遊園地
電車に乗っている時にふと思う——今からどこに行くんだ?
そういえば行き先を聞いていなかった。
遊びに行くにしても三人で行ける場所……想像がつかない。
俺は横にいる七瀬さんに小声で話しかける。
「これ、どこに向かってるの?」
七瀬さんは一度「うーん」と悩んでから答える。
「着いてからのお楽しみ!」
桃の方に目をやると俺と同じく頭の上にはてなを浮かべている。
どうやら桃も行き先を知らないらしい。
一体どこに連れていかれるんだ……
◇◇◇
「着いたよ」
「ここは……」
連れてこられた場所はまさかの——
「遊園地?」
遊びに行こうとは言われたがこんな本格的な遊びとは思っていなかった。
行くとするなら買い物とか映画とかだと思っていた。
確かに三人なら遊園地は良さそうだが。
「どうして遊園地なんだ?」
「二人を仲直りさせようと思って遊園地を選んだけど、もうその必要はないね」
なるほど、でももし桃が俺を嫌っていたらこんな場所絶対に気まずくなっていた。
だけど七瀬さんは俺たち二人の心情を知っていたから仲直りさせようと遊園地に連れてきた。
確かにそれだと辻妻が合う。
まだ桃が俺を嫌っていたら七瀬さんはこんな所に連れてこないだろう。
今思えば七瀬さんは俺たちの心情を知っていたのになにも言ってこなかった。
七瀬さん視点だと焦れったくて早く仲直りしてほしかっただろうに。
「お金は安心してね、チケットは三枚持ってるから」
七瀬さんはそう言ってチケットを三枚見せてくる。
もしかして来る前に俺たちの分を買ってくれていたのか?
嬉しさより正直、申し訳なさが勝ってしまう。
そう考えていると桃が先に言う。
「さすがにそれは申し訳ないから払うよ」
「これお母さんからもらったやつだから、お金は大丈夫だよ!」
それだったら、安心? なのか?
まぁ七瀬さんがいいと言ってくれるなら甘えさせてもらおう。
俺と桃は七瀬さんからそのチケットを貰って中に入る。
「どれから乗る? このジェットコースターとかすごい楽しそうじゃない!」
七瀬さんはよほど楽しみにしていたのかすごくはしゃいでいる。
だと言うのに後ろにいる桃はなぜか緊張しているように見える。
もしかしてチケットを貰ったことがそんなに申し訳なかったのだろうか?
それともまだ俺のことを気にしているんだろうか。
俺が桃を嫌いになったことなんて一度もないのに……なにをそんなに気にしているんだ……
なんか桃らしくない。
前の桃はなんでもきっぱりと言っていたからこういうことは気にしないと思っていた。
今まで桃のことは結構知っている気でいたけど俺はまだ桃の知らない部分がたくさんあるのかもしれない。
「早く行くよ!」
そう言って七瀬さんに手を引っ張られる。
俺は引っ張られながら後ろにいる桃に言う。
「桃も早く行くよ!」
せっかく七瀬さんが用意してくれたんだ。今日は楽しまないと。
そう思うと同時に俺なんかがこんな美少女二人と遊んでいいのか? という疑問も生まれる。
いや、こういうのは気にしたら負けだ。
俺は考えるのをやめて目いっぱい楽しもうと思った。
まず初めに七瀬さんが目を付けたのはジェットコースターだ。
まぁ遊園地においてジェットコースターはドがつくほど定番のアトラクションだ。
目を付けるのも仕方がない。
実際俺も一番初めに気になったのはあの何十メートルも上に伸びているジェットコースターだ。
だけど絶叫系は苦手な人もいる。
七瀬さんを見る限りそういうのは平気そうに見えるが桃はどうなんだろうか?
そう思い後ろに目をやると桃は目を輝かせながらジェットコースターを見ていた。
うん、心配する必要はなさそうだ。
早速ジェットコースターの方へ向かった。
俺たちは最前列に案内される——俺は二人に挟まれる形で座っている。
左には七瀬さんがいて右には桃がいる。
安全ベルトをすると乗っている機体が動き出す。
動き出したというのに左右にいる二人はなにも話さない。
左右を見ると桃は楽しみそうにウキウキしている。
だけど七瀬さんはなんか緊張しているように見える。
さっきまであんな楽しみそうにしていたのに、どうしたんだろう?
「七瀬さん、大丈夫?」
そう言うと七瀬さんは体を震わせる。
「本当に大丈夫!?」
「清村さん……怖い。初めは大丈夫だったんだけど乗った瞬間、体の震えが止まらなくなって」
もしかして七瀬さんはこういうアトラクションに乗るのが初めてなんだろうか?
乗る前は「いける!」と思うけど実際乗ってみると「やっぱり怖いかも」となったのだろう。
俺も小さい頃はそうだった。
だけど乗ってみると案外楽しくて怖いと思うのは初めだけだった。
そして今ではこうして普通に乗れるようになった。
そんなことを考えているうちにどんどん頂上に近づいていく。
そして徐々に七瀬さんの震えも大きくなっていく。
確か昔の俺は隣にいた彩乃に手をつないでもらってなんとか落ち着いていた。
つまり今、俺がとるべき行動は……
俺は七瀬さんの右手を握る。
すると七瀬さんの震えが止まって安心したかのように頬を緩ませる。
「ありがとう」
そう言うとジェットコースターは下に落ちる。
結局俺たちは最後まで手を繋いでいた。
ジェットコースターが終わると同時に七瀬さんは頬を赤らめて急いで手を離す。
終わったあと七瀬さんはなにも話さず、ずっと俯いていた。
そんなに怖かったのだろうか? それとも酔ってしまったのか?
「七瀬さん、大丈夫?」
「芽衣ちゃん、酔っちゃった?」
「大丈夫、それよりも……」
七瀬さんはいきなり顔を上げる。
「すっごく楽しかった! もう一回乗ろ!」
やっぱり俺の言った通り怖いのは初めだけだったらしい。
震えなど完全に消えて、はしゃいでいる。もう心配はいらなそうだ。
こう見ると七瀬さんは本当に初めて喋った時とは見違えるほどに変わった。
特に笑顔を見せることが増えた。
初めて喋った時は笑顔が少なくいつも不安そうでなにかに悩まされているようだった。
だけどその時の七瀬さんは皮をかぶっていただけで本当の七瀬さんは今みたいに笑顔で明るい性格なんだろう。
正直、こんな笑顔を何回も見せされたら勘違いしてしまいそうになる。
「ほら、早く行くよ!」
そう言ってまた七瀬さんに手を引っ張られる。
そのあとは気が狂うほど同じジェットコースターに乗った。
正直何回乗ったかなんて覚えていない。
気持ち悪い、吐きそうだ。
まさか二人を心配していた俺が酔ってしまうなんて思ってもみなかった。
俺はベンチに座って休憩する。
目の前で二人がなにか話している。
「次はどうする?」
「そろそろ違うの乗らない?」
あれだけ乗ったのにどうしてそんなに元気なんだ。
やっぱり俺は体力がないのだろうか……それとも二人がヤバいだけなのか……
俺は後者と信じている。
俺は目の前の二人の会話に混ざる。
「ごめん、動けそうにないからちょっと休憩したい」
「ごめん、清村さん! 気づかなくて何回も付き合わせちゃった」
「私、飲み物買ってくるから二人は休憩してて!」
そう言って桃は飲み物を買いに行った。
七瀬さんは俺の隣に座る。
「ごめんね……楽しくて気づけなかった」
「いや、七瀬さんはなにも悪くないよ! それに俺も楽しかったし!」
「…………」
「その、私こういう所を友達と来るのが夢だったんだ。今日初めてその夢を叶えることができて本当に嬉しくて、楽しくて、それではしゃいで清村さんに迷惑をかけちゃった……」
「俺、昨日七瀬さんに誘ってもらった時、本当に嬉しかったんだ。桃が来たことは驚いたけど桃と仲直りさせてくれたこと、俺と遊びたいと思ってくれたこと……七瀬さんには本当に感謝してもしきれない」
七瀬さんはまた頬を緩めて俯く。
言ったあとに恥ずかしいことを言ってしまったんじゃないのか? と思ってしまう。
嬉しいことも本当だし感謝していることも本当だけどそういうのは本人に言わない方がいいのか?
俺はなんて言うのが正解だったんだ?
そんなことを考えていると見覚えのある姿が目に入る。
あれは——クラスのイケメン『
どうしてここにいるんだ!?
幸いなことに俺と島崎隼人は面識がないからバレる心配はない。
だが七瀬さんは中学の時に島崎隼人から告白されている。
好きだった女の子の姿を見逃すとは思えない。
どうしよう!? と、とりあえず……
俺は焦りながらも急いで七瀬さんを隠すように前に立つ。
すると七瀬さんは顔を上げる。
「どうしたの?」
「なんでもないよ」
「後ろになにかあるの?」
七瀬さんはそう言うと俺の後ろを覗こうとする。
まずい! もうあの方法を使うしかないか……
俺は七瀬さんの両肩を掴んで顔を見合わせる。
「頼む七瀬さん。今は俺だけを見てくれ」
「え!? それってどういう意味!? だ、だめだよこんな所で……」
なんか誤解されている気がするけど今は仕方がない。
説明はあとでしよう。
とりあえずこれでバレずに済むだろう。島崎隼人がどこかに行くまでこうしていよう。
七瀬さんはずっと頭の上にはてなを浮かべている。
俺は一度振り向いて様子を確認すると島崎隼人と目が合う。
咄嗟に目を逸らしてまた七瀬さんと顔を見合わせる。
やばい!? 目が合ってしまった。
俺の顔を覚えていないことを祈るしかない。
すると後ろから足音が近づいてくる。
そして後ろから肩を触られる。
「なにしてんの?」
肩を触られた瞬間、終わったと思ったが足音の正体は水を持った桃だった。
急いで周りを見渡すが島崎隼人の姿は見えない。
もう違うエリアに行ったようだ。
「よ、良かった」
俺は安堵のため息と共にそう言う。
「清村さん! 良かったってどういうこと!?」
「本当になにをしてたの!?」
「ごめんごめん、説明するから」
と言ったもののなんて説明しよう……同じクラスの人がいたからバレたくなかった?
そもそもどうして俺はバレたくなかったんだ?
デートしていると思われたくなかった……違う、付き合ってると噂されて七瀬さんに迷惑をかけたくなかっただけだ。
このことは隠しながら上手く説明しよう。
「実は、島崎隼人が歩いてたんだ。七瀬さんのことを考えたら会いたくないかなって思って」
七瀬さんと島崎隼人は過去に色々あった。
今、会うのは気まずいかもしれない。
少なからずそういう考えもあったから嘘をついているわけではない。
「なるほどね……ありがとう、確かに少し会いたくなかった」
「それよりも京介、普通に立ってるけど体調はもう大丈夫なの?」
「あぁ、もう大丈夫だ」
そういえば気づかないうちに酔いは消えている。
どうしようかと必死に考えていたから酔いのことなんてすっかり忘れていた。
「もうそろそろいい時間だし、帰る? 芽衣ちゃんも島崎と会いたくないでしょ?」
確かに、ジェットコースターしか乗っていないがもうそろそろ日が沈む時間帯だ。
だけど帰るには少し早い気もする。
「そうだね」
すると七瀬さんもそう賛成する。
その瞬間に思う、多分二人は俺の体調を考えてくれているのだろう。
さっき大丈夫とは言ったがまた再発するかもしれない、まだ完全に治ったわけではない。
二人はそこに気づいてくれたのだろう。
「ごめん、ありがとう」
そして俺たちは遊園地を出た。
俺たちは電車に乗って三人並んで椅子に座る——左には七瀬さん、右には桃がいて俺はそれに挟まれる形で座っている。
行きに比べると周りには人が少ないから椅子には俺たち以外誰も座っていない。
七瀬さんが眠そうな声で言う。
「今日は付き合ってくれてありがと。すごく楽しかったよ」
「俺も今日はすごく楽しかったよ。呼んでくれてありがとう」
七瀬さんは「うん」と言うと目をつぶって俺の左肩にもたれかかってくる。
すると右肩にもなにかがもたれかかってくる。
右の方に目をやると桃も七瀬さんと同じように目をつぶって俺の右肩にもたれかかっていた。
二人とも疲れているのだろう……とそんなことを思えるはずもなく。
これは一体——どういう状況なんだ!? 美少女二人にもたれかかられている。
嬉しさよりも驚きの方が大きい。というか普通に困惑している。
こんなところ学校の誰かに見られたら……そう考えるだけで恐ろしい。
だけどこんな気持ちよさそうに寝ている子を起こせるわけがない。
結局、俺は最後まで起こせずにずっと困惑していた。
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