episode 2
episode 2-1 どう? 女子高生の口がついたチョコアイスの味は
迎えた一学期最後の登校日、すなわち終業式当日。朝から空調の効きが弱い体育館で校長先生のありがたい話を聞かされ、ホームルームでは担任から要するに「羽目を外し過ぎないでね」と釘を刺された後、ようやく念願の夏休みに突入した。
ただ、そうは言っても夏休み中も部活の練習はあるわけで、終業式の今日も例外ではなかった。
部室にゾロゾロと集まった二〇人に満たないサッカー部の部員たちが着替えるなか、
「ちっす冬生。日曜日の件、サンキュな」
僕の隣のロッカーに遅れてにーたんがやって来た。
「全然。でもどうしてまた」
「兄貴が突然さー。なんか、チケット買ったはいいけど、急にバイトのシフト入れられて行けなくなったって泣いてたから。で、俺は俺でその日同じ中学のツレと遊ぶ約束してたから無理ってわけ」
「なるほどね」
「んで、これがそのチケット。とりあえず二枚とも冬生に渡しとく」
「ありがとう」
「女とふたりでサッカー観戦とか、リア充の極みじゃんって言いたかったけど」
チケットの受け渡しが終わると、僕とにーたんは顔を見合わせては互いに表情を崩し、
「「まあ、むっちゃんだし」」
と、ふたりしておどけてみせる。
僕は着替えが終わったので、ベンチに座りスニーカーからスパイクに履き替え靴紐を結びにーたんの支度が終わるのを待つ。
「あ、それとは別件でさ。せっかく夏休みだし、いつメンプラス何人か誘ってパーッとどこか遊びに行かないか?」
にーたんの言ういつメンとは、僕・にーたん・むっちゃんの三人のこと。まあ、なんだかんだ基本的につるむことが多いからね、このメンバーとは。
「……僕が誘うなら、優羽になっちゃうけど、それでもいいの?」
「むしろウェルカム。夏なのにむさい男と遊ぶ趣味はない。っていうか誘え。絶対誘え」
「……まだ何も決まってないのに何に誘うと言うんだ」
「じゃあ今決める。海だ。みんなで海に行くぞ。湘南なんか、いいんじゃないか」
「……にーたんがそれでいいなら、それで誘うよ」
「おうよ、頼んだぞ冬生。俺たちの高二の夏休みがカラフルになるかは冬生にかかってる」
「……勝手に何かを託さないでくれよ」
「よおおっし、今日も練習頑張るぞおおお」
ひとりで盛り上がり、勝手にやる気になる男、それがにーたんこと新川青葉である。まあ、こいつが乗りに乗るとほんと手つけられないほどゴール量産するから、一概に悪いとも言えないんだけどさ……。
結局、その日のにーたんは絶好調。練習の最後に組まれた7対7のミニゲームでは圧巻の5ゴールともはや誰もにーたんを止めることができなかった。
そんな夏休みを過ごしているうちに迎えた日曜日。むっちゃんとサッカーを見に行く当日のこと。
事前の打ち合わせ通り、夕方五時ちょっと前に僕は横浜駅の西口に到着し、むっちゃんを待っていた。
ポチ、ポチと暇つぶしにスマホを弄っていると、
「お待たせー、高瀬っ。待った?」
人混みのなかでもひと際目立つ薄い茶髪のミドルヘアーがひょこひょこと跳ねているむっちゃんが僕のもとに駆け寄って来た。
薄手の半袖Tシャツにハーフパンツ、ペタンコのスニーカーとおよそサッカー観戦にはとても適したカジュアルな格好をむっちゃんはしている。うん、さすが安心と信頼のむっちゃん。
「一〇分くらい待ったかな」
「もー、そこは『ううん、今来たところだよ』って返すのが鉄板じゃん。何正直に答えてるのさー高瀬―」
「……三〇分待ったかな」
「えっ? まじで? そんな前から待つほど今日楽しみだったの? いやー、私愛されてて嬉しいなー」
「ううん、今来たところだよ」
「ねえ、それに『ううん』って返されるとまるで私が高瀬に愛されてないみたいになるんだけど、どういうこと?」
「大丈夫、安心して。友達として好きだからむっちゃんは」
「告白もしてないのになんか振られたんだけど」
ここまでやり取りすると、むっちゃんが多少大げさに悲しそうな顔をしたものだから、
「……冗談だよ冗談。ついさっき着いたところだから大して待ってない」
ネタ気味になっていたテンポの会話のラリーを一旦止め、本当のことを伝える。
「あーはいはい、高瀬はそういうことする人なんだね、傷ついたー」
「……わかったわかった。行きのコンビニでアイス一本奢るから、それで許して」
「わーい、アイス奢り? わかってるじゃん高瀬―、大好きーもう」
と、まあ横浜駅のど真ん中で何の役にも立たない中身のないコミュニケーションを取って、むっちゃんとの「デート」は始まった。
「晩ご飯、どうしよっか」
「んー、高瀬さえ良ければ、適当にコンビニで買って、スタジアムで食べるとかでもいいけど。ほら、一応健全なサッカー少年少女としてはさ? 試合は勿論、プロのウォーミングアップも見たいと思うわけじゃんか」
「それもそうだね」
「じゃあ、もうスタジアム向かっちゃおうよ。調べたけど、最寄り駅からの通り道にコンビニあるみたいだし。アイスもそこでよろしくね」
「おっけ。じゃあ地下鉄乗ろっか」
晩ご飯に関する打ち合わせもすんなり進み、僕とむっちゃんは並んで地下鉄ブルーラインの横浜駅へと移動する。キックオフ二時間前という時間だけど、チラホラとホームチームのレプリカユニフォームを着たサポーターの姿が目に入った。
「むっちゃんって、どっか国内のチーム応援してたっけ」
「んー、応援っていうほど真面目に追いかけてるわけじゃないけど、今二部にいる浦安は家の近所だし、女子チームもあるから毎試合映像は見るようにしてるよ。男子も女子も」
「そっか、むっちゃんは葛西住みだっけ。なら浦安のほうが近いんだね」
「そういう高瀬は? サッカー大好き少年なんでしょ?」
「僕は……横浜Fマリナーズ、かな」
今日観戦するカードはAC横浜ブルースカイとイーリス札幌のリーグ戦だ。つまるところ、
「ははは、私たちどっちのサポーターでもないのにわざわざ横浜までスタジアム来ちゃったんだね、しかも高瀬に至ってはライバルチームのホームゲームだし。よく見に来ようって思ったね」
むっちゃんの言う通り、奇妙な組み合わせであることに間違いはない。
「……別に、友達とサッカー見に行くのは楽しいだろうなって思ったから」
「高瀬。男のツンデレは需要ないよ?」
「……うっさい」
地下鉄の改札を通り、ホームであざみ野行きの電車を待つ。
試合の行われる
滑り込んできた電車にふたり揃って乗り込むと、車内にはたくさんのサッカー観戦客と思しき人が乗車していて、今日の試合の注目度の高さがうかがえる。
電車はほどなくして最寄り駅に到着。僕らを含めたサポーターの一団がこぞって下車し、スタジアムへと向かい始める。
僕らはご飯を調達する必要があったので、三ツ沢上町駅すぐにあるコンビニに一旦立ち寄った。
僕は唐揚げ弁当、むっちゃんは菓子パンを、あとふたりで一緒につまんで食べる用にポテトチップスもかごに入れ、最後にアイスコーナーへ。
「それじゃあ私はこのチョコレートアイスにしようっと」
一応、アイスを奢ることになっていたので、むっちゃんは上機嫌そうにアイスをひとつかごに突っ込む。
「僕は暑いしさっぱりした梨味のゴリゴリ君で」
「えっ、いいなあゴリゴリ君。後で私にもひとくちちょうだい高瀬」
「……別に、むっちゃんがいいならそれでもいいけど」
食料調達も終了し、ようやく三ツ沢球技場へと歩き出す。ほんとはスタジアムグルメで腹ごしらえをしても良かったのだけど、いかんせん金欠高校生ふたりでスタグルを楽しめるほど財布は潤っておらず、コンビニ飯に落ち着いたわけだ。
さすがにアイスはすぐに食べないと溶けてしまうので、歩きながらふたり並んでアイスを舐める。
「ふふふー、高瀬の奢りで食べるアイスは美味しいなー」
「それは何よりです……」
「ん、高瀬っ。ゴリゴリ君ひとくちちょーだいっ。私のチョコアイスもひとくちあげるからさっ」
互いに半分くらい食べ進めたところで、ふと思い出したようにむっちゃんは食べかけのアイスを僕の前に差し出してそう切り出した。
「……ほんとに?」
が、そこはさすがに健全な思春期男子の僕。いくら男友達みたいなノリをしているむっちゃんとは言え躊躇ってしまう。
「なーに照れてんのさー。今さら間接キスを気にする仲じゃないでしょ? それとも、童貞の高瀬には実は刺激が強かったりした?」
僕がうじうじ悩んでいると、むっちゃんはだんだんとニヤニヤした顔つきになってきては、僕のことをそう煽ってくる。
「……だー、わかったわかった。食べる、食べるから」
ここまで弄られてしまって引きさがるわけにもいかず、差し出されたチョコアイスを僕はぱくりとひとくち齧りつく。
「どう? 女子高生の口がついたチョコアイスの味は」
「言いかたおっさんくさいよむっちゃん……いや、美味しいけどさ」
「もー、うら若き乙女に向かっておっさんとはひどいなー高瀬」
「……うら若き乙女は女子高生の口がついたとか言わないんだよ普通」
「あーはいはい、それじゃ私もゴリゴリ君ひとくちもーらいっ。……んんんっ! この蒸し暑さにゴリゴリ君のさっぱりした味はたまらないねっ!」
「……そりゃあようござんした」
むっちゃんが齧ったゴリゴリ君をしばしの間眺めていたけど、むっちゃんはむっちゃんで僕の食べたチョコアイスを何も気にせずに頬張っていたので、こりゃ気にしたほうが負けと開き直り、残りのゴリゴリ君を一気に食べ進めた。
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