二度目の出会い

 パッと急に目が覚める。


 時刻は朝の四時——変な時間に目覚めてしまった。


 昨日は家に帰ってきて風呂に上がったあと、夜ご飯を食べずに寝てしまった。


 お腹が空いた——とりあえずなにか食べるか。



 ご飯を食べて自分の部屋でダラダラしていると時間はあっという間に過ぎていった。


 時刻は七時半——もう学校に行く時間だ。


 でも昨日のことを思い出すと、どうしても学校に行く気になれない。

 どうしよう……


 そう思っているといきなり部屋のドアがものすごい勢いで開く。


「お兄ちゃん! ってまだ着替えてないの!? 学校遅刻しちゃうよ!」


 オレンジの髪をしたツインテールの可愛い女の子——この子は俺の妹の清村彩乃きよむらあやの


 俺の妹は今日も可愛い。見ていると癒される。


 いつも親にシスコンと言われるけど兄妹ってこんなもんだろ? と毎回思う。

 決して俺はシスコンではない。


「いや、お兄ちゃんはシスコンだよ」


 心の中を読まれた!? 俺の妹——何者なんだ?


「いや、そんなビックリした顔されても」


 俺は笑いながら言う——

「冗談だよ。学校行こうか」


 俺は昨日、女の子から貰った傘を持って彩乃と一緒に家を出る。


 二人で並んで歩いていると彩乃がいきなり言う——

「お兄ちゃん、昨日なんかあったでしょ」

「急にどうしたんだ?」

「昨日、ご飯も食べずに寝たでしょ? それになんか元気もなかったし。嫌でも気づくよ」


 確かに。彩乃の言う通り、昨日の俺は誰が見ても元気がなかったと思う。

 だけど家族には心配をかけたくない。特に彩乃には。


 彩乃は今、中学三年生だ。つまり今年、受験生というわけだ。

 そんな彩乃に心配をかけたくない。


 彩乃は頭がいいからこんなことで落ちるとは思っていないが、単純に罰ゲームで告白されたことを知られたくない。

 正直に言うとこっちが本音だ。


 俺は昔から彩乃に友達がいる、と嘘をついている。

 だけど彩乃は俺に友達がいないってことぐらいとっくに分かっているだろう。


 友達が一人もいないに加えて女の子に嘘告白をされたなんて彩乃が知れば、心配をかける程度で終わるとは思えない。

 もしかしたら学校に乗り込んできていきなり犯人捜しをする可能性すらありそうだ。

 そんなことになってしまえば彩乃を止めることは不可能に近い。


 なんとしてでもこのことは隠し通さないと。


 彩乃が顔を覗き込みながら言う——

「お兄ちゃん?」


 いつもなら「その仕草、可愛い」と思うのになぜか今は怖いと感じてしまう。


 彩乃の頭に手を置いて言う——

「大丈夫だよ。昨日は雨に濡れて気分が落ちていただけだから」

「そう、それならいいんだけど」


 良かった、どうやら隠し通せたらしい。一安心だ。


 彩乃が怖い笑顔で言う——

「でも、来年は私もお兄ちゃんと同じ高校に行くからね。もしお兄ちゃんがいじめられでもしたら、その時は私がその人のこと懲らしめるから」


 今、人生の中で一番の恐怖体験をしている気がする。

 やっぱりこの世で一番怖いものは人間なのかもしれない。


 ◇◇◇


 あの後、嘘告白のことはなんとか隠し通せた。

 さっき彩乃と別れて今、一人で学校までの道のりを歩いている。


 俺は動かしている足を一度、止めて考える。


 桃と会いたくない。顔を見たくない。


 決して桃を嫌いになったわけではない。

 もしかしたらなにかの間違いだったんじゃないか? と今でも思う。


 でもそんなことはあり得ない。

 俺と桃の関係は昨日で完全に壊れたんだ。


 今、学校に行っても俺の居場所なんてどこにもない。

 それなら行かない方がマシだ。


 今日はサボろう。


 そう考えた俺は特に行くところもなかったから昨日行った公園へ向かう。


 またあの子に会えるかもしれない。



 公園に着く——朝の公園だから俺以外の人は見当たらない。


 端っこに設置されているベンチに座って時間が過ぎるのを待つ。


 ふと思った——昨日傘を貸してくれたあの子は俺と同じ高校だ。

 つまり今は学校に行っているからこの公園にいたとしても会えない。


 どうしてこんな簡単なことに気づかなかったんだ。


 だからと言ってほかに行く所もない。

 家にはお母さんがいるから帰るわけにもいかない。こんな時間に帰ったら変な心配をかけてしまう。


 学校が終わるまでこの公園で時間を潰すのもいいが、学校が終わるのは今から七時間後だ。

 さすがに七時間も公園はやることがなさすぎる。


 どうしようか困っているとブランコに座っている女の子が視界に入る。

 来た時は誰もいなかったのに、ベンチに座って考えている時に公園に入ってきたのだろう。


 それよりもブランコに座っているあの子——うちの高校の制服だ。


 女の子はブランコに揺られて長い黒髪をなびかせる。


 綺麗な人だ。昨日、傘を貸してくれた人に少し雰囲気が似ている気がする。

 もしかして。


 俺はベンチから立ち上がり女の子が座っているブランコの方へと歩く。

 女の子の前を通り過ぎて横のブランコに座る。


 ただ隣に座るだけで話はしない。


 隣に座ったのはいいけど、これ、もし人違いだったらどうしよう?

 昨日、相手の子の顔はちゃんと見れたわけではないから、この隣の人が同じ人かなんて分からない。

 ど、どうしよう。


 隣に座ってから不安になる。

 突っ走ってしまう、俺の悪い癖だ。


「あ、あの?」

 隣に座っている女の子がそう話しかけてくる。


「もしかして、昨日の傘返しにきたんですか?」

 そう言って彼女は俺の右手にある傘を指さす。


「あ、その、昨日はありがとうございました」

 そう言って傘を返すと彼女が呟く——

「返さなくていいって言ったのに……」


 良かった、どうやら人間違いではなかったらしい。


 ということはこの人が昨日、俺に傘を貸してくれた人——整った顔に綺麗な黒髪、そして宝石のような翠眼すいがん


 やっぱりこんな美少女、うちの学校で見たことがない。

 こんな綺麗な人が学校にいれば、確実に騒がれて学校では有名人になるだろう。

 なのに俺はこの人のことを知らない。


 この人は本当に同じ学校に通っているのか?


「急で申し訳ないんですけど、名前を聞いてもいいですか?」

七瀬芽衣ななせめいです」

「七瀬芽衣……って隣の席の!?」


 七瀬芽衣——隣の席の女の子だ。

 いつもメガネをかけて本を読んでいる子だ。

 学校での彼女はいつも話しかけるなオーラが強すぎてどうしても話しかけることができなかった。


 なるほど、七瀬さんはいつもメガネをかけているから学校では彼女の綺麗な翠眼が見えないのか。


 確かによく見ると少し雰囲気が似ている気がする——でもさすがに見違えすぎではないか?


 だけど、どうして彼女がここにいるんだ?


「七瀬さんはどうしてここにいるの?」

「それ、あなたが言いますか……まぁいいですけど。その、少し言いづらいんですけど実は私……友達がいなくて!」


 確かに、いくら顔が良くても学校での彼女では友達ができないだろう……というか友達が欲しいのか。

 てっきり人と関わるのが嫌いだから、話しかけるなオーラを出していると思っていた。


 彼女ぐらいの美人だったら友達なんてすぐに作れそうだ。なんなら彼氏すらすぐに作れるだろう。

 だけど友達が欲しいならどうして学校を休んでいるんだ?


「どうして学校を休んでここにいるの?」

「その、私友達が欲しいのにどうしても作れなくて。いつも学校で話しかけてほしいオーラを出しているのに誰も話しかけてくれなくて」


 俺は七瀬さんに聞こえないように呟く——

「あれ、話しかけてほしかったんだ……」


「それで、友達ができないから学校に行くのが嫌になって……」


 それで今日学校を休んでここにいると。

 七瀬さんは俺と似ているのかもしれない。


 だけど俺は昨日で人間の悪い部分を知ってしまった——七瀬さんはその部分をまだ知らない。

 どうにかしてあげたいけど、どうしても昨日のことを思い出すとまだ人と関わるのは少し怖い。


 俯きながら七瀬さんが言う——

「友達ってどうやったら作れるんですかね……」

「俺も友達はいないけど……一回勇気を出してクラスの女の子に声をかけてみるのはどうかな?」


 七瀬さんは声を震わせながら言う——

「怖い……です」

「確かに、初めてのことは怖いと思うけど、自分から行動しないと友達は作れないよ?」


 少し辛辣しんらつかもしれないが、こんなところでビビっているようならば友達なんて一生作れないだろう。


「…………」


 七瀬さんの手が震えている。


「仕方がない……俺が手伝ってあげるよ」

 俺はそう言ってブランコから立ち上がり、七瀬さんに手を差し出す。


 七瀬さんは俺の手を受け取って言う——

「よろしくお願いします……」


 そして七瀬さんの友達作り計画が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る