episode 2-2 ずーっと今の時間が続いてくれればいい、なんて思ったりもして

 駅から徒歩一五分の道のりを踏破し、到着した三ツ沢球技場。横浜市内にある代表戦も開かれる横浜国際総合競技場と比べるとひとまわり、あるいはふたまわりくらいこじんまりとしたスタジアムだけど、その代わり球技場ということもあって陸上トラックが存在せず、スタンドとピッチの距離が非常に近く、関東圏で臨場感溢れる観戦体験ができるスタジアムのひとつと言ってもいいと思う。


 僕らのチケットは、メインスタンドホーム側ベンチ付近の指定席。ピッチから数えて数列といった位置で、あまりのいい席に、僕とむっちゃんはあんぐりと口を半開きにして目を見合わせる始末。


「……こんないい席、タダで貰って良かったのかな、むっちゃん」

「……い、いいんじゃない? 正直、バックスタンドの上のほうとか想像してたから、びっくりしてるけど」


 僕らは困惑気味にチケットに書かれた座席に腰を下ろす。キックオフ一時間半前だけど、早くも双方のゴール裏はそれぞれのクラブカラーの水色あるいは白色に綺麗に染まりあがっていた。


 夏休み期間中ということもあるのか、僕らがいるメインスタンドは子供連れのお客さんが多く、座席が少しずつ埋まり始めている。

 むっちゃんは入場のときに来場者プレゼントで貰った水色のレプリカユニフォームをまじまじと見つめ、


「どうする? せっかく貰ったわけだし、今日だけ横浜サポになる?」

 きょとんと小首を傾げ僕に尋ねる。

「……他のクラブだったら着たけど、さすがにAC横浜に魂は売れないっていうか」

「ははは、まあそうだよねー。いいよいいよ、私だけ着ちゃうからー」

 すると、むっちゃんは手早くシャツの上からレプリカユニを着用。これで立派な横浜サポーターの出来上がりだ。


「んー、でも三ツ沢ってこんなにピッチの距離近いんだねー。ここならベンチの様子とか丸見えで面白そう」

「僕も普段は陸上競技場ばっかで見てるから、ちょっと感覚バグってる……」

 コンビニで買った晩ご飯を互いに取り出し、少し早いご飯を食べ始める僕ら。


「……高瀬はさ、高校卒業してもサッカー続けるの?」

 むっちゃんは菓子パンをもぐもぐと食べながら、おもむろに僕に聞いてくる。

「……どうだろう。進学する大学によるかもだね。どうしたの急に」


 僕らが通うメジガクはごく普通の進学校だ。決してサッカー部も強豪というわけではない。都ベスト4が踏むことができる芝のピッチだって夢のまた夢で、ましてや大学にスポーツ推薦で進学なんて聞いたこともない。


 つまり、僕が競技としてするサッカーは、今のままでは十中八九高校で終わるだろうということ。


「いや、もう私たちも高二の夏休みなわけじゃん。来年の今頃なんて受験勉強で灰色の高校生活を過ごしているだろうしさ。……ほら、私たちを繋いだのは、サッカーなわけじゃん。だから、ちょっと気になってさ。高瀬が高校卒業してからもサッカー続けるかどうか」

 くしゃり、菓子パンの袋を握りしめたむっちゃんは、らしくなく真剣な面持ちで間近にあるピッチを眺めながら続けた。


「なんだかんださ、高瀬やにーたんと馬鹿やってる今が楽しくて。ずーっと今の時間が続いてくれればいい、なんて思ったりもして」

「……心配しなくても、僕も大概サッカー馬鹿だから、サッカーから離れることはないと思うよ。どんな形であれ」


「そっか、なら安心した」

 僕の答えにホッとしたのか、むっちゃんはわかりやすく胸を撫で下ろしては、ふたつめの菓子パンの封を開ける。


「だったら、高校卒業してからも、会って一緒にボールは蹴れるってわけだ」

「……罰ゲームつきの勝負をするなら種目は考えたいものだね」

「えー、またラーメン奢ってよ高瀬―」


「しかも僕が奢る前提っていうのがね。……いや、僕よりサッカー上手いのは事実だから何も言えないんだけどさ……」

「あ、ウォーミングアップ始まるみたいだよ、高瀬」

 そんな話をしているうちに、キックオフ四〇分前になったようで、三ツ沢球技場の青々とした綺麗な芝の上に両チームの選手たちが現れた。瞬間。


「ブルースカーイ! ブルースカーイ! ブルースカーイ!」

「イーリス札幌! イーリス札幌! イーリス札幌!」

 両ゴール裏のサポーターから、空気を切り裂く地鳴りのような声が響き渡った。


「うおっ」

 突然のそれに、僕は思わず箸で掴んでいた唐揚げをポロリと容器の上に落としてしまう。……容器の上で助かった。


「びっくりしたあ。っていうか、ビビる高瀬、ちょっと可愛い」

「……か、可愛い言うなし」

「えー、いいじゃん、可愛い系男子。私はいいと思うけどなー」

「むっちゃんが良くても僕は気にするんだよ……」


「あっ、高瀬見て見て、札幌側のあそこに日本代表経験ある須賀原すがわら選手がいる。高瀬と同じ右ウィングバックだよね」

「スルーかよ、スルーなのかよ。……うん。僕と同じポジションだよ。比較するのもおこがましいってわかってるけど」


「横浜も今日のボランチは世代別代表でオリンピックにも出た井下いのした選手だし。私も高瀬もどっちも同じポジションに代表選手がいるって、冷静に考えたら当たりカードなんじゃない? これって。勉強になること多そう」

「そうだね。楽しみになってきた」


 ただ、どんな馬鹿話をしていたとしても、目の前でサッカーが始まればそれに釘付けになってしまう点では、僕もむっちゃんもそう根っこの部分は変わらないんだなって、思わされる時間だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る