答え合わせ

 七瀬さんがメガネを外してから三日が経った。


 初めこそ人の数がすごかったが今はだいぶ落ち着いた。


 七瀬さんに話しかける人は少なくなったけど常に男子生徒からの注目を集めている。

 だけどその中には桃たちもいる。


 あの日から桃たちの矛先が俺ではなく七瀬さんに変わった。

 いきなりクラスの人気者になったから嫉妬しているのだろう。


 これは俺が桃との問題を抱えたまま七瀬さんと友達になってしまったから矛先が変わった。

 桃たちは俺を見ているうちに横にいた七瀬さんを気にするようになったということだ。


 これは完全に俺のせいだ。

 七瀬さんを巻き込んではいけない——この問題は一人で解決しないと。


 そんなことを考えているうちに授業が終わっていた。

 横にいる七瀬さんが話しかけてくる。


「清村さん?」

「どうしたの?」

「その、私たち友達なのに連絡先を交換をしていないなと思って……」


 つまり連絡先を交換をしようということか。


 そういえば俺たちは今まで連絡手段がなかった。

 確かに友達なら連絡先を交換するのは当たり前だ。

 最近、色々考えることがありすぎて頭から抜けていた。


「交換しようか」

「うん」


 俺が友達追加をしてチャットで『よろしく』と送るとすぐ既読になる。


 これであとは七瀬さんが友達追加をしてくれれば——そう思いながら待っていても友達追加の通知が来ない。


「もしかして……」


 そう言おうとすると七瀬さんはスマホで顔を隠す。


「な、なんでもないよ。これでいけたかな?」


 もしかして追加の仕方が分からなかったのだろうか。

 そう思っているとスマホからピコンという音が聞こえてくる——友達追加の通知だ。


 追加の仕方が分からなかったわけではないのか?


「ありがと! じゃあ、また明日!」


 七瀬さんはそう言うと逃げるように教室を飛び出して帰っていった。


 追加の仕方が分からないのは恥じることではないのに——そう思っているとまたスマホからピコンと音が鳴る。


 スマホを開くと七瀬さんからの連絡だった。


『よろしくね!』

 その一文と共に『よろしく!』と書かれたスタンプも送られていた。


 久しぶりに家族以外と連絡ができて少し感動する。


 俺はそれに既読だけつけて家に帰った。



 時刻は夜の九時——スマホをいじっているとまた七瀬さんから連絡が来る。


 俺は操作をミスってその通知が出てきた瞬間に押して既読をつけてしまった。

 つまり、七瀬さん視点からだとメッセージを送って数秒で既読になったということだ。

 やってしまった。


 もう既読をつけてしまったから今更、後悔しても仕方がない。


 肝心な連絡の内容は——

『明日の放課後、体育館裏に来てくれないかな?』


 まさかの内容で俺は言葉を失う。


 ……これは、どういうことだ?

 俺はまた嘘告白をされるのか……? いや、体育館裏に呼び出されたからと言って告白されるとは限らない。


 さすがに七瀬さんは嘘告白なんてことはしないだろう——そう思いたいのに本心はまた裏切られるんじゃないかと怯えている。


 だからと言ってほかに体育館裏に呼び出す理由はなにがあるんだ……なにも思いつかない。


 とりあえず返信しよう。


『分かった』

 俺はそう返信をした。


 明日が怖い。

 また大事な友達を失うかもしれない。


 七瀬さんから『友達になってください』と言われた時は正直あまり期待していなかった。

 期待すると裏切られた時にまた辛くなってしまうから。


 だけど七瀬さんと一緒にいるうちに少しづつ期待するようになった——もしかして彼女となら親友になれるんじゃないのか?

 そう、思いそうにもなった。

 でも極力、期待しないように頑張っていた。


 それでも今では七瀬さんと結構、仲良くなったと勝手に思うようになってしまっている。

 だから裏切られるのが怖くなってしまって怯えている。


 俺は桃との問題があったにも関わらず反省せず、ずくにほかの人に期待してしまった。


 明日が最悪の一日にならないことを願おう。


 ◇◇◇


 そして時間は進んで、あっという間に放課後になる。


 横の席に目をやると七瀬さんは知らない間にいなくなっていた——先に体育館裏に行ってしまったようだ。

 怖いけど覚悟を決めないと。


 俺は一度、深呼吸をして体育館裏へ向かう。


 体育館裏に着くと七瀬さんが髪を触りながら待っていた。

 七瀬さんに近寄って話しかける。


「ごめん、少し遅れた……」

「大丈夫、私も今来たところだから。来てくれてありがと」

「それで、話って?」

「その……」


 七瀬さんがそう言うと一気に真面目な雰囲気に変わる。


 あれ? この会話、前の時もしたような……ということは次、彼女が発する言葉は。


「ちょっと待っ!」


 そう言おうとするとそれに被せるように七瀬さんが言う。


「どこかで見てるんでしょ!」

「え?」


 どういうことだ……?

 そう困惑していると俺の後ろから誰かが歩いてくる。


 振り向くとそこには一人の女子生徒がいた——俺に罰ゲームで嘘告白をしてきた佐倉桃だ。


 どうしてここにいるんだ。


 桃がこっちに向かって歩いてくる。


「ハメられたってことか……」


 七瀬さんと桃はこの状況を理解できているのに俺だけが理解できずに困惑している。


「隣の人、困ってるよ? 説明してあげなよ」

「そう、ですね——ごめん、清村さん……実は佐倉さんをここに誘き寄せるために清村さんに体育館裏へ来るように言ったの」

「なる、ほど?」

「佐倉さんたちはいつも私たち二人のことを睨んでいる——そんな二人が放課後に体育館裏へ行くとなれば佐倉さんたちが面白がってついてくるに違いない」


 なるほど、完全に理解した。

 でも、俺まで騙す必要はあったのか? 言ってくれれば良かったのに。


「三人でここに来ると思っていたけどここに来たのは佐倉さん一人だけ」


 確かに……罰ゲームで告白された時も裏では桃の友達が動いていた。

 楽しんで嘘告白を見ていた——そんな二人が見逃すとは思えない。


 もしかしてまた物陰に隠れて見ているのか?

 そう思って周りを見渡すも俺たち以外の人影は見当たらない。


 俺のそんな仕草を見た桃が言う。


「二人はいないよ」

「そう、か」


 嘘告白をされたからここで桃を疑うのが当たり前だがこれは嘘ではない。

 さすがに二年も一緒にいればその人が嘘をついてるかなんて分かる。

 嘘告白をされた時も『なにかがおかしい?』という疑問は少なからずあった。


「それで、どうして私をここへ誘き寄せたの? どうせなにか理由があるんでしょ」


 俺もそれは気になる。

 七瀬さんはここまでして桃になにを伝えたいんだ。


「佐倉さん——どうしてあなたは清村さんに嘘告白なんてしたんですか?」

「そんなの嫌いだからに決まってるだろ。そんなことを聞くために私をハメたの? 帰る……」


 桃は背を向けて歩き出す。


「佐倉さん——清村さんのことを嫌いなんて嘘ですよね?」


 そう言うと桃は一度足を止めて背を向けたまま言う。


「なに適当なこと言ってんの?」

「適当じゃないです!」


 桃は振り返って声を荒らげる。


「嫌いじゃないのに罰ゲームで嘘告白なんてするわけないだろ! 適当以外になにがあるんだよ! 私は中学の時からそいつのことがずっと気に入らなかったんだよ!」


 やっぱり俺は桃から嫌われていたのか……それに気づかず勝手に仲がいいと思い込んでいた。

 七瀬さんの言葉を否定したくはないけどこれに関しては桃の言う通りだ。


「七瀬さん——」

「じゃあ……どうして清村さんをいじめから助けたんですか! 自分が清村さんをいじめるほど嫌いだったら無視すればいいじゃないですか!」


 確かに……

 俺は中学の時、桃にいじめから助けられた。それだけだったらいじめをしてる奴が気に食わないからとか色々、言い訳ができる。

 だけど桃は今現在、いじめから助け出した俺をいじめる側になっている。


 そうなると嫌いだからという言い訳ができなくなる。

 だけどそれと同時に——どうして今、俺の事をいじめているんだ? という疑問も生まれる。


 桃は本当に俺のことが嫌いではないのだろうか……


 は桃の発言で分かる。


 そう思って桃が話し出すまで待っていると桃はまた俺たちに背を向ける。


「ほんと嫌い」


 桃は最後にそう吐き捨てて早足で逃げていった。


 答えは分からず終いだ。

 真実は分からないけど桃の最後の言葉からするに俺のことは本当に嫌いなようだ。


 中学の時、いじめから助けた理由は分からないけど——二年も経てば考え方も変わる。

 俺のことは中学から嫌いだったけど高校に上がる時にはその嫌いが膨れ上がってたと考えれば違和感はない。


 ここで安心するのはおかしいのに俺は安心してしまう。

 もしさっき桃が『嫌いじゃない』と言っていたら俺はまた期待をしてしまう——また桃と仲良くなろうとしてしまう。

 だから桃は俺のことを嫌いなままでいい。


 ため息をついて横にいる七瀬さんの方に目をやるとなぜか顔色が青ざめている。


「どうしたの!? 大丈夫?」

「ど、ど、どうしよう……最後『ほんと嫌い』って言ってた。本当に嫌いだなんて思ってなかった……」


 動揺している七瀬さんを見ると一気に緊張が解けて思わず笑ってしまう。


「笑い事じゃないよ!」

「ごめん、君を見ていると一気に緊張が解けて——」


 なんか悩んでいるのが馬鹿らしくなってきた。


「帰ろうか」

「うん……」


 不服そうな七瀬さんと並んで一緒に途中まで帰った。



 佐倉桃……

 俺は家に帰ったあと無意識のうちに桃のことを考えてしまっている。


 結論は出たんだ——桃は俺のことが嫌い。

 俺は嫌いではないけど自分のことを嫌いと分かっているのに関わろうとするのはあまりに自分勝手だ。


 これから一生、桃と関わらなかったらいい話だ。


 結論が出たはずなのになぜか俺の心からモヤモヤが消えない——まだなにかあるのか……?

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