仲直り
午後の授業が終わって帰り支度をしていると七瀬さんと桃が楽しそうに会話しながら帰っていった。
今から遊びにでも行くのだろう。
俺もたまには遊びたいと思ってしまう。
明日は休日だから一瞬、七瀬さんを誘ってどこかに行こうと考えるが、男女二人で休日に遊びに行く……それはデートではないのか?
脈ナシの男からいきなり二人で遊びに行こうと誘われるほど気まずいものはない。
なんと断ればいいのかも分からないし行ったとしても楽しめるか分からない。
誘われた側の気持ちを考えれば誘えなくなる。
しかもそれが異性となればその不安は膨れ上がる。
俺は今日の朝、彩乃が言っていたことを思い出す。
告白される側も大変。
遊びに誘うのはさすがに告白よりも難易度は低いけど、それでも遊びに誘われた側は「こいつ私に気があるな」と思ってしまう気がする。
時と場合によるけど、ほとんどの異性ならそういう考え方になるだろう。
だけど自分は恋をしたことなんてないからこんなものはただの想像に過ぎない。
実際がどうかなんて陰キャな俺には分からない。
やっぱり休日は家でダラダラしていよう。
何事もなく家に着いてゆっくりしているとスマホが鳴る。
七瀬さんからだ。どうしたんだろう?
そう思いながら開いて内容を見る。
『清村さん、明日遊びに行かない?』
俺はまさかの内容に驚く。
さっきまで自分から遊びに誘おうか迷っていたからまさか七瀬さんの方から誘ってくれるとは思わなかった。
それよりもこれ……二人だよな?
さっき考えていたことが頭をよぎる。
もしかしてこれって、デート? いや、そんなわけない、よな?
前の時、期待して痛い目に遭ったばかりだと言うのに少しだけ期待してしまう。
期待をするな。期待すればろくな目に遭わない。
俺はなにも考えずに二つ返事で返せばいいんだ。
『いいけど、どこに行くとかは決めてるの?』
『決めてる。明日の十三時、駅前に集合ね』
『分かったよ』
休日に女の子と二人っきりで遊びに行くなんて初めてだ。
正直、嬉しさよりも緊張の方が大きい。
中学の時、桃とは学校で仲良くしていただけで休日に遊びに行くようなことはしたことがなかった。
誘ったことも誘われたことも一度もなかった。
今、思えばその頃から桃に我慢させていたのかもしれない。
せっかく七瀬さんが誘ってくれたんだ。明日は楽しもう。
◇◇◇
時刻は十二時半——集合時間までまだ三十分もある、というのにもう駅に着いてしまった。
遅刻するよりはマシだけど三十分どう暇を潰そう。
暑くも寒くもない丁度いい気温だから、そこに関しては心配しなくても大丈夫そうだ。
周りを見渡すと休日の昼なだけあって待ち合わせしている人が多い。
その中にはカップルも多い。
それを見ていると少し緊張してしまう。
また思い出す。今日はデート……
いや、違う。七瀬さんもそんなつもりで誘ってきたわけじゃないだろう。
そう、ただ遊びたかっただけだ。
でもやっぱり少しは期待してしまう。
こんなことを考えたらもっと緊張してしまう。
俺はスマホをいじって考えるのをやめた。
気づけばもう十分前だ。
そろそろ来る頃だろう。
そう考えていると後ろから七瀬さんの声が聞こえてくる。
「清村さん!」
振り向くとそこには——白のトレーナーに黒のロングスカートをはいた七瀬さんが立っていた。
綺麗だ。案外おしゃれなんだな。
人目見た瞬間そう思った。
だけどそんな俺の感情が一瞬にして消えてしまう。
七瀬さんの横には——白いカーディガンにデニムパンツをはいた
七瀬さんが可愛い系なら桃はカッコイイ系の服装だ。
って今はそんなことを考えている場合じゃない。
「どうして、桃がここに……!?」
桃が来るなんて聞いていなかった。
確かに二人きりとも聞いていないがまさか桃が来るなんて思いもしなかった。
デートなんて思っていたことが恥ずかしい。浮かれていた。
それよりも桃の私服を見るのは初めてかもしれない。
もちろん七瀬さんの私服も初めて見たけどやっぱり付き合いが長い分、新鮮さが増す。
さすが桃はギャルって感じで洒落ている。
だけどなぜか桃は俯きながら顔を合わせようとしてこない。
もしかして桃も俺が来ることを知らなかったのだろうか? そうだったら桃が落ち込んでいる理由も分かる。
「サプライズしようと思ったんだ。驚いた?」
「うん、心拍数が上がったよ」
「やっぱり私、帰る……」
桃はそう言うと振り向いて帰ろうとする。
俺はそんな桃の肩を掴む。
「ちょっと待って!」
今日、桃は七瀬さんと二人きりで遊ぶのを楽しみにしていただろう。
だからこんなにおしゃれしてきたのだろう。
そんな桃を帰すわけにはいかない。
桃が帰ると言うのなら……
「俺が帰るよ」
「え……」
確かに七瀬さんと遊ぶのは楽しみにしていたけど、七瀬さんと桃にはもっと仲良くなってほしい。
それに桃に七瀬さんと友達になってほしいと言ったのは俺だ。
だから二人には今日楽しんでもらいたい。
俺がいなくなれば桃も気兼ねなく楽しめるだろう。
そう思って振り向くが次は桃が俺の肩を掴む。
「ちょっと待って! なんで京介が帰るの?」
「なんでって、桃は今日俺が来ることを知らなかったんだろ? 桃が俺を嫌がるのなら俺が帰れば丸く収まる話だ」
「え……?」
おそらく桃はまだ俺のことが嫌いだろう。
だから桃は問題が解決したあとも俺に対して素っ気ない態度をとるのだろう。
「ちょっと待って。京介は私のことが嫌いじゃないの? それと今日、京介が来ることは芽衣ちゃんから聞いてた」
後半は理解できた。
つまり今日俺が来ることは知っていたけど『実際に会ったらやっぱり気まずいから無理』そういう感じだろう。
だけど前半が全く理解できない。
俺が桃を嫌い? どうして桃を嫌いになるんだ?
確かに少しの嫌がらせはされたけど、その問題はもう解決したし、そもそもそんなことで桃のことは嫌いにならない。
というか桃は俺が来るのを知っていて今日ここに来たのか……それが一番、分からない。
「ちょっと待ってくれ、桃は俺のことが嫌いじゃないのか?」
「うん。助けてくれた恩人を嫌いになんてならないよ。私は……」
「そう、なのか……」
どうして俺に素っ気ない態度をとっていたのかという疑問も生まれるがそれは単純に気まずかったのだろう。
「じゃあ京介も私のことが嫌いじゃないの?」
「当たり前だろ。どうして俺が桃を嫌いになるんだ」
「私、京介に酷いことしたし、それに自分のことを嫌いな人には悪いイメージを持ったりする……それで私のことを嫌いになったのかと」
確かに、相手が自分を嫌いと分かればその人に素っ気ない態度をとってしまう。
そして知らないうちに自分もその人のことが嫌いになってしまっている、なんてことがざらにある。
だけど桃はそういうのじゃない。
俺にとっての桃は親友みたいな存在で恩人でもあった。
もし自分のことが嫌いと分かっても助けられた時の感謝は一生忘れない。
桃の横にいた七瀬さんが話に割り込むかのように手をパチンと鳴らす。
「二人とも誤解が解けたということで!」
「もしかして七瀬さんは気づいていたの?」
「当たり前じゃん! 早く仲直りして友達に戻ってほしいってずっと思って見てたよ」
そうか、もうお互いに嫌いじゃないと分かればまた友達に戻れる。
また桃と……
「なんで言ってくれなかったの? 芽衣ちゃん」
「私が口出しするのはなんか違うかなーって思って」
俺は一度、深呼吸をしてから言う。
「じゃ、じゃあ友達に戻ろうか……」
そう言って桃に手を差し出す。
「う、うん」
桃はそう言って俺の手を取ってくれた。
これでまた今まで通りの生活が送れる。
本当に……
正直もう桃と友達に戻れることは不可能と思っていた。
だからその分、嬉しさが大きい。
「それよりも清村さん。この服、昨日桃さんに選んでもらったんだけど、どうかな?」
そういや、服を褒めていなかった。
女の子と遊びに行く時にやることはまず相手の服を褒めることだ。
それぐらいなら陰キャな俺にも分かる。
七瀬さんの服——白のトレーナーのおかげで七瀬さんの長い黒髪をより綺麗に引き立たせている。
今日もメガネじゃなくてコンタクトだ。よく見ると少しメイクもしている。
アイドル顔負けレベルだ。
「すごく似合ってるよ。正直見惚れるほどに」
七瀬さんは頬を赤らめる。
「ありがと。まさかそこまで言ってもらえると思ってなかったから……少し照れる」
この子はいつも可愛い反応を見せてくれる。
さすがクラスのイケメン『島崎隼人』に告白されただけある。
こんな子が同じ学校にいればモテるのも当然だろう。
「ほ、ほら。早く行くよ!」
七瀬さんはそう言うと先に改札口の方へ走っていった。
そして俺と桃は二人残された。
仲直りしたとは言え正直まだ少し気まずい。
前にハッキリ嫌いと言われた相手だ。そう思ってしまうのも仕方がない。
だけどせめてこれだけは言おう……
「七瀬さんのためにお洒落してきたんだろうけど、その服すごく似合ってる」
桃は頬を緩ませる。
「うん、ありがとう……」
なんだ、その反応は……なんかこっちまで照れてしまう。
「七瀬さんが待ってる。早く行こうか!」
俺はそう言って七瀬さんを追う。
「この服、京介に見てもらうために選んだのにな……」
最後に桃がそう言うが、その声は京介の耳に届いていなかった。
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