 そんな心配と共に家へ帰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る