真実

 桃と話したあの日から三日が経った。

 あれから桃は一度も学校に来ていない。

 教室を見渡すが今日も桃色髪の女の子はいない。


 だけど授業はまだ始まっていない。

 まだ来る可能性はある。


 考えていると隣の席にいる七瀬さんが話しかけてくる。


「今日も来てないね……」

「そうだね」

「それよりも昨日のって」


 七瀬さんがそう言うと同時に教室のドアが開く。

 ドアの前には桃色の髪をした女の子、佐倉桃が立っていた。


 どうやら気持ちの整理がついたようだ。


 桃が教室に入ると同時に桃の友達が駆け寄って話しかける。


「やっと来たのかよ、桃」

「ごめん、体調崩してた」

「ホントかよ。どうせサボりだろ?」

「いや、マジ。連絡しようとしたけどしんどすぎてスマホ見れなかった」


 一見、普通の会話に見えるが友達は桃に一度も心配の言葉をかけていない。

 友達が嫌がらせを強要していると思ったのは憶測で決めつけていたが改めて見るともう、そうとしか思えない。


 それに桃がなぜか怯えているように見える——久しぶりの学校で緊張しているのだろうか?

 いや、そんなはずがない。


 分かっている、桃が怯えているのはきっと……


 予鈴が鳴り桃は自分の席へと歩く——その時に一瞬、目が合うが睨まれているという感じではない。

 目で人の感情を汲み取るのは難しいが強いて言うなら助けを求めている感じに見える。


 だけど自分が桃のことを助けたいと思っているからそう見えているだけで実際はただ俺の方を見ただけかもしれない。

 は分からない。



 授業はあっという間に終わって昼休みになる。


 クラスの人たちは友達とご飯を食べている——俺は一人だから教室は居心地が悪い。

 屋上で食べよう。


 そう思って俺は屋上で昼食をとった。



 最近、七瀬さんとはあまり話せていない。

 理由は彼女に友達ができたからだ。

 多分、今も四人の女の子たちと教室で楽しく昼食をとっているだろう。


 七瀬さんは友達を欲しがっていたから本当に良かったと思う。


 だから今のこの環境を壊してはいけない——このまま桃との問題を放置していたら七瀬さんの友達にまで被害が出るかもしれない。

 早く解決しないと。


 そんなことを考えていると予鈴が学校に鳴り響く。


 俺は急いで教室に戻る。


 教室に入って自分の席へ歩いているとなぜか七瀬さんから見られる。


 なにか話があるのだろうか?

 そう考えながら七瀬さんに目を合わせるとなぜかすぐに目を逸らされる。


 俺はそんな七瀬さんの隣に座る。

 隣に座ったあとも七瀬さんからずっと目線を逸らされている。


 目を合わせたくないのだろう、とあまり気にせず午後の授業が始まる。



 午後の授業が終わると同時に七瀬さんが荷物を持たずに教室を後にする。

 それに続いてクラスの人たちも部活やらバイトやらで次々と教室を出ていく。


 そしてあっという間に教室には人がいなくなった。

 だけどまだ数人、教室に残っている。


 そして桃たちもまだ教室に残っていた。

 だけど桃たちは三人同じ席にいるのになぜか黙り込んでいる。


 そしてほかのクラスメイトも教室から出ていき気づけば教室には俺と桃たちだけになった。


 桃の友達二人から早く出ていけと言わんばかりに睨まれている。


 これは教室に残ればなにか言われそうだ。

 俺はそう思いさっさと荷物を持って教室から出ていく。


 やっと誰もいなくなった——友達二人はそう思っているだろう。

 だけど俺は帰らずに廊下から密かに教室を覗く。


 どうしてそんなことをするのか。

 それは桃たちの行動があまりにも怪しすぎたからだ。

 三人同じ席にいるのになぜか黙っていた。

 まるでみんなが教室から出ていくのを待っているようだった。


 女子高生の会話を盗み聞きするのは良くないことだとは思うが今日で分かるだろう。

 彼女たちの本性が。


 そしてついに話し出す。


「桃、ちょっといい?」

 そう言って一人の友達が桃の手を掴んで無理やりどこかへ連れ出す。


 その際、俺はバレるかと焦ったが彼女たちは後ろのドアから急いでどこかへ行った。

 幸いなことに俺は前のドアにいたからバレなかった。


 そしてその後ろからもう一人の友達も教室から出ていく。

 俺はバレないように後を追う。


 追いかけている際、見失いそうになったがなんとか目的地に着いた。


 その目的地とは——使われていない空き教室だった。


 この中に桃がいる。

 だけどドアは完全に閉まりきっているからさっきみたいに覗くことができない。


 見ることができないならせめて音だけでも……


 俺はそう思って、壁に耳を当てて彼女たちの会話を聞く。


 もし、ほかの人に見られたら通報されてもおかしくない。

 だけど今はこうするしかない。


 壁の向こうから声が聞こえてくる。


「なあ、桃。あの女のことどう思う?」

「あの女って、京介の隣の席の? 七瀬芽衣だっけ?」

「そうそう」

「うーん。最近可愛くなった、とは思う」

「なんか、隼人くんもあの子に落ちてるとか噂されてるよねー」

「隼人くんが!? あの女、許さねぇ」


 島崎隼人——クラスのイケメン男子だ。

 中学の時に七瀬さんに告白したあの男だ。

 確かに中学の時、島崎隼人は七瀬さんに告白したとは言え、もうフラれているからさすがに諦めているだろう。


「それでなんだけど、次の標的あいつにしない?」

「次はあの女の子をいじめるってこと?」

「そう。前、あの京介とかいう男も桃が色々やってくれたし今回も頼むよ」

「初めは物を隠したり軽いことからやろうよ!」


「…………」


「嫌……」

「え? 今なんて言った?」

「だから、嫌……」

「なんかの、冗談だよね? 桃」

「冗談じゃない」


 桃がそう言い放つと壁越しでも伝わるぐらいの不穏な空気に変わる。


「私たちの言うこと聞かなかったらどうなるか分かってんの?」

「分かってる。だけどもうこんなダサいことしたくない」


 桃がそう言うと友達の一人が声を荒らげる。


「じゃあなんで今まであの男をいじめてたんだよ!」

「確かに私は京介のことが嫌いだった。けれどしょうもない嫌がらせだけはしたくなかった。それでも『一緒にあの男いじめない?』って言われる度に私の考えは変わっていった。少しの嫌がらせだったら良いかも。そう思うようになった。だけどやっぱりそんな考えは間違っていた。前の私はどうかしていた……七瀬芽衣を守るのはせめてもの償い」


「そんなんで許されると思ってんの?」

「思ってない。だけどこんなこと絶対に間違ってる。もうダサいことは……したくない」


 桃がそう言うと雰囲気がまた一気に変わる。

 この雰囲気はまずい。


「お前……あんまり調子に乗るなよ!」


 そう言った途端に俺の体は勝手に動いて、気づけば教室のドアを開けて走っていた。


 そして俺が桃の前に立つと同時に教室内に「パチンッ」と鳴り響く。


 俺は女子生徒に頬を叩かれた。

 それも結構な強さで——こいつ本気で桃にビンタしようとしたな。


 後ろにいる桃は目を瞑っている。

 見た感じ怪我はなさそうだ、良かった。


 目の前にいる二人の女子生徒は驚いた顔に変わる。


「どうしてお前がここに……」

「お前、帰ったんじゃなかったのか!?」


「京介、どうして……」


 後ろにいる桃の顔を見ると涙目になっている。


「ごめん桃、遅れた。もう大丈夫だから」

「今更なにしにきたんだよ! お前は桃から嫌われてるんだぞ? まだ気づかないのか!?」

「分かっている」


 女子生徒は桃を指さして言う。


「ならどうしてそいつを助けるんだよ!」


 どうして助けるのか……か。助けようと思った時にはそんなこと考えていなかった。

 勝手に体が動いたとしか言いようがない。

 でも、強いて言うなら。


「俺にとって大切な人、だからかな」

「なにそれ? ヒーロー気取り? ダサいよ?」


「ダサいのは私たちだよ……」


 桃がそう言うと一人の女子生徒がため息をつく。


「まぁいいや。結局お前たちが仲直りしたところで標的は変わらないから。嫌なんだろ? あの七瀬とかいう女がいじめられるのは」


 こいつらは本当に……桃はどうしてこんな奴らとつるんでいたんだ。

 桃ならもっといい友達を作れただろうに。

 例えば……


「男が一人増えただけで調子に乗るなよ! 覚えてろよ、これからたっぷり嫌がらせしてやるからな」


 そう言うと二人の女子生徒は空き教室から出ていこうと俺の横を通る。


 その瞬間にドアの前から声が聞こえてくる。


「全て聞かせてもらった」


 ドアの方に目をやるとそこには銀髪碧眼の女の子が立っていた——生徒会長の霜月瀬奈しもつきせなだ。

 噂には聞いていたが想像以上の美少女でビックリしてしまう。


 そして生徒会長の後ろから見覚えのある女の子が出てくる——七瀬さんだ。


「清村さん、ごめん! 遅くなっちゃった!」

「大丈夫、最高のタイミングだよ。七瀬さん」


 生徒会長を見た二人は焦り出す。


「どうして生徒会長がこんなところに!?」

「生徒会長! これは違うんです!」


「続きは生徒会室で聞こうか。じゃあこの二人は連れていくから」


 二人はそのまま生徒会長に連れてかれた。


「私も話があるから行ってくるね」


 七瀬さんはそう言って生徒会長の後ろを追っていった。

 そして空き教室には桃と俺、二人だけになった。


「京介、これはどういうこと?」

「実は、ここに来る前、七瀬さんに頼んでおいたんだ」


 七瀬さんを巻き込まないと言ったけど結局、力を借りてしまった。

 昨日、家に帰ったあとスマホを見ると七瀬さんから連絡が来ていた。


 内容は——

『考えたんだ。やっぱり私にもなにか手伝わせてくれないかな? 清村さんには助けてもらってばっかだからなにか返したい』

『分かった。じゃあ俺が連絡した時に生徒会長を連れてきてほしい』


 だけど場所までは伝えてなかった。

 まさかこんな空き教室を使うとは思っていなかったから。


 多分、学校内を探し回ったんだろう。だから七瀬さんは来るのが遅くなったということだ。

 七瀬さんには感謝してもしきれない。


「それよりも、どうして助けたの。私、京介にあんなことしたのに……」


 さっき俺が言った『大切な人』というのを信じていないのか桃はもう一度同じ質問をしてくる。


「俺は中学の時に助けてもらった恩を返しただけだ」

「そう……」

「こういうの一度、言ってみたかったんだ」

「え?」

「助けた理由か……友達の言葉を借りるなら——なんとなく、かな?」


 助けた理由はほかにあるが今はこの答えでいいだろう。


「なにそれ、バカみたい……」

「バカで悪かったな」


「でも、ありが……」


 桃は聞こえないようになにか呟く。


「え? なにか言ったか?」

「なんでもない……」

「そうか」


 桃の様子が少しおかしい。

 もう問題は解決されて安心するところなのにどうしても安心しているようには見えない。


 もしかして桃は連れていかれた二人のことを心配しているんだろうか?

 後処理は生徒会長に任せておけば大丈夫だろう。

 あの二人の女子はなにかしら罰を受けて反省するといい。


「ごめん……」


 考えているといきなり桃がそう謝ってくる。

 どうやら桃は二人を心配していたんじゃなくてただ謝りたかっただけらしい。


「いいよ」

「謝って済む問題じゃないのは分かってる……って、え?」


「確かに桃から嫌われているって分かった時は落ち込んだけど、それは価値観の違いだし仕方がないことだ」

「いや、そうじゃなくて……」


「嘘告白をされて傷ついていないと言えば嘘になるけど。俺が一番、傷ついたのは『これから桃と話せなくなる』って思った時だった。だから嫌がらせをされたことはあまり気にしていない」


 あの二人のことは許さないけど。

 心の中でそう言うと桃が膝から崩れ落ちる。


「どうした!? 大丈夫か?」

「大丈夫。安心したら一気に力が抜けただけ」


 桃はこんなになるまで追い込まれていたのか……こんな姿の彼女に罰を与えるなんてできるわけがない。

 だけど桃は。


「でも、やっぱり駄目。私もなにか罰を受けるべきだ」


 そうだ、桃の性格なら罰を受けないと自分の気が済まないのだろう。


 だけど特になにも思いつかない。


「うーん……それじゃあ、七瀬さんと友達になってくれないか?」

「それって罰じゃなくて……」


 そうだ、これは罰ではなく俺の願いだ。


 七瀬さんはいい人だ。

 それに桃も信頼できる人だ。

 俺は両方、幸せになってほしい。


 今回で桃は友達がいなくなるだろう。

 だけど事情を知っている七瀬さんとならすぐ仲良くなれるだろう。


「あとは頼むよ」


 俺はそう言って教室を出ていく。


 最後、出ていく時に「ちょっと待って」と聞こえた気がする。


 だけどもう桃と話すことはない——これ以上、桃と一緒にいれば俺はまた期待してしまう。

 そうなるとまた辛くなってしまう。


 これから桃と話せなくなるのは悲しいけど教室で七瀬さんと楽しく話している桃の姿が容易に想像できる。

 それを見ることができるならなんでもいい。

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