桃の過去
佐倉桃——二年前、私は新しい中学に転校した。
転校した理由は親の仕事関係で引っ越すことになったからだ。
前の中学でも上手くやれていたから特に不安とかはなかった。
案の定、私は新しい学校でも上手くやれた。
自分で言うのもなんだが、私は顔が良かったから優しく接すれば周りはチヤホヤしてくれる。
だから新しい学校でも猫を被って上手くやっていた。
でも一人だけは私に興味を持たなかった。
その一人とは私が罰ゲームで嘘告白をした『
男の人からチヤホヤされたいとかそういう願いがあったわけではないけど彼は私が優しく話しかけても毎回、素っ気ない態度だった。
私は彼のそんな態度が気に入らなかった。
でもただ単に緊張しているだけかもしれない——一緒にいればそんな態度はとらなくなるかもしれない。
そう考えた私は学校で彼と過ごすようになった。
仲良くなると彼の性格が分かるようになった。
彼はいつも自分を卑下している。
どうしてそんなに自信がないんだ——気に入らない。
だけど一緒に過ごしているうちに私は彼がいじめられていることに気づいた。
それを見た私はいじめを受けているから彼はいつも素っ気ない態度なんだと思った——学校が楽しくないのだろう。
物を隠したり、しょうもない、いじめが多い——見ているだけでイライラする。
でもそれになにも言い返さない京介も京介だ。
結局、京介はあからさまな嫌がらせも全て無視——それは大人な対応なのかもしれない。
だけど私はしょうもない嫌がらせを横で見ているうちに京介にまでイライラするようになった。
横で嫌がらせを見るのは気分が悪い。
だから私がいじめている奴らに言ってやった。
「文句があるなら正面から言いなさいよ!」
そう言ってからいじめはなくなった。
本当にダサい奴らだ。
これで京介も素っ気ない態度をとるのはなくなるだろう——これで学校が楽しくなるだろう。
そう思っていたのにそれでも京介は素っ気ない態度で学校がつまらなそうだった。
私はそれを見た時に京介のことが嫌いになった。
素っ気ない態度をする人が悪いというわけではない——そういう人は京介以外にも結構いるだろう。
それに京介は素っ気ないということを除けば優しくていい人だ。
そんなこと分かっているけど私はそれでも京介が嫌いだ。
だけどそんな自分が一番、嫌いだ。
◇◇◇
桃のことが頭から離れない。
このモヤモヤはなんだ?
桃は本当に俺のことが嫌いなのか?
今、思い返すとおかしいところが幾つかある。
例えば桃たちにバカにされる時は基本的に友達の方からバカにされることが多い。
桃は笑うことはあっても友達みたいに本気でバカにすることはない。
もしかして嘘告白をされた時も……
俺が嘘告白を本気にして返事をしようとしていたから桃は返事する前にわざと笑ったのか?
もし俺が告白を受け入れれば今よりも、もっと恥をかいていただろう。
あの笑いはもしかすると桃の優しさだったのかもしれない。
そんなことに気がついてしまえば桃と話したくなってしまう——真実を知りたくなってしまう。
だけど昨日、桃からハッキリ『嫌い』と言われたから話したくても話せない。
俺はどうすればいいんだ……やっぱりこれからは一生関わらない方がいいのだろうか。
俺はそんな気持ちが晴れない状態のまま学校へ行った。
学校に着いて教室へ入るとあることに気がつく——桃がいない。
桃の友達は二人ともいるのに桃だけがいない。
遅刻だろうか?
授業が始まるまでまだ時間はあるからそうに違いない。
だけど授業が始まっても桃は学校に来なかった。
結局、桃は最後の授業まで来なかった。
もしかしたら体調不良かもしれない。
そう思っていると桃の友達の話し声が耳に入る。
「桃からなにか聞いてる?」
「いや、なにも。サボりじゃね?」
友達すらなにも聞いていないようだ。
いつも一緒にいるから体調不良なら連絡しそうなのに。
やっぱり昨日のことだろうか……
もしかすると桃はこれから一生、学校に来なくなるかもしれない。
そう考えていると隣の席にいた七瀬さんが話しかけてくる。
「佐倉さん今日来なかったね」
「そう、だね」
「もしかして私のせい、かな?」
「違う! 七瀬さんは悪くない」
「でも……」
「俺は中学の時、桃と色々あった。その問題を解決せずに放置していた俺が悪い。だから七瀬さんはなにも悪くない。逆に巻き込んじゃってごめん……」
「やっぱり京介くんは優しいね」
「そんなことないよ」
そう言おうとしたが俺はある違和感に気づく——名前の呼び方だ。
「今、京介って……」
そう指摘すると七瀬さんは顔を赤らめる。
「あっ、いや今のは……なんていうか。その、ごめん!」
七瀬さんはそう言うとすごい速度で教室を飛び出していった。
俺はそんな彼女を見てまた笑ってしまう。
やっぱり七瀬さんと一緒にいると悩みが吹き飛ぶ。
今ので決心がついた。
やっぱりこの問題は俺がどうにかしないと。
それにもう七瀬さんを巻き込むわけにはいかない——このままだとせっかく最近、頑張っている七瀬さんの学校生活が壊れてしまうかもしれない。。
俺はこの嫌がらせをやめさせる。
もう中学の時の俺とは違う。
あそこに行けば桃に会えるかもしれない。
俺は教室を飛び出してある場所へ向かう。
その場所とは二年前、桃から教えてもらった場所——展望台だ。
俺がいじめを受けていて元気がない時に桃から『悩みがある時、ここに来れば気持ちが晴れる』と教えてもらった所だ。
俺は制服のまま展望台までの長い階段を歩く。
そして展望台の頂上に着く。
ここは景色が綺麗で夜に来るとその景色は昼の倍以上、綺麗になる。
周りを見渡す限り人はいないけど端っこに人影が一つだけ見える。
桃色ショートの髪をした制服姿の女の子——佐倉桃だ。
正直、本当にいるとは思っていなかった。
どうしよう……
嫌がらせをやめさせるとは言ったものの実際に目の当たりにしたらどう話しかければいいのか分からない。
そう困惑していると桃が気配に気づいたのか背を向けながら言う。
「なにしに来たの?」
俺は桃に近づいて後ろに立つ。
「桃は本当に俺のことが嫌いなのか?」
「それは昨日ハッキリと言ったでしょ。嫌い」
「それならどうして嘘告白の時、わざと笑ったんだ? あの時、俺が告白の返事をしようとしていたからわざと笑った——それは桃なりの優しさ、だよな?」
桃は一度ため息をつく。
「この場所、教えなかったらよかった……」
「——答えてくれ、どうして嫌がらせをするんだ? 桃は本当に嫌いな奴がいてもしょうもない、いやがらせをするような人じゃない」
「知ったような口をきかないで! 私は京介が思ってるほどいい人間じゃない。普通に嫌いな人にはいやがらせをするし気に入らない人がいればすぐ嫌いになる」
「そんなこと……」
「私は京介が嫌い! それで終わり」
そういうことか……ならせめて。
「なら最後に、これから七瀬さんには手を出さないでくれ」
そう言うけど桃は黙ったまま。
俺はそれだけ言ってまた長い階段を歩く。
今はこれでいい……だけど絶対に救ってやる。
桃はあの二人の友達から嫌がらせをするように強要されている。
俺を嫌いなことは確かだろうけど桃は絶対にしょうもない、いやがらせをするような人間じゃない——これは願いなどではない。
信頼だ。
どうしてそんなことが分かったのか——確かな証拠があるわけではないけど。
さっき話している時に桃の肩が震えていた。
それに最後、帰る時に微かに鼻をすする音が聞こえた——多分、桃は泣いていた……
俺は桃から助けてもらった恩をまだ返せていない。
この恩は必ず返してみせる。
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