平和な一日
スマホのアラームで目が覚める。
今日はなんだか目覚めが良い。
多分、昨日問題が解決して悩みがなくなったおかげでぐっすり眠れたのだろう。
どうしてもまだ桃のことを考えてしまうけどこれは余計なお世話というやつだ。
桃が七瀬さんと友達になればこんな考えもしなくなる。
今日学校に行ったら七瀬さんと桃が話していることを願おう。
リビングで朝食をとって妹の彩乃と一緒に家を出る。
「お兄ちゃん、なにかいいことあった?」
歩いているといきなり彩乃がそう言う。
やっぱり顔に出ているのだろうか。
睡眠の質が上がるだけで人の雰囲気は変わると言われている。
それでもこんな些細なことに気づいてくれるのは少し嬉しい。
「まぁ、いいことがあったと言うか悩みがなくなった」
なにがあったのか聞かれたらまた誤魔化すことになりそうだ。
正直もう彩乃を騙すようなことはしたくない。
「そうか、良かったよ。最近のお兄ちゃん苦しそうだったから」
「彩乃……」
やっぱり彩乃にはお見通しだったか。
多分、俺が誤魔化した時も実はバレていたんじゃないのか? いや、さすがに心配しすぎか。
彩乃が顔を覗き込んでくる。
「お兄ちゃん? どうしたの?」
「い、いや、なんでもないよ」
彩乃は「全てお見通しだよ?」と言わんばかりの目で見てくる。
俺はすぐさま誤魔化そうとして彩乃の頭を撫でる。
「それよりも彩乃は学校でどうなんだ?」
誤魔化すためにそう聞くが、親みたいなことを聞いてしまったと今になって思う。
彩乃は余計なお世話をされるのが嫌いだから不機嫌になるかもしれない。
「うーん、特になにもないけど。最近、クラスの男の子に告白されたぐらいかな?」
だけど彩乃は案外普通に答えてくれた。
ん? それよりも今なんて言った?
俺の記憶が正しければ『男の子から告白された』と、そう聞こえた。
もしかして彩乃って学校でモテてるのか?
「それで、返事はどうしたんだ?」
「もちろん振ったよ。一度も話したことなかったし」
一度も話したことがない人に告白されたのか……
確かに彩乃のことは前々から可愛いと思っていたけどそんなにモテてるとは思わなかった。
「彩乃。中学に入ってから何回告白されたんだ?」
「うーん、あんまり覚えてないけど。多分、二十回はいってると思う」
二十回!? つまり一年間に十回告白されていることになる。
彩乃はまだ卒業までに一年残っている。これからもっと増えていくと考るだけで、恐ろしい。
兄妹なのにどうしてこんなにも違うんだ……
「お兄ちゃん、もしかして私がモテてないと思ってた?」
「いや、彩乃は可愛いからある程度モテてるとは思ってたけど、想像をはるかに上回ってた」
「な、なるほどね……」
彩乃は褒め慣れていないのか少し照れくさそうにする。
そんなに告白されているのに褒め慣れていないのが驚きだ。
彩乃は今までの鬱憤を晴らすかのように話し出す。
「だけど知らない人から告白されるのって大変なんだよね。みんな羨ましがるけど、どうやって断ればいいのかも分からないし断ったあとは気まずくなるし」
する側は頑張って勇気を出して告白していると思っていたけど考えてみたら確かにされる側も大変そうだ。
失敗すれば気まずくなるとは言え、告白する側もされる側もどっちが悪いとかはない。
「だけど前の時なんて断ったあとに『罰ゲームで嘘告白をしたんだ』って言われたからね!? ほんと信じらんないよね!」
それに関しては完全に告白した側が悪い。
というか嘘告白……その言葉を聞くだけで色々、思い出してしまう。
「綾乃も色々と大変そうだな……」
「だけど来年になったらお兄ちゃんと同じ高校に行けるようになるからそんな悩みもなくなる」
「そんなことないと思うけど……」
俺と同じ高校に来たところで彩乃が告白されるのは変わらないだろう。
なんなら増えるかもしれない——もし彩乃がイケメンの島崎隼人に狙われたら……絶対に許さない。
「お兄ちゃんなら守ってくれるでしょ?」
「そうだな。最善は尽くすよ」
彩乃は「やっぱり」と言わんばかりの顔でニシシと笑う。
「じゃあ私はこっちだから」
そう言って彩乃とは手を振り合いながら別れた。
すぐ学校に着いて教室までの廊下を歩く。
桃と七瀬さんは友達になれているだろうか。
まだ一日しか経っていないからなれていなくても仕方がないことだ。
だけど桃の性格を考えたら今すぐにでも行動してそうだ。
俺は少しの緊張と共に教室に入る。
中を見渡して七瀬さんたちの姿を探す。
見つけた先には七瀬さんと桃が話している姿があった——しかも桃は俺の椅子に座っている。
七瀬さんの隣の席が俺だからだ。
この構図は見たことがある——そう、陰キャがクラスの陽キャから勝手に椅子を使われているあれだ。
どいて。とも言えずに結局授業が始まるまで時間を潰す、あれだ。
というか桃は俺の椅子に座るのは嫌じゃないのか?
七瀬さんの隣だから仕方がないかもしれないけど、それでも嫌いな奴の椅子に座るのか?
とりあえず机に荷物を置いたら俺の存在に気づいて自分の席に帰ってくれるだろう。
そう思って俺は自分の机に荷物を置く。が二人とも俺の存在に気づいてくれない。
桃は七瀬さんの方を向いているから気づけなくて、七瀬さんは話に夢中で周りが見えていない。
ど、どうしよう……このまま立っとくのもほかの人から見られて少し気まずい。
というかなんの話でそんなに盛り上がっているんだ?
盗み聞きは良くないど、ここは俺の席だ。なにも悪いことはしていない。
たまたま聞こえただけ、そういうことにしよう。
俺は二人の会話を盗み聞きする。
「もっと昔話聞かせてくださいよ!」
七瀬さんが楽しそうにそう言う。
誰の昔話をしているんだ? いや、この状況からするに多分、桃の昔話だろう。そうに違いない。
「うーん。じゃあ妹の話とか聞く?」
「え! 聞きたい!」
ん? 妹? 桃に姉がいるとは聞いたことがあるけど妹がいるなんて聞いたことがない。
待て、なにか引っかかる。なんだろう、この違和感。
「実は京介、ああ見えて結構シスコンなんだよね」
!? もしかして二人が盛り上がっている話の内容は……
「妹の名前が彩乃ちゃんって言うんだけど、その子がすごく可愛くてね!」
俺の話だ。
今すぐに止めないと。
「ちょ、ちょっと! なに話してるの! あと俺はシスコンではない!」
そう言うと二人とも俺の方を向いて驚いた顔をする。
「清村さん!?」
「京介!?」
「いや、そんな驚かれても……ここは俺の席だし」
「それも、そうだね」
桃は浮かない顔に変わる。
「そう、ね」
こういう表情になるのも仕方がない。
昨日のことを思い出すとこっちまで気まずくなる。
だけど桃は俺が言った『七瀬さんと友達になってくれ』という約束をちゃんと守ってくれた。
話の内容はあれだったけどさっきまでの楽しそうな表情を見たらやっぱり二人を友達にさせたのは正解だったようだ。
桃は椅子のことに気づいたのか「ごめん、椅子」と気まずそうに言って椅子を返してくれる。
「それと、俺の昔話を七瀬さんにするのはやめてくれ。恥ずかしいから……」
「分かった……」
そんな感じで言われたらなんだか俺が悪いみたいじゃないか。
そう考えていると予鈴が鳴る。
「じゃあ私、戻るね」
「また後で話そうね」
「もちろん」
そう言って桃は自分の席に戻っていった。
七瀬さんが囁いてくる。
「桃さんと仲直りしてないんですか?」
七瀬さんが桃のことを下の名前で呼ぶようになっていることに気がつく。
今までは佐倉さんだったのに……一日でもう下の名前で呼び合う仲にまでなったのか。
って今はそんなことよりも仲直りのことだ。
「仲直りもなにも俺たちは喧嘩なんてしていない」
喧嘩するほど仲がいいと言われている。
俺たちは仲がいいとか以前にそもそも友達ではない。
俺は友達に戻れるなら是非、友達に戻りたいけど桃がそれを嫌がっている。
それを強要するのはあまりに自分勝手だ。
「喧嘩はしていないって……桃さんと友達に戻る気はないの?」
「友達に戻れるなら戻りたいけど……」
俺がそれを言うと同時に担任の女性教師が教室に入ってきてホームルームが始まる。
「席に着いて、今日は大事な話がある」
そう言うと教室の雰囲気が一気に変わってみんな前の教卓の方を見る。
その時に思う——俺のことをいじめてきた二人の女子生徒がいない。
あの後、俺はなにも聞いていない。
あの二人はどうなったんだろうか?
「もう気づいてるやつもいるだろうが。うちの女子生徒二名が退学になった」
退学!? いじめをすれば退学ぐらいにはなるだろうがなにせいじめられた俺はなにも聞かされていない。
停学ぐらいで済むだろうとは思っていたけどまさか退学になるなんて思ってもみなかった。
「退学の理由は話せないが、くれぐれも気をつけるように」
そう言って教室から出ていった。
理由を話さなかったことには感謝だ。
もし理由を話せば、いじめられていた子たちに被害が及ぶかもしれない。
あとこれは俺の意見だが、学校の人たちにいじめられたことを知られて憐れに思われたくない。
それにもしいじめのことを知られたら桃にも被害が及ぶ。
今までの桃の態度を見ればいじめていたことは一目瞭然だ。
桃にはもう酷い目に遭ってほしくない。
七瀬さんと平和に学校生活を過ごしてほしい。
色々、裏でやってくれた生徒会長には感謝してもしきれない。
本当にありがとう。
俺は心の中でそう感謝した。
桃と友達に戻ることは出来ないけどこれからもこんな平和が続けばいいなと思う。
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