今日も七瀬さんと一緒に帰っている。


 歩いている時に俺はふと思う——七瀬さんはどうして今まで友達がいなかったんだ?


 七瀬さんが友達を作りたくないとかなら分かるけど、少なくとも今は頑張って友達を作ろうとしている。


 もし今までなにも行動をしてこなかったとしても七瀬さんのルックスと性格なら友達の一人や二人はできそうだ。


 もしかしてなにか理由があるのだろうか……


 俺が「七瀬さん」と名前を呼ぶと同時に七瀬さんも「清村さん」と名前を呼ぶ。


 なんだろう? 七瀬さんもなにか俺に聞きたいことがあるんだろうか。


「先にどうぞ」

「その、ずっと気になっていたんだけど、同じクラスの佐倉桃さんとなにかあったの?」

「それは……」


 初めは話してもいいのだろうか? と迷うが七瀬さんに限って言いふらしたりはしないだろうから大丈夫だ。

 でも正直、嘘告白をされたなんて惨めすぎて話したくないけど七瀬さんならバカにせずに真面目に聞いてくれる気がする。


「実は中学の頃、桃と仲が良かったんだ」


 そう話し始めて、今まであったことを全て話した。


「そんなことが……でも佐倉さんはどうしてそんなことをしたんだろう? 最近までは仲が良かったのにいきなりそんな酷いことをするなんて。なにか裏がありそう……」

「裏なんてないよ。多分、桃は中学の時から俺を嫌ってたんだよ」

「絶対に裏がある。じゃないといじめから助け出したりしないよ……」


「俺からも一つ聞きたいことがある——少し酷なことを聞くけど、七瀬さんはどうして今まで友達がいなかったの? 七瀬さんみたいな人が学校にいたら男子たちが見過ごさないと思うんだけど」

「そんなことないです。話すと長くなるけど、実は……」


 そう言って七瀬さんは中学に起こったことを話し始める。


「確かに中学を入りたての時は女の子の友達が数人程度いた。だけど中学を入って数ヶ月が経った時にある一人の男の人に告白をされたの。その男の人は今、私たちと同じクラスの『島崎隼人しまざきはやと』という人で——」

「島崎隼人って、あの!?」

「うん」


 島崎隼人——彼は俺たちと同じクラスにいる陽キャグループの男だ。

 彼は顔が良くてスポーツ万能だ。入学初日に三人の女の子から告白されたという噂もある。


 でも意外だ。彼は今までの告白を全て断わっていると聞いたことがあるから、まさか自分から告白するなんて思ってもみなかった。

 俺と島崎隼人は接点があるわけではないから彼の人柄は一切、知らないが。


「だけど、それと友達がいないのはなにが関係しているんだ?」

「私、島崎隼人さんと話したことがなかったからその告白は断ったの——だけどなぜか断った次の日から仲が良かった友達から避けられるようになって……気づけば私は一人になっていた」


 女性の争いは醜いとつくづく思う。


 つまりは七瀬さんがイケメンの島崎隼人から告白されたことが女子たちは気に食わなかったということだ。

 昔の俺がいじめられた理由と似ている。


 それのせいで七瀬さんは自分に自信がなくなって今みたいな奥手な性格になってしまったということか。


 やっぱり恋愛感情というものはめんどくさいものだ。


「このメガネも中学からかけるようになったの……」

「目が悪くなったとか?」


 七瀬さんは首を横に振る。


「告白を断り一人になってから数日が経った頃に一人の女の人に言われたの『メガネしたら今よりはマシになるよ?』って。私はその日からメガネをかけるようになったの」


 なんだそのデタラメは……七瀬さんは絶対にメガネをかけていない方が綺麗だ。

 メガネをかけてしまったら彼女の綺麗な翠眼が見えなくなってしまう。


「じゃあ今かけているのは伊達メガネってこと?」

「うん」

「こんなことを言うのは余計なお世話かもしれないけど、七瀬さんはメガネをかけていない方がいいと思う。君の目は綺麗だから……」

「そんなことない……」


 もしかして七瀬さんは自分の美しさに気づいていないのか?

 もし気づいていなくて、自分の容姿を武器にしていないのはあまりにもったいない。


「七瀬さんはクラスで人気者になりたい?」

「クラスの人気者……考えたこともないけど、なれるならなってみたいかも」


 七瀬さんは容姿も良くて、好ましい性格をしている。彼女は自分に自信を持つだけで簡単に変われる。


 そう考えていると七瀬さんが「でも」と言い始める。


「私は容姿も良くなくて、運動もできなくて、頭はお世辞にも良いとは言えない。そんな私がクラスの人気者になんてなれないよ」

「そんなこと……」

「この伊達メガネも自分を守るためにかけているようなものなの。どうしても自分の容姿に自信が持てなくてもこのメガネがあればそんなことは考えなくてもいい。このメガネは自分を守るための鎧みたいなもの」


 どうして彼女はこんなに自分のことを卑下するんだ。

 彼女は自信を持つべきだ。


「そんなことない!! 俺は七瀬さんと初めて出会った時に、こう思った——綺麗な人だな、と。長い黒髪に整った顔……そしてその綺麗な翠眼。だから七瀬さんはもっと自分に自信を持つべきだ」

「そんなこと言われたの生まれて初めてだよ……ありがとう」


 お世辞で言っていると思われているのか少し浮かない顔をする。


 俺の言葉じゃ七瀬さんの心は動かせない。


「でも——今の言葉で少しだけ頑張ってみようかなって思えたよ」

「それは……良かった」


 どういうことだ……?

 つまり俺の言葉で七瀬さんは自信を持てたということなのか?


 七瀬さんが頑張ってみようと思ってくれたのはすごく嬉しいけど、人の言葉をそんな簡単に信じるのか。

 やっぱり俺と七瀬さんは似てなんてない。


 少し前の俺なら人の言葉を簡単に信じただろう。

 だけど今は簡単には信じれない——疑心暗鬼の状態だ。


 人を疑うのは悪いことだとは思わないけど俺と一緒にいると七瀬さんまで変わってしまうじゃないかと少し不安になる。

 七瀬さんは今の純粋なままでいてほしい。


 自分に自信を持ったことは嬉しいことのはずなのに、色んな考えが頭に飛び交う。


「じゃあ、私の家こっちだから」

 そう言って七瀬さんは手を振りながら帰っていった。


 俺はなんとも言えない状態で家に帰った。

 家に帰ったあともなんとなく七瀬さんのことを考えていた。


 ◇◇◇


 ふと、目が覚める。


 目を開けて壁にかかっている時計を見ると時刻は七時半を回っていた。


 まずい!? 寝坊してしまった。

 昨日の夜、まったく寝付けなかったせいだろう。


 八時を過ぎると遅刻になってしまう。

 今から朝食をとらずに学校へ行けば間に合う。


 俺は急いで準備して全速力で学校まで走った。



 なんとか学校に着いて、教室までは休憩しながらゆっくり歩く。


 ギリギリだったからか廊下にはあまり人がいない。

 クラスが別れてしまった友達と話している人がいるくらいだ。



 教室に入るといつもと空気が少し違った。


 この違和感……なんだろう? クラスのみんなが誰かを見ている?


 違和感がある方に目をやるとそこには——メガネを外している七瀬さんが座っていた。


 初めは驚いたけど、昨日『自分に自信を持つべき』と俺が言ったから七瀬さんはメガネを外してきたのだろう。

 びっくりすることなんてない。

 だけど、まさか言った次の日から行動するとは思わなかった。


 教室はいつもより静かだ。

 それにみんな七瀬さんに視線が釘付けだ。

 だけどなぜか誰も話しかけようとしない。


 今、七瀬さんは初めてのことに挑戦して不安な気持ちでいっぱいだろう。

 それにクラスメイトから注目を集めている。


 七瀬さんのことだからきっと『やっぱりメガネなんて外さなかったら良かった』とか思っているのだろう。


 俺は不安げな顔を浮かべている七瀬さんに近づいて隣の席に座る。


「おはよ、七瀬さん」

「おはよう、清村さん」


 七瀬さんは俺の顔を見ると安心した表情に変わる。


 男子たちのひそひそ話が耳に入ってくる。


「おい見ろよ、あいつ話してるぞ!」

「ホントだ。俺も話しかけてみようかな……」


 七瀬さんと友達になりたいなら勇気を出して話しかければいいのに……なぜなら彼女は今、友達を欲しがっているからだ。


 結局、誰も話しかけてこないまま授業が始まる。



 授業が終わり昼休みになる。


 授業が終わると同時に四人の女子生徒が近づいて七瀬さんに話しかける。

 二日前、七瀬さんが話しかけた四人の女子グループだ。


「七瀬さん、お昼一緒に食べない? 前の時あまり話せなかったから——七瀬さんが良かったらだけど……」

「はい! えっと、よろしくお願いします……?」

「そんなかしこまらなくていいよ」

「七瀬さんってもしかして結構、天然?」


 四人の女子生徒が楽しそうに笑う。


 良かった。この調子だったら友達を作れそうだ。

 俺は屋上で昼食をとるか。



 屋上で昼食をとり終えて教室に戻ると俺の席の周りがすごい人の数で囲われていた。


 近づいて見てみるとそれは七瀬さんの席の囲いだった。

 その囲いは他クラスの人たちも結構いた。


 そしてその中には島崎隼人もいた。

 だけど彼は黙って見ているだけだった。


 一人一人が七瀬さんに質問する。


「七瀬さん普段はなにしてるの?」

「本を読んでます……」

「今までメガネだったけどコンタクトに変えたの?」

「今までは伊達メガネをしていました……」

「七瀬さん、肌綺麗だけどなにかスキンケアしてるの?」

「スキンケアは洗顔だけしてます……」


 七瀬さんはクラスの人気者になりたいと言っていたからそれが叶って良かった……と思うけど人が多すぎるせいで自分の席に戻れない。


 昼休みが終わればみんな帰るだろうからそれまで耐えなければ。


 どこで時間を潰そうか悩んでいると、七瀬さんが俺を見つけたのか「清村さん!」とこっちに手を振る。


 こんなに人がいるのによく見つけられるもんだ。


 俺が七瀬さんの方に歩いていくと周りにいた人が道を開けてくれる。


 開けてくれた道を歩くと変な目で見られる。


「え、誰?」

「もしかして彼氏か!?」

「おのれ……」


 俺は七瀬さんの彼氏ではない。なに勘違いをしているんだ。


 俺は七瀬さんの隣の席に座る。


「どうしたの? 七瀬さん」

「どうしたってなんのこと?」

「いや、俺のことを呼んだだろ?」

「あー、なんとなく、かな?」


 なんとなくで俺はこの大勢の人に道を開けてもらったのか……恐れ多い。


 それよりも七瀬さんなんか表情がだいぶ変わった気がする——なんというか、楽しそうに見える。

 今までは自信がなくてどこか不安そうにしていた。


 メガネという名の鎧を脱ぎ捨てて、友達ができたことによって七瀬さんは変わったのだろう。

 話しかけてくるなオーラが完全になくなっている。


 それはいいとしてこんなに人に囲まれていると緊張してまともに話せない。


 一人の男子生徒が七瀬さんに恐る恐る聞く。


「もしかして、七瀬さんってこの人と付き合ってる……?」


 この人って……俺は名前も覚えられてないのか。


「付き合っては……ないです」


 そう言うと七瀬さんはなぜか俯く。

 もしかして彼氏と思われるのが嫌なのだろうか。


「良かったー」

「おい、でも見てみろよ! 満更でもないぞ!」


 そう言うとなぜか男子生徒たちに睨まれる。


 満更でもないってどういうことなんだ……俺と七瀬さんはそういう関係ではない。

 あくまでただの友達。友達作りを手伝う関係だ。

 俺は知っている——女性は男性のことを簡単に好きにはならない。

 それは桃の時によく学んだ。


 それなのにどうして俺を睨むんだ。


 俺を睨んでいるのは男子生徒だけではなかった——その中には桃とその友達も含まれていた。


 なんか最近、睨まれてばっかな気がする。

 だけど七瀬さんの願いが叶って本当に良かった。

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