2 新しい音響機器
僕はダンジョンの出口で、腕につけたスマートデバイスを確認した。どうせ大して視聴者もいないだろう。そう思ったら大量の投げ銭がされていた。
「これで性能のいい音声機器買ってください」
「装備を強力にしてもっと奥まで進んでほしいです」
どういうことだろう。音声機器を買え、というコメントつきの投げ銭が異様に多い。確かに初心者のうちは最低限の設備でいいか、と簡易型の自律ドローンカメラを使っているので、音質がそれほどよくないのは事実である。
でもわからない、どうしてみんな音声音声言うのだろう。
まあ投げ銭を頂いたので、一部を使ってダンジョン入り口の装備品売店で今着ているものより性能のいい装備と、攻撃にも防御にも使える硬質戦闘用スコップを買った。
これなら金属スライムともある程度渡り合えるはず。残りの投げ銭は、銀行口座におろしたとき手数料がかからなくなる額まで貯めておくことにした。
アパートに帰ってきた。姉貴がもう帰ってきている。しかもお惣菜でなくちゃんとした夕飯をこさえている。これはマボロシか。
「ただいま」
「おかえり。テーブルの上にプレゼントがあるよ」
なんだなんだ。誕生日でもないのに……と開けてみると、音声を拾う性能の高い自律ドローンカメラであった。有名な楽器メーカーとライヴダンジョン社のコラボ製品だ。飛ばさなければASMRまで録れる性能のものらしい。
「なんでこれを? 確かに投げ銭してくれた人たち、みんな音響機器をよくしろって言ってたけど……高かったんじゃないの?」
「会社の人からもらったんだよ。あんた激安量販店で買ってきたドローン使ってるでしょ? ちゃんと配信者やるならもっといいの使わないと」
姉貴はなにか隠している顔である。怪しいが姉貴はこういうときのらりくらりかわすのが得意だ、追求してもどうにもなるまい。
とにかくありがたく使わせてもらうことにした。その晩はそのドローンの設定をし、きょうの配信の再生回数を見て「オホァ!?」と変な声を出してお隣にドンドンされる……ということをして寝た。
なんでみんな僕に音響機器を勧めるんだろう。鼻詰まり気味の変な声なのに。
◇◇◇◇
その夜の某掲示板。
11 名無しさん
いやあ蓮太郎の配信、思ったとおり今回もいい悲鳴でしたわ
12 名無しさん
なんというかサドっ気を呼び起こされる悲鳴だよね
13 名無しさん
今回も鯨座旅団と金のリンゴ組にガッツリ映り込んでたのは草
14 名無しさん
まじ!? 蓮太郎の配信、正直音声よくなくて他のパーティの配信から聴いたほうがいいまである
15 名無しさん
金のリンゴ組のほうは蓮太郎の悲鳴だけ切り出した切り抜き上がってたよ
16 名無しさん
あれだけの悲鳴、大手が放っておかないわけがないんだよなあ
17 名無しさん
でもレベル3の配信初心者に大手クランのパーティみたいな深部行きは無理でしょ
18 名無しさん
金のリンゴ組の所属事務所が下部組織作るらしいよ 来春の話らしいからそのころには蓮太郎の喉が焼け切れてる可能性あるけど
19 名無しさん
新しい音響機器買ってほしくてたっぷり投げ銭しちゃった……
20 名無しさん
蓮太郎、あれだけの同接なのになにが評価されてるか気づいてないぽいんだよなあ
◇◇◇◇
「えーとですね、ボヤイターにも書いたんですけど……姉のツテですごく音のいいドローン手に入れたので、きょうも頑張ってダンジョン潜っていきます。武器も買いました。投げ銭してくれたみなさん、ありがとうございますです」
ダンジョンに踏みこむ。太もものホルスターを確認し、スコップを担ぐ。
「お、福男じゃん!」
なにやらすごい装備の配信者パーティに声をかけられた。どういうことだろうと思ってその人たちをよくみると、みな「金のリンゴ組」のマークの入った揃いの防刃ジャケットを着ていた。
つまり彼らは、超大手配信者集団「金のリンゴ組」であった。思わず変な声が出る。
「おびょうぇ!?!?」
スマートデバイスにチャットが表示される。
『人間相手でも悲鳴出るんかw』
『いいよいいよ、耳が気持ちいいよ!』
な、なんだ……?
そう思っていたらリーダー格らしい、真っ赤に染めた髪をポニーテールにした女の子が話しかけてきた。こ、この人は……!
「福男くんさ、きみが悲鳴あげながら逃げていく部分の切り抜き動画があたしたちの動画本編より再生されてんの。どうすれば金属スライムをあれだけ引けるわけ? おかげでゴッソリ稼げたけど」
「さ、さあ……あと僕は福男じゃなくて蓮太郎といいます」
「蓮太郎クンね、覚えた覚えた。あたしは」
「マツリさんですよね! ずっとファンで観てます!」
「わーお! 話が早い! 一流クランの知名度ばんざい!」
じゃあね、と手を振り、金のリンゴ組のみなさんは去って行った。ダンジョンの奥に進むのだろうか。
「じゃあきょうは、レベリングのためにモンスター狩っていきたいと思いまーす」
福男って、そんなどっかのお祭りじゃないんだから……と思いながら、出てくるモンスターをスコップでボコっていく。
チャットをちらちら見るがさっぱり盛り上がらない。やはり僕は自分のなにが評価されているのか、よく分かっていないのだ。
そう思っていると向こうからなにかモンスターがやってきた。……やばい、こいつはおそらく……ストーンゴーレムではないだろうか。
僕は叫んだ。
「あびゃああああああ!!!!!!!!」
その瞬間、チャットが「跳ね」た。(つづく)
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